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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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54/58

Track.53

 何人か進んだところで、ついに俺の名前が呼ばれた。


「一ノ瀬くん」


「は、はい!」


 前に出る。

 譜面を持つ手に、じわっと汗がにじんだ。


(落ち着け)

(歌は……歌は大丈夫だろ)


 ダンスならともかく、歌は俺の土俵だ。

 インディーズとはいえ、現場にも立ってきた。場数だけなら、たぶんここにいる誰より踏んでいる。


 深呼吸をひとつして、歌い始める。


 最初の一行は悪くなかったと思う。

 二行目も、そのまま流れに乗れた。声もちゃんと出ている。変に震えてもいない。


(よし)


 そのままワンコーラスを歌い切る。


 観月先生はすぐには何も言わなかった。

 譜面を見て、それから俺を見る。


「うん。上手いね」


 胸の奥が、少しだけ浮く。


「音程も安定してるし、変に怖がってないのもいい。ちゃんと気持ちも乗ってる」


(よし……!)


 やっぱり。

 歌なら、いける。


 だけど、その次の一言で、その気持ちはきれいに止まった。


「ただ、まだ“なんとなく伝わる歌”なんだよね」


「……え?」


 観月先生は譜面の一点を軽く叩いた。


「今の一番、君は自分が気持ちいいところで膨らませたでしょ。でも、聴いてる側に届くポイントはそこじゃない」


 言われて、言葉が詰まる。


 たしかに膨らませた。

 自分の感情が乗りやすいところで、自然にそうした。

 でも、それが違う?


「その歌詞、誰に向けて歌ってる?」


「……誰、に……」


「うん。相手がまだ曖昧なんだよね」

「だから、気持ちはあるのに届き方がぼやける」


 観月先生の声は静かだった。

 静かなのに、妙に逃げ場がない。


「悪くないよ。むしろ、感情を出すのを怖がってないのは強み。でもその先。“なんとなく伝わる”から、“狙って届かせる”に上がるには、そこを決めないと」


 俺は譜面を見る。

 見ても、急にはわからない。


 誰に向けて。

 どの言葉を。

 どう届けるか。


 そんなこと、今まで考えて歌ったことがあっただろうか。


「……もう一回、いいですか」

 気づけば、そう言っていた。


 観月先生は少しだけ目を細めた。

「いいよ。今度は二行目の相手を決めて」


 二行目の相手。


 頭の中で歌詞をなぞる。

 その向こうに誰かを置こうとする。

 でも、急にはうまくいかない。


 それでも、もう一度歌う。

 さっきより意識はした。

 したけれど——歌い終えた瞬間、自分でもわかった。まだ、何かがぼやけている。


「うん。今のほうがいい。でも、まだ浅いかな」


 観月先生はそう言って譜面を閉じた。


「君、表現するのは上手い。でも、“どこに届けるか”がまだ甘い」


 その言葉が、胸に残った。


 表現はできている。

 でも、届け方が甘い。


 歌ならやれる、とは思っていた。

 その“やれる”の先に、まだこんな段階があるのか。


 観月先生はそこで、次の名前を呼んだ。


「朝倉くん」


 その瞬間、空気が少しだけ変わった気がした。


 レンくんが前に出る。

 さっきまで俺に「余計なことするな」と吐き捨てたのと同じ人間とは思えないくらい、歩くだけで絵になる。


(いや……まあ)

(天使は間違いだったかもだけど、やっぱり絵にはなるんだよな……)


 複雑な気持ちで見ていると、レンくんが息を吸う。

 そして、歌い出した。


 最初の一音で、思わず顔を上げた。


(……えっ)


 上手い。

 それはもちろんそうだ。

 でも、そういう言い方だと足りない。


 声がどうとか、音程がどうとか、そういうことじゃない。

 ちゃんと、まっすぐ届いてくる。しかも押しつけがましくなく、すっと入ってきて、気づいたら残っている。


 同じ譜面。

 同じメロディ。

 なのに、さっき自分が歌ったものとは、まるで別物に聞こえた。


(……これか)


 うまく言葉にならない。

 でも、さっき観月先生が言っていたことの意味だけは、少しだけわかった気がした。


 レンくんの歌は、ただ気持ちが乗っているだけじゃない。

 どの言葉を、どこで、どう届かせるかを決めて歌っている。

 そんなふうに聞こえた。


 歌い終わる。


 観月先生は短く頷いた。


「うん。そこはいい」

「二行目の抜きも正解。今の届かせ方は悪くない」


 届かせ方。

 やっぱり、そこなんだ。


 観月先生はそのまま、こちらを見た。


「一ノ瀬くん」


「は、はい!」


「今の朝倉くんの歌、何が違ったかわかる?」


 言葉が出ない。

 でも、違いは確かにあった。それだけはわかる。


「……届き方、ですか」


 観月先生は少しだけ笑った。


「そう。気持ちがあるかどうかじゃない。どの言葉を、どこで、誰にどう刺すか。朝倉くんはそれを決めて歌ってる」


 刺す。


 その表現に、妙に納得した。


 たしかに、そうだ。

 レンくんの歌は、ただ綺麗に流れていくんじゃない。ちゃんと残る。しかも、狙って残している感じがする。


 俺は譜面を見下ろした。

 さっきまでただの歌詞だった文字が、急に難しく見える。


 歌にも、まだ上がある。


 それを思い知った、中級初日だった。

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