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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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73/73

Track.72

「はい。ありがとうございました。これで第3次審査は終了です」


「なお、審査結果は十七時頃に発表予定です。時間になりましたら、第一スタジオにお集まりください」


 審査員の声が響いた瞬間、スタジオ中にざわめきが広がった。


 (……は?、今のが本番だったんかい)

 

「え、もう終わり?」

「マジか……」


 俺も同じ気持ちだった。


 だが、膝に手をつく余裕もない。

 

 息を整えるだけで精一杯だった。

 

 歌なら喉。芝居なら心。ダンスは全身。


 いや、全身どころか魂まで削ってくる。恐ろしい世界だ。


 

「あの」


 近くにいた候補者が声をかけてきた。


「さっき、準備運動? 教えてくれて助かった。あれやってなかったら、たぶん俺、途中で足やってたわ」


「あ、いや……俺も受け売りなので」


「でも、かなり違ったと思う」


「俺も。身体、少し動かしやすかった」


 気づけば、何人かが俺の周りに集まっていた。


 いや、待て。感謝されるようなことを、俺はしただろうか。ただ、AYA先生に教わったことをそのままやっただけだ。


 ウォームアップ。


 俺にとっては、レッスン前に必ずやるもの。できない身体を、少しでも動かせるようにするための準備。


 それが、誰かの役に立つこともあるらしい。


 何だろう。この感じ。ちょっとむず痒い。


 褒められ慣れていない四十二歳の魂が、急に日なたに出されて干からびそうになっている。


 戸惑っていると、杉田さんがこちらへ歩いてきた。


「一ノ瀬さん」


「はい」


「先ほどは、ありがとうございました」


「えっ、杉田さんまで」


「ええ。助かりました」


 杉田さんは、いつもの落ち着いた声でそう言った。


「身体が動きやすくなった、というのもありますけど」


「けど?」


「それだけじゃなくて、あの場の空気が変わった気がしました」


「空気、ですか」


「皆、急にダンス審査と言われて、少し浮き足立っていたでしょう」


「ああ……はい」


「でも、一ノ瀬さんが準備を始めたことで、何をすればいいか分からなかった人たちが、まず身体を整える方へ向けた」


 杉田さんは、そこで少しだけ笑った。


「やっぱり、経験者は違いますね」


「……経験者」


 経験者。


 俺が。


 今の俺のダンスを見て、その単語が出るのか。


 世界の洋平、視力がいいのか悪いのか、どっちなんだ。

 

 いや、たぶん見ているところが違う。

 違うんだろうけど、それにしても褒め方が強い。


「舞台に立つ前って、そういう空気の作り方も大事だと思うんです」


「……」


「だから、ありがとうございました」


 さらりと言われた。爽やかに。ごく自然に。


 しかも、こちらが照れる隙を与えないくらい真っ直ぐに。


 くそ。世界の洋平、褒め方まで男前か。かっこいいにも限度があるだろ。


「いや、でも本当に助かった」


 さっき一緒にウォームアップをしていた候補者の一人が、もう一度そう言った。


「急にダンスって言われて、何すればいいか分からなかったし」


「あ、それは俺もです」


 即答すると、周りの候補者たちが小さく笑った。


「だよな」

「急にダンスはビビるって」

「しかも練習一回で本番とか、心臓に悪すぎる」


 口々に言い合う声に、スタジオの空気が少しだけゆるむ。


 さっきまで全員、必死だった。できた人も、できなかった人も。たぶん、余裕そうに見えた人だって。


「では、次もお互い頑張りましょう」


 杉田さんが、穏やかにそう言った。


「はい」


「頑張りましょう」


 誰かが小さく拳を握る。俺もつられて頷いた。


 ダンス審査は、正直うまくいったとは言えない。

 それでも、レッスンで教わってきたことが少しだけ誰かの役に立って、ありがとうと言ってもらえた。


 しかも、杉田さんにまで褒められた。


 うん。


 嬉しい。


 普通に、嬉しい。


 ちょっと待て。俺、

 さっきまでダンス審査で魂を抜かれていたはずなのに、今かなりほわほわしている。

 人間、褒められるとこんなに簡単に浮くのか。


 そんなことを思いながら、俺は第2リハーサルスタジオを出た。


 足元が、さっきより少しだけふわふわしている。疲れのせいだけじゃない。たぶん、褒められ慣れていないせいだ。


 廊下に出ると、待合スペースの椅子に見覚えのある姿があった。


 美央さんだ。


 俺が出てきたことに気づくと、美央さんはぱっと立ち上がる。


「一ノ瀬くん……!」


「あっ、美央さん!!」


 つい声が明るくなってしまう。


 今なら分かる。人は疲労困憊の時、知っている顔を見るだけで救われる。

 ましてやそれが美央さんなら、なおさらだ。

 マイナスイオン。待合スペースに突如現れたマイナスイオン。


 俺はそのまま美央さんの方へ向かった。


 その時だった。


「……美央?」


 後ろから、低くてよく通る声がした。


 思わず振り返る。


 スタジオから出てきた杉田さんが、廊下の途中で足を止めていた。

 さっきまでの穏やかな表情が、ほんの少しだけ揺れている。


 え。


 今。


 美央、って。


 呼びました?


 美央さんは、一瞬だけまつげを揺らした。

 けれど、すぐに何事もなかったように俺へ向き直る。


「一ノ瀬くん。お疲れさま」


 にこやかな声だった。いつもの美央さんだ。


 いや。


 いつもの美央さんに見えるように、きれいに整えられた声だった。


「あ、はい……」


 いや、待って。


 (今の流れ、流していいやつじゃないですよねえ?)


 杉田さんが、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「美央……元気だったか?」


 その声は、さっきまでの穏やかな舞台人の声とは少し違っていた。

 低くて、静かで、それでいて隠しきれない何かが混じっている。


 美央さんは、一瞬だけ視線をそらした。そして、小さく息を吐く。


「……おかげさまで」


 観念したような、でも絶対に踏み込ませないような声だった。


「今日は、この子のマネージャーとして来てるから」


「美央」


「行きましょう。一ノ瀬くん」


 美央さんはそれだけ言うと、すぐに踵を返した。


 そっけない。めちゃくちゃそっけない。


「あ、はい……!」


 慌てて返事をして、杉田さんにぺこりと頭を下げる。


「えっと、なんかすみません」


 口から出たのは、そんなよく分からない謝罪だった。


 そう言ってから、俺は美央さんの後を追う。


 何に対する“すみません”なのか、自分でも分からない。


 たぶん、この場の空気全体に対する“すみません”だ。


 いや、空気に謝罪するな。


 背中に、杉田さんの視線を感じた気がした。


 廊下を数歩進んだところで、俺はもう我慢できなくなった。



 

 いやいやいやいや。


 ナニコレ。


 どう見ても、今のは。


 ナニかあった仲、ですよねえええ!?

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