↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/74

Track.66

「早いな、お前」


『そりゃそうダロ。こっちは朝からずっと気になってたんだお! で!? 漏れの演劇アドバイスは効いたん!?』


 効いた。


 だからこそ、俺は今、落ちたのか通ったのか、余計に分からなくなっていた。

 

    ◇ ◇ ◇


 今朝――。


 家を出て、駅へ向かう道を歩いていた時だった。


 ポケットの中で携帯が震える。

 画面を見ると、ヤマジからだった。


「……もしもし」


『一ノ瀬氏!! オーディションは!?』


「これからだが、どうした?」


『間に合ったか。よし。今から言うことを落ち着いて聞け』


 その声音が妙に深刻で、俺は思わず足を止めた。


「……何だよ」


 通話の向こうで、ヤマジがひとつ息を吸う気配がした。


『漏れは間違っていたかもしれん――』


「は?」


『サブローは、目立たなくていい』


「……うん?」


『目立つ役じゃないんだお。サブローは』


『主人公の日常を支える役なんよ。喫茶店の空気とか、いつもの席とか、いつもの珈琲とか。そこで“大きく見せよう”としたら違うんじゃね? って思った』


「お、おう……急にどうした」


 昨日まで「声は大きく、表情は三倍」とか言っていた男とは思えない方向転換だ。


『一ノ瀬氏、昨日ちゃんと寝れたん?』


「いや……寝れてない」


『だろうな』


「何で分かるんだよ」


『漏れも昨日、眠れんかった』


「お前もかよ」


『一ノ瀬氏が、オーディションで空回りしないか心配になって、ドキがムネムネしたんだお』


「おい、やめろ」


『いや、マジで気になってさ。演劇とか、オーディションとか、色々ググってたんだお』


「それで?」


『そしたら、『カラスの仮面』の二人の王子オーディションの話に行き着いた』


「カラスの仮面」


『往年の演劇漫画の名作だお。タイトルがギリギリとか言うなし』


「まだ何も言ってない」


『で、だ。気になって、つい一巻から読んでしまった』


「一巻から?」


『どこでDLしたとか、そういう細かいことは聞くな』


「まだ何も言ってない」


『インターネッツの海には、いろいろあるんだお』


「……たぶん聞いちゃいけないやつだな」


『テヘペロ☆』


「やめろ」

 

『細けぇことはいいんだお。問題はそこじゃない』


「…………」


『それでな。漏れは『カラスの仮面』を一巻から読んだわけだが』


『主人公のアヤが、脇役なのに圧倒的な演技力で観客の視線を全部かっさらうんよ』


「脇役なのに?」


『そう。もはや主役より目立つ。そういうのを舞台あらしって言うんだお』


「舞台あらし……」


『で、漏れは思ったわけだ。サブローがそれやったらダメじゃね? って』


「まあ……ただの脇役の喫茶店のウェイターだしな」


『だろ? そこでサブローが“俺を見ろ!”ってやったら、主人公の場面を食うんだお。そんなの舞台あらし乙、って話だろ常考』


「言い方」


『でもな、ただ目立たなければいいって話でもないんよ』


「目立つなって言ったばかりだろ」


『そこが大事なんだお。星影先生が言ってた。役者は、舞台という城を支える石垣の石のひとつ。そのうちひとつが欠けても、城は崩れるって』


「石垣の石……」


『つまり、端役でもちゃんと意味があるってことだお。サブローだって、ただ背景になればいいわけじゃない』


「……なるほど」


『主役を食うんじゃなくて、主役と呼吸を合わせる。喫茶店の空気とか、いつもの席とか、そういう変わらない時間を作る側なんじゃないかって、漏れは思ったんだお』


 主役を食うな。


 でも、背景になるな。


 主人公にとっての“いつもの時間”として、そこにいる。


 

    ◇ ◇ ◇

 


 ――そして、現在。


 携帯の向こうで、ヤマジが前のめりに叫んでいる。


『で!? 漏れの演劇アドバイスは効いたん!?』

 

「効いた。めちゃくちゃ効いた」


『おお!』


「でも、そのせいで余計に分からなくなった」


『どういうことだお』


「俺の前が、世界の洋平だった」


『世界の洋平?』


「……とにかく、とんでもない人だった。芝居でスタジオに喫茶店を建てるわ、歌えば空気を全部持っていくわ、審査員も完全に見入ってるわで、俺の前に黒船が来た」


『黒船』


「こっちは手漕ぎボートだぞ」


『絶望的すぐる』


「で、そのあと俺は、お前の言葉を思い出して、目立たないサブローをやった」


『おお……!』


「……つもりだったんだけどな」


『ん?』


「即興では、審査員の人が乗ってきてくれた。最後の台詞で声を落としたら、それに合わせるみたいに」


『おお! いい感じじゃね?』


「でも、歌は一番早く止められた」


『……』


「世界の洋平は最後まで歌った。審査員も完全に見入ってた。でも俺は、一コーラスにも届かなかった」


『……マジか』


「しかも、退出しようとしたら、プロデューサーの人に呼び止められた」


『呼び止められた?』


「最後の台詞で、どうして声を落としたのかって聞かれた」


『……それ、どういうことなん?』


「分からん。説明はした。主人公だけに聞こえればいいと思ったからって。でも、それが良かったのか悪かったのかは、全然分からなかった」


 電話の向こうで、ヤマジが黙り込む。


 いつもの軽い茶化しも、妙なネットスラングも返ってこない。


 その沈黙が、逆に答えみたいだった。


『う~~~ん……』


「だよな」


『わからん。わからんな』


 ヤマジの声が、さっきまでより少しだけ低くなる。


『歌は一番早く止められたかもしれんが、即興は乗ってきたんだよな』


「ああ。いちおう、な」


『いちおう?』


「俺の即興は、ラリー一往復で終わった。審査員の人も乗ってはくれたけど、すぐ終わったんだよ」


『……』


「世界の洋平の時は、違った。審査員の人も完全にノリノリでさ。甘めのベリーソースを添えたミルフィーユとかすすめて、そこから芝居が広がっていって」


 思い出すだけで、胸の奥が重くなる。


「あれはもう、サブローとして成立してた。何もないスタジオに、本当に喫茶店が見えた」


『……世界の洋平、強すぎる……な』


「強すぎる。あんなの、かなうわけがない」


 言葉にした瞬間、さらに現実味が増した。


 やっぱり、サブロー役は圧倒的に杉田さんなんだ。


 杉田さん以外の候補者は、もう見る必要がない。

 俺の歌なんて、最後まで聴く価値もない。


 そう判断されたのかもしれない。


『……漏れの解釈、間違ってたのかもしれん』


「いや」


 俺は反射的に否定した。


 でも、その先の言葉が続かなかった。


『一ノ瀬氏、スマソ……』


「違う。お前のせいじゃない」


 駅前のコンビニの看板が、やけに遠く見えた。


「俺も、セリフの裏を読んだつもりだった。でも、そもそも考えすぎだったのかもしれん」


『……』


「普通に、もっと分かりやすくやればよかったのかもな」


 そう言った瞬間、自分で自分の声が少し沈んだのが分かった。


 黒瀬さんの即興。

 白川さんが、俺の歌を止めたタイミング。

 神崎さんの質問。


 全部が頭の中でばらばらに散らばって、どれが正解で、どれが不正解なのか、もう分からなかった。


「正直、落ちたと思う」


 電話の向こうで、ヤマジは何も言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。