↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/73

Track.65

「……ありがとう、ございました」


 なんとか、それだけを絞り出して、頭を下げた。


 頭を下げたまま、顔を上げられなかった。


「では、二十四番、二十五番、二十六番の方は以上です」


 黒瀬さんの声がした。


 終わった。


 本当に、終わってしまった。


 北川くんが、まだ緊張の残る顔で頭を下げる。

 杉田さんも、静かに一礼した。


「ありがとうございました」


 三人分の声が、ほとんど同時に重なる。


 俺も、遅れないようにもう一度頭を下げた。


 北川くんが先にドアへ向かう。

 続いて、杉田さんが歩き出す。


 俺もそのあとに続こうとした。


 早く、この場から出たい。


 杉田さんは最後まで歌った。

 北川くんだって、俺よりは長く歌っていた。


 なのに、俺は一コーラスにも届かなかった。


 胸の奥が、まだ冷たい。

 足元が少しだけ頼りない。


 ドアの方へ一歩踏み出した、その時だった。


「一ノ瀬くん」


 柔らかい声に、足が止まった。


 先に出ようとしていた北川くんが、ちらりとこちらを見る。

 杉田さんも、ドアの前で足を止めた。


 え。


 俺だけ?


 心臓が、どくんと跳ねる。


 「二十四番、二十五番の方は、そのまま控室へお戻りください」


 スタッフに促されて、北川くんと杉田さんがスタジオを出ていく。


 ドアが閉まる。


 広いはずのスタジオが、急に狭くなった気がした。


 声をかけてきたのは、黒瀬さんではなかった。


 プロデューサーの神崎さんだった。


 さっきまで、柔らかく笑っているだけで、ほとんど口を開かなかった人。

 何を考えているのか、いまいち読めない人。


「はい」


 声が、少し掠れた。


 怒られるのか。

 それとも、もう一度何かをやらされるのか。


 神崎さんは、手元の資料に視線を落としたあと、ゆっくり顔を上げた。


「最後の台詞。どうして、あんなふうに声を落としたの?」


 心臓が、どくんと跳ねた。


 そこか。


 やっぱり、変だったのか。


 俺は無意識に、手のひらを握り込む。


「……主人公にだけ、聞こえればいいと思ったからです」


 神崎さんは、表情を変えない。


「主人公にだけ?」


「はい。まず、サブローが接客している相手は主人公だと思いました」


 口に出してから、少し怖くなる。


 考えすぎだと言われるかもしれない。

 そんな設定はどこにも書いていないと言われるかもしれない。


 でも、ここまで来たら言うしかない。


「台詞の中に『いつもの』という言葉がありますし、課題曲にも『いつもの席』『いつもの声』とあったので」


 神崎さんは黙って聞いている。


 黒瀬さんも、白川さんも、驚いた顔はしなかった。


 ……つまり、そこはやっぱり、読んでいいところなのだ。


「だから、主人公はこの店の常連で、いつも同じ席に座って、いつもの珈琲を頼む人なんじゃないかと」


「うん」


 神崎さんが、続きを促すように小さくうなずく。


「でも、歌詞には『開いたメニューをなぞる指』という言葉もありました」


 俺は、できるだけ落ち着いて続ける。


「主人公がいつもの珈琲を頼む常連なら、本来はメニューを開かないと思いました。だから、そのメニューを見ているのは、主人公ではなくて……一緒に来た人なんじゃないかと」


 黒瀬さんが、少しだけ口元をゆるめた。


 さっきの即興を思い出す。


 ――今日はさ、少し格好つけた方がいいかな。


 あの台詞は、やっぱりそこに乗ってくれていたんだ。


「たぶん、女性です」


 言い切ってから、手のひらに汗がにじむ。


「だからサブローは、まずその人にも届くようにミルフィーユをすすめる。でも、主人公の注文はいつもの珈琲だと分かっている」


 俺は、さっきの台詞を思い出す。


 ……やっぱり、いつものですか?


「あれは、連れの人に聞かせる言葉じゃないと思いました」


「それで、声を落とした?」


「はい」


 俺は小さくうなずいた。


「店中に聞こえる声で聞くことでもないし、連れの女性に聞かせるための言葉でもない。主人公にだけ届けばいいと思いました」


 いつも通りで大丈夫ですよ。

 違うものを選んでも構いませんよ。


 どちらにも逃げられるように、そっと置いた言葉。


「いつも通りでもいいし、違うものを選んでもいい。どちらでも大丈夫だと伝えるために、ああいう言い方になりました」


 言い終えた瞬間、また静かになった。


 やばい。


 長い。


 これは、やっぱり考えすぎだったか。


 俺が固まっていると、神崎さんが小さく息を吐いた。


「そうか……」


 その声は、叱るものでも、褒めるものでもなかった。


 ただ、何かを確認したみたいな声だった。


 神崎さんは手元の資料に視線を落とし、ペン先で軽く紙を叩く。


「うん。OK」


 OK。


 ……え。


 今の、OKなのか?


 何が?

 俺の答えが?

 それとも、もう質問は終わりって意味か?


 まったく分からない。


「ありがとう。下がっていいよ」


「……はい。ありがとうございました」


 俺はもう一度、深く頭を下げた。


 今度こそドアへ向かう。


 背中に、審査員たちの視線を感じる。


 歌は、一番早く止められた。

 二十四番の北川くんみたいに、芝居と歌で空気が変わるギャップがあったわけでもない。

 杉田さんみたいに、何もないスタジオに喫茶店を建てるほどの圧倒的な芝居も、舞台の奥まで届く声もない。


 俺にあったのは、三行の台詞と歌詞をこねくり回した解釈だけだ。


 ……落ちた。


 そう思った。


 ドアの外へ出ると、スタッフさんが廊下で待っていた。


「お疲れさまでした。二次審査の結果発表は十五時以降になります」


「十五時以降、ですか?」


「はい。このあと別役の審査もありますので、少しお時間をいただきます。発表時間までには、控室へお戻りください。外出されても構いません」


「分かりました。ありがとうございます」


 頭を下げて、控室へ戻る。

 北川くんと杉田さんの姿は、もう控室にはなかった。

 

 時計を見ると、まだ昼前だった。


 十五時以降。


 ……長い。


 長すぎる。


 この精神状態で三時間以上待てと?


 じっとしていたら、さっきの歌を途中で止められた場面ばかり思い出してしまう。


 じっとしていられない。


 喉が渇いた。

 頭も冷やしたい。


 俺は荷物を持って、控室を出た。

 会場の外に出ると、冬の手前の空気が少しだけ冷たい。


 駅前のコンビニで飲み物でも買おう。


 そう思って歩き出したところで、ポケットの中の携帯に手が触れた。


 ……ヤマジ。


 今朝の電話が、頭をよぎる。


 『漏れは間違っていたかもしれん』


 あの言葉がなかったら、俺はたぶん、もっと大きく、もっと分かりやすく、もっと“見せよう”としていた。


 結果は分からない。


 たぶん、落ちた。


 でも。


 一応、報告くらいはしておくか。


 俺は携帯を取り出し、ヤマジの番号を呼び出した。


 数コールもしないうちに、つながる。


『どやったん!?』


 第一声が早い。


 食い気味にもほどがある。


「早いな、お前」


『そりゃそうダロ。こっちは朝からずっと気になってたんだお! で!? 漏れの演劇アドバイスは効いたん!?』


 その勢いに、思わず少しだけ笑ってしまう。


 ……さて、どこから話せばいいものか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。