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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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59/73

Track.58

 レッスンが終わって、汗を拭きながら荷物をまとめていた時だった。


「一ノ瀬君、ちょっといい?」


 顔を上げると、美央さんがレッスンスタジオの入り口に立っていた。


 久々に会った美央さんは、テラコッタ色のちびカーデに白いスキニーパンツを合わせた、洗練されたスタイルだった。

 相変わらずお洒落で、スタイルもいい。


 つい見惚れてしまってから、そういえばと思う。こうして美央さんとちゃんと顔を合わせるの、二か月ぶりくらいかもしれない。

 俺が仕事をもらえない限り、基本はレッスンだけの日々だったからだ。


「はい」


 なんだろう。

 この間の“きびす事件”の件じゃないよな、と一瞬だけ嫌な予感がよぎる。


 「DUEL主演のミュージカルで、若手キャストのオーディションがあるの」


 美央さんはそう言って、手元の書類を一枚めくった。


「主人公に憧れて、ウェイターを辞めて同じ会社に入る新人役で……」


 その一言に、顔を上げる。


 元ウェイター。

 主人公に憧れて、飛び込む新人。


 それ、あまりにも――


「その役に、一ノ瀬君はどうかって、DUELの二人から話が出たの」


「……え」


 心臓が、どくんと鳴る。


「まだ決定じゃないわ。ただ、候補の一人として名前が挙がってるの」


 そこまで聞いて、俺の頭はようやく追いついた。


 候補。

 オーディション。

 DUEL主演。

 ミュージカル。

 そして――俺。


「え? 俺がミュージカルに出演ですか!?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


「出演が決まったわけじゃないの。これから受けてもらうオーディションで、ちゃんと役を取らなきゃいけない」


「は、はい……いや、でも、オーディションって」


 頭が追いつかない。


「いつですか?」


「一週間後」


「え、……え?」


 一週間後?


「オーディション急すぎないですか!? な、何の準備をすればいいんです?」


「一ノ瀬君、落ち着いて」


 美央さんが苦笑しながら、そっと書類を差し出してくる。


「台本の抜粋と、課題曲、それから簡単な概要は今日渡せるわ。歌と芝居、両方見ることになると思う」


 歌と芝居。


 そこまで聞いて、俺はますます固まった。


 少し前までなら、歌にはそれなりに自信があった。

 でも今は違う。ボーカルレッスン中級の洗礼を浴びたばかりだ。

 観月先生に“なんとなく伝わる歌”だの“歌詞を覚えるのは当然”だの、しっかり現実を突きつけられている。


 その上、芝居だって?


 芝居なんて、まともにやったことないぞ。

 小学生の頃の学芸会ですら、一番セリフの少ない役を選んだ気がする。


「し、芝居って……どういう練習すれば?」


 そう聞くと、美央さんは苦笑しながら手元の書類を整えた。


「まずは台本を読むこと。役の流れをつかんで、どういう子なのか考えるの」

「そのうえで、指定のシーンを実際にやってもらうことになると思う」


 台本を読む。

 役を考える。

 実際にやる。


 言われていることはわかる。

 わかるが、わかるのとできるのは別問題だ。


「だ、大丈夫か、俺……」


「大丈夫かどうかは、これから決まるの」


 美央さんはそう言って、俺に書類を差し出した。


「でも、一ノ瀬君に合うかもしれないって思われたから、こうして話が来たのよ」


 その言葉に、胸の奥がざわついた。


 嬉しい。

 でも、それ以上に戸惑う。


 DUEL主演のミュージカル。

 しかも一週間後にオーディション。


 急すぎる。

 急すぎるし、俺はミュージカルなんてものを、ほとんど別世界の話として生きてきた。

 テレビで見るもの、舞台で輝く誰かのもの、自分とは縁のない華やかな世界——そういう認識だった。


 それが今、急に目の前へ降ってきたのだ。


 しかも役どころが、元ウェイターで、主人公に憧れて会社へ飛び込む新人。

 そんなの、他人事みたいに聞けるわけがない。


「……そんなの、受けるしかないじゃないですか」


 気づけば、そう言っていた。


 美央さんが、ふっと笑う。


「ええ。私もそう思う」


 その一言で、少しだけ腹が決まった。


 怖い。

 でも、ここで逃げるのは違う。


 あの夜、勝太郎でDUELの二人を見て、俺も誰かの心を照らせる存在になりたいと思った。

 その二人が俺の名前をあげてくれたのなら、なおさらだ。


「……オーディション、受けます」


 自分の声が、思ったよりちゃんと出た。


「うん。まずは台本と課題曲、ちゃんと読んで。焦るのはわかるけど、一つずつ整理していけばいいから」


「……はい」


 書類を受け取る。

 紙の重みが、妙に現実的だった。



 * * * * * *


「マ? 一ノ瀬氏、ミュージカル出演とか!?」


「しーっ! 声でかい!」


 俺は慌ててヤマジを制した。


 放課後、いつものファミレス。

 周りには部活帰りらしい高校生や、ドリンクバーで粘っている大学生グループまでいる。

 こんな場所でアイドルだのミュージカルだの叫ばれたら、こっちは普通に死ぬ。


「出演決定じゃない。これからオーディションがある。一週間後、だ」


 声を潜めてそう言うと、ヤマジは目を見開いたまま、ぐっと身を乗り出してきた。


「急すぎん?」

「一ノ瀬氏、次はミュージカルとか、展開が雑に強すぎるんだが」


「それは俺がいちばん思ってる」


 俺は小さくため息をついた。


「ミュージカルの練習なんて、何をすればいいんだ……」


 するとヤマジが、ぽん、と俺の肩に手を置いた。

 それから妙に芝居がかった動作で、ぐっと親指を立てる。


「任せろ」


「何を」


「漏れ、ミュージカル観たことあるお」

「観たことあるだけかい!!」


「あれは……忘れもしない――!」


 ヤマジが、急に芝居がかった低い声を出した。


「公演四日目のことだった……!」


「やめろ。急に物語を語り出すな」


 俺が引き気味に突っ込んでも、ヤマジはもう止まらない。

 むしろ目をギラつかせたまま、前のめりで続けた。


「まつりタソが、出だしを間違えたところから始まった第二幕第三場!!

 夢タソもつられてトチる。

 会場全体が“あっ”となったあの空気……漏れは今でも忘れていない」


 そこでヤマジは、無駄に芝居がかった動きで天を仰いだ。

 

「そして桃タソもそれに続くと思われたが――!!」


 ヤマジがテーブルをばんっと叩く。


「だがっ!! 桃タソは違った!!

 起死回生のアドリブで見事な軌道修正!!

 全てを飲み込み、アドリブひとつで流れを正道へ戻したあの瞬間!!

 あれはもう、舞台の神が桃タソに降りたとしか思えんかった!!

 漏れは囁いたね。これは後世に語り継がれる伝説のミュージカルになる、と……!!」


 ほとんど息継ぎもせず、ヤマジは一気にまくしたてた。


「待て。いったい何のミュージカル観たんだよ」


 俺がそう聞くと、ヤマジは眼鏡をチャッと押し上げた。


「ドキッ♡ぱにぱにロード ~(なみダッシュ)恋と友情のトラブル急行!?~(なみダッシュとじる)」


「えっ、何それ」


「声優ユニット、ぱにぱにまじっくの初ミュージカル作品だろ常考」


 更にヤマジは無駄にキリッとした顔を作る。


「桃タソのアドリブ力、伝説級なんだぜ☆」


「偏りがすごいんよ」


 ――少なくとも、俺の相談相手のミュージカルの知識がだいぶ偏っていることだけは確かだった。

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