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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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55/58

Track.54

 レッスンが終わってスタジオを出ても、頭の中はまださっきのままだった。


 観月先生の言葉。

 レンくんの歌。

 そして、本人の口から飛んできた「余計なことするな」。


 情報量が多い。

 朝からずっと多い。


 譜面を鞄にしまいながら廊下を歩いていると、エレベーター前の壁にもたれていた五十嵐君が、こっちに気づいて軽く手を上げた。


「終わった?」


「あ、五十嵐君」


「お疲れ。昼行く?」


 言い方が軽くて、変に気を遣っていない。

 その一言だけで、少し肩の力が抜けた。


「行く。むしろ助かる」


「よかった」


 五十嵐君は小さく笑って、エレベーターのボタンを押した。


 

 * * * * * *


 社員食堂で向かい合って座ると、五十嵐君が先に口を開いた。

「で、中級どうだった?」

「……普通に衝撃だった」


 そう返すと、五十嵐君が少し笑う。

「そんな顔してる」

「そんなに?」

「うん。だいぶ食らった顔」


 見たまま言われただけなのに、ちょっと救われた。


「……で、何が衝撃だった?」

「いや、いろいろあるけど」

 

 いろいろありすぎて、逆にまとまらない。

 

 観月先生のこと。

 中級の空気。

 歌のレベル。

 そして、レンくん。


「……やっぱ、レンくんかな」

 口に出した瞬間、自分でもいちばんそこに引っかかっていたんだなと思った。


「すごかった?」

「すごかった。なんか、同じ曲歌ってるように聞こえなかった」

「やっぱり目立つよね。彼」

 

「うん……いや、ほんとに」

  ルックスがどうとか、歌が上手いとか、そういうひとことで済まない。

  立ってるだけで目を引くし、歌えばなおさら空気が変わる。

 正直、同じ研究生って言われても、まだ少し実感がない。


「今、十五歳だっけ?」

「たしかそう」

「十五であれって、ちょっと反則じゃない?」

「まあ、反則だよね」


 五十嵐君は苦笑しながら、肩をすくめた。

「彼。俺よりかなり先輩だし、あのルックスに歌唱力あって、ダンスもできて、ドラマとかも出てるし。そりゃやっかむやつはいるよね、って感じ」


 その言い方が妙に現実的で、俺は思わず箸を止めた。

 

「……今日さ、レンくん、ちょっと絡まれてたんだよ」


 五十嵐君も箸を止める。

 

「絡まれてた?」

「うん。しょうもない雑用押しつけたり、断ったら感じ悪いとか言ったり。で、俺、つい口出しちゃって」


 そこまで言うと、五十嵐君は少しだけ苦い顔をした。

「……ああ。いたよ、そういうの」

「やっぱり前から?」

「うん。ダンスの中級で一緒だったときも、ちょこちょこ。荷物いじったり、雑用押しつけたり。露骨じゃないけど、地味に嫌なやつ」

「うわ……」

「でも、朝倉君、わりと飄々としてたよ。いちいち反応しないっていうか。流すの上手いんだよね、あの子」


 そこで俺は、今朝のレンくんを思い出した。

「……だから余計なことするな、なのか」

「え?」

「あ、いや」


 少し迷ってから、観念する。

「俺さ、口出したあとレンくんに大丈夫?って聞いたんだよ」


「うん」

「そしたら、“余計なことするな”って言われた」


 五十嵐君がぱちぱちと目を瞬いたあと、ふっと息を漏らした。

「……ああ。言いそう」

「言いそうなの?」

「いや、なんか……助けられた、みたいになるの嫌そうじゃない?」


 その言葉に、少しだけ納得する。

 今日のレンくんは、たしかにそういう顔をしていた。


「……でも、歌はすごかった」

「うん」

「あれはほんと、すごかった」


 同じ曲だったのに。

 同じ課題だったのに。

 俺の歌と、レンくんの歌は、まるで届き方が違った。


「観月先生にも言われた。俺の歌は上手いけど、“なんとなくしか伝わらない”って」


「……俺にはそこまでわかんないけど」


 五十嵐君はそう言ってから、少しだけ考えた。

「でも、一ノ瀬君がそこで引っかかってるのは、でかいんじゃない?」

「でかい?」


「うん。俺だったら、たぶん上手いねって言われた時点で満足してると思う」

 その言い方が、妙に五十嵐君らしかった。


「……そりゃ、悔しかったから」

「うん。そういうの、大事だと思う」


 ハンバーグをひと口食べて、俺は小さく息を吐いた。

「……中級、思ってたよりだいぶしんどいかもしれん」


 向かいで五十嵐君が少し笑う。

「うん。今の話だけでお腹いっぱいなんだけど」


「だよなあ……」

 それでも、レンくんの歌だけは、まだ耳の奥に残っていた。


 気持ちがあるだけじゃ足りない。

 なんとなく伝わるだけじゃ足りない。

 狙って届かせる歌。


 その領域があることを、今日初めてちゃんと知った気がした。



 * * * * * *


 翌日。


 昼からのボーカルレッスンへ向かいながら、俺はひとりで小さく頷いていた。


 昨日のことは、まあ、反省している。


 中学生相手に「中学生じゃないんだから」とか言ってしまったし、レンくんには余計なことするなと睨まれた。あれは完全に、こっちが張り切りすぎた結果だろう。


 だから今日は、普通にいく。


 爽やかに挨拶だけ。

 余計なことはしない。

 変に首を突っ込まない。


 ……ただし、レンくんが本気で困ってそうなら、その時は別だ。

 そこはさすがに放っておけない。


 よし。

 完璧だ。


 そんなことを考えながらスタジオに入ると、少し離れたところにレンくんの姿が見えた。

 グレーのトレーナーにベージュのパンツ。今日も今日とて、やたら絵になる。


(うん)

(落ち着け俺)

(今日は普通に、だ)


 俺はさりげなく歩み寄って、できるだけ自然な声を出した。

「おはよう、レンくん」


 レンくんが、ちらっとだけこっちを見る。


 その目が一瞬こちらをかすめて——


 そのまま、すっと視線が外れた。

 返事は、ない。

 ないまま、レンくんは自分の荷物を置いて、何事もなかったみたいにスタジオの奥へ行ってしまった。


 ……ええ?


 俺は、その場で固まった。


 いやいやいや、待って。

 昨日は余計なことしたからだと思ってたんだけど?

 今日は何もしてないよね?

 ただ爽やかに挨拶しただけだよね?


(どゆこと?)


 頭の中で、警報が鳴る。


(え、俺)

(レンくんに嫌われてる――?)



 ——その時だった。

 

 その少し離れたところで、一部始終を見ていた少年が、ふっと口元をゆるめた。

「……ん~~? なんか、こじれてるやん」

 

 おかしそうに目を細める。

「面白くなりそうやな。これから」

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