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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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Track.59

 数日後。


 俺とヤマジは、カラオケボックスにいた。


 テーブルの上には、美央さんから渡された台詞の紙と課題曲の歌詞とMDプレーヤー。

 飲み放題のウーロン茶と、食べかけのポテト。

 画面にはカラオケの予約曲一覧が出ているのに、今日は歌いに来たというより、完全に練習会だった。


「よし、まずは台詞合わせだお」


 ヤマジが眼鏡をチャッと押し上げる。


 俺は紙を見下ろした。


 書かれている台詞は、たった三つ。


「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ」


「今日のおススメは季節のミルフィーユです」


「……やっぱり、いつものですか?」


 短い。

 短いが、短いからこそ逆に難しい気がする。


「じゃ、まずは一個目。元気に!!」


「お、おう」


 軽く息を吸って、俺は言った。


「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ!」


 背筋が伸びる。

 右手をすっと差し出して、視線で席へ誘導する。

 身体が勝手に動くあたり、やっぱりこのへんは染みついている。


「次!! 爽やかに!!」


「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ」


 語尾を少しやわらかくして、笑顔を乗せる。

 案内の手も、さっきより少しだけ丁寧に弧を描いた。


「次!! かったるそうに!!」


「いらっしゃいませぇ……こちらへどうぞ……」


 肩の力を抜き、半分流すように手を振る。


「それただのやる気ない店員やんけ」


「お前が言ったんだろ」


 言い返したあと、ヤマジがふいに真顔になった。


「いや、でも一ノ瀬氏、思ってたより……いや、思ってた以上に芝居の才能あるかもしれん」


「マジか!」


 思わず前のめりになる。


「芝居はじめてで、ここまで即座に対応できるなんて正直思わんかった。

 歌やってるからか、自然と声も通るしな」


 ヤマジは腕を組んだまま、うんうんと頷く。


「しかも、ただ台詞読んでるだけじゃなくて、ちゃんと動きもついてくるし」

「“こっちです”って言った時に、自然に席へ案内する手が出るの、あれ強いお」


 そこで俺も、少しだけはっとした。


 たしかに、考えてやったわけじゃなかった。

 あの仕草は、バイト先で毎日のようにやっていた動きだ。

 お客様を席へ案内して、料理をすすめて、常連客の顔色を見て、いつもの注文かどうかをなんとなく察する。

 そういうことを繰り返してきたから、身体のほうが先に覚えていたのかもしれない。


「……ああ、そっか」


「ん?」


「バイトしてた時の癖だ」

「案内の仕方とか、笑い方とか、客の顔見てタイミング測る感じとか」


 言いながら、自分の中で少しずつつながっていく。


 ただのバイト経験だと思っていた。

 でもそれは、人前に立って、その場の空気を読んで、相手に合わせて言葉と動きを出す練習でもあったのかもしれない。


 ヤマジが、いかにも“ほら見ろ”という顔で頷く。


「それだお」

「一ノ瀬氏、接客で積んだ経験値が、ここに来て芝居へ変換されてる説」


「そんなゲームみたいに言うな」


「いやでもマジで。元ウェイター設定の役なら、そこは普通に武器じゃね?」


 武器。


 その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 歌も芝居も、知らないことだらけだ。

 でも、何もゼロから始まるわけじゃないのかもしれない。


 そう思うと、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。


 

 俺はもう一度、台詞の紙を持ち直す。


「じゃあ、もう一回やるぞ」


 右手をさっと開いて、席へ誘導する。

 その動きに、ヤマジがふむ、と頷いた。

 

 右手をさっと開いて、席へ誘導する。

 その動きに、ヤマジがふむ、と頷いた。


「爽やかに、がいいかもしれん」


「そうか?」


「うむ。そこはもっと指の先まで伸ばした方がいいお!!」


 眼鏡をまたチャッとする。


「舞台は広いからな。多少大げさなくらいやった方が盛れる」


「そのアドバイス、声優ミュージカル一作観た知識なのが怖いんだが」


「経験者は語る」


「経験してないだろ、観ただけだろ」


 そんなやりとりを挟みつつ、俺はもう一度台詞を繰り返した。


「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ」


「今日のおススメは季節のミルフィーユです」


 ここまではいい。

 よくある店員の台詞だ。

 問題は三つ目だった。


「……やっぱり、いつものですか?」


 言い終わったあと、俺もヤマジも少し黙る。


「……ここだけ、ちょっと種類違うよな」


 俺が言うと、ヤマジも腕を組んだ。


「う~~ん、なんか意味深だお。解釈次第でどうとも取れそうな……」


「だよな」


「いつも同じものを頼む常連さんに、なんでわざわざ季節のミルフィーユおススメしたんだ?」

 

「接客のクセでそう言ったんか?」


 そこで、俺ははっとした。


「……あ」


「ん?」


「そうか。だから“……やっぱり”ってなるのか」


 言ってみると、少しだけしっくりくる。


 いつも同じものを頼む相手。

 なのに今日は、なんとなく違うものを勧めてみた。

 でも結局、その人は“いつもの”を選ぶ。


 その時の、ちょっとした残念さなのか。

 安心なのか。

 それとも、何か別の感情なのか。


「いや、でも……」


 ヤマジが天井を仰ぐ。


「何か、理由がありそうな……」


「深い……な」


 つられて俺も呟いた。


 ヤマジは真顔のまま、さらに天井を見上げる。


「ああ。この三行に人生ドラマが詰まっている」


「……ような気がする」


 俺がそう付け足すと、ヤマジはゆっくり頷いた。


「禿同」


 短い台詞なのに、掘れば掘るほど妙な奥行きが出てくる。

 それが芝居ってやつなのかもしれない。


 俺はもう一度、三つ目の台詞を見つめた。


「……やっぱり、いつものですか?」


 ただ接客するだけじゃない。

 

 ――たぶん、この一言に何を滲ませるかで、この役は決まる。

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