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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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61/73

Track.60

 たぶん、ただの接客じゃない。

 でも、それが何なのかまではまだ掴みきれなかった。


「うーむ……これは一旦保留な件」


「だな」


 俺は手元の台詞の紙をテーブルに置いて、今度は課題曲の譜面に目を落とした。


 こっちはもう、通学中や寝る前に何度も聴いた。

 メロディは、だいぶ頭に入っている。


 軽く息を吸って、俺は歌った。


 ♪ いつもの席 いつもの声

   それでも今日は違う気がした


   窓辺に揺れる午後の光

   開いたメニューをなぞる指


 

 歌い終わると、ヤマジがふむ、と頷く。


「上手い。歌は問題ないんジャマイカ」


「いや……問題はそこじゃないんだよ」


「何が?」


「誰に届けるか」


 観月先生の言葉が、頭の中によみがえる。


 誰に。

 どの言葉を。

 どう届けるか。


 譜面を見下ろして、そこでふっと気づいた。


「……あ」


「ん?」


「これ、さっきの台詞に繋がってるのかもしれん」


 ヤマジが身を乗り出す。


「ほう」


「……掴めた、かも」


 ヤマジが眼鏡をチャッとした。


「ほう。ついに一ノ瀬氏の中で、三行が三行以上のナニかになったわけだな」


「その言い方やめろ」


 でも、少しだけ近づけた気はした。



 * * * * * *

 


 「……てか待てよ」


 ヤマジが急に顔を上げた。


「このオーディションって、ルクス内のやつ? それとも一般?」


「一般も受けるって言ってた。芸能人とかモデルとかも来るらしい」


「それはルクスの武器を使うべきだろ。常考」


「ルクスの武器?」


「歌って踊れる、だ」


 ヤマジが無駄にキリッとした顔で言い切る。


「いや、まあ……それはそうか」


 言われてみれば一理ある。

 ミュージカルといえば、歌いながら動く……よな。

 それなら、今の俺にできる範囲で少しだけ見せ方を足してみるのは、なしではない……かもしれない。


 俺は課題曲に合わせて、なんとかボックスステップと手の振りを入れてみた。


「♪ いつもの席――」


 足を踏み替え、

 手を胸元へ引いて、

 次のフレーズで前に出す。


 できることだけ。

 無理はしない。

 でも、何もしていないわけでもない。


 一通りやり終えて、ヤマジのほうを見る。


「……どうよ」


 ヤマジは腕を組んだまま、しばらく考え込んだ。


「……アー、ウン」


「何だよ、その反応」


「成立はしてる」

「成立はしてるが……今回は振付なしでいいかもしれん」


「お前が言い出したんだろ」


「いや、ミュージカルで動くのは正しい。

 だがしかし、今の一ノ瀬氏は“役として動く”より、まだ“振りをこなしてる”感が勝つ」


 それは、ちょっとわかる気がした。


「なるほどな……」


「今は歌と台詞に集中した方が、たぶん強いお」


「ただ、何もないよりは二か所くらい振り入れたほうがいいんジャマイカ。

 足は入れるなよ。そこは事故る」


「お前、俺のダンスを何だと思ってる?」


「事故」


「即答すんな」


 * * * * * *


 ――そして、あっという間にオーディション前日の夜になった。


 あれからもう一度ヤマジに付き合ってもらって、カラオケで台詞も歌も最終調整を入れた。

 台詞は爽やか路線。身振りは少し大きめに、声を張る。

 「……やっぱり、いつものですか?」の解釈も、たぶん間違っていない。


 歌も、誰に届けるのかはイメージできた。

 振付は二か所。決めのところだけ、足は入れない。


 そこまで頭の中で確認して、俺は布団に入った。


 明日。

 いよいよ、勝負だ。


 オーディション当日の朝。


 結局、昨夜はなかなか寝つけなかった。

 目を閉じるたびに、台詞と課題曲が頭の中をぐるぐる回る。



 それでも朝は来る。


 家を出て、駅へ向かう道を歩いていた、その時だった。


 ポケットの中で携帯が震える。


 画面を見ると、ヤマジからだった。


「……もしもし」


『一ノ瀬氏!! オーディションは!?』


「これからだが、どうした?」


『間に合ったか。よし。今から言うことを落ち着いて聞け』


 その声音が妙に深刻で、俺は思わず足を止めた。


「……何だよ」


 通話の向こうで、ヤマジがひとつ息を吸う気配がした。


『漏れは間違っていたかもしれん――』


 * * * * * *


 電話を切ったあともしばらく、俺はその場で固まっていた。


 ……いや、固まってる場合じゃない。


 ハッとして腕時計を見ると、待ち合わせの時間が近づいている。

 俺は携帯をポケットに押し込み、足早に駅へ向かった。


 駅前で美央さんと合流し、そのままオーディション会場へ移動した。

 今日の美央さんは、秋らしいトレンチコートにチェックのロングスカート、編み上げのショートブーツという格好で、朝の雑踏の中でもやっぱり目を引いた。


 

 オーディション会場は、駅から少し歩いた先にあるスタジオだった。


 中へ入った瞬間、俺は思わず足を止めた。


(やべっ……)


 人が多い。


 受付の前にも、廊下の壁際にも、スタジオ前の長椅子にも、人がいる。

 ざっと見ただけでも百人はいるんじゃないかと思った。


 年齢もばらばらだった。

 十代後半くらいの若い子もいれば、二十代くらいのやつもいる。

 中には、三十前後に見える人までいた。


 隣でその反応に気づいたのか、美央さんが小さく笑う。


「今日は三役同時にオーディションあるから」


「三役?」


「ええ。中には掛け持ちで受ける人もいるわ」


「へえ……」


 通りで、年齢層が広いわけだ。


 みんな同じ役を狙っているわけじゃない。

 そう思うと少しだけ納得する。


 ……いや、だからって気楽になれるわけでもないけど。


 美央さんに促されて受付へ向かい、名前を告げると、スタッフの女性がリストを確認してくれた。


「一ノ瀬奏さんですね。こちらが番号札です。この番号で呼ばれるので、なくさないでください」


「はい」


 番号札と控室の案内を受け取ったところで、美央さんが俺のほうへ向き直った。


「私はこのあと、別の現場の付き添いがあるから、一度外すわね」


「あ、はい」


「終わる頃には戻ってくるから」


 そう言って、美央さんは少しだけ表情をやわらげた。


「大丈夫。やることはやってきたんでしょ」


「……はい」


 その一言だけで、少しだけ背筋が伸びた。


 


 俺は番号札を握りしめたまま、案内された控室へ向かった。


 控室には、すでに三十人ほどの参加者がいた。


 壁際の椅子に座って台詞の紙を読んでいる人もいれば、立ったまま譜面を確認している人もいる。

 部屋の中は小さな話し声や紙をめくる音で、ざわざわしていた。


 俺も空いている椅子に腰を下ろす。


 けれど、落ち着かない。


 台詞の紙を開いても、文字が上滑りしていく。

 頭の中では、今朝のヤマジの言葉がまだ引っかかっていた。


 その時、控室のドアが開いた。


 「それでは、オーディションを開始します。番号を呼ばれた方から、第一スタジオへお入りください」


 ざわついていた空気が、すっと引き締まる。


 俺は、手の中の台詞の紙を握り直した。


 ――いよいよ、はじまる。


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