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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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52/59

Track.51

 その瞬間、腹の奥で何かがぴきっと鳴った。


 気づけば、足が前に出ていた。


 パンっ、と手を叩く。

 乾いた音がスタジオに響いて、何人かがぴたりとこっちを見た。


「君たちさ~、中学生じゃないんだから」


 わざと少しゆるい調子で言う。

 でも、ただの軽口では終わらせない。そんなことしてる暇があるなら、もっとやることあるだろ——という空気をまとって、そのまま連中とレンくんのあいだに入った。


「そういうのに脳みそ使う元気があるなら、発声でもしてたほうがよくない?」


 どうだ。

 これが四十二歳。大人の対応ってやつだ。


 ……と、思った次の瞬間。


「は?」

 明るい髪のやつが、あからさまに眉をひそめた。

「俺ら中学生ですけど~?」


 しまった。

 中学生相手に「中学生じゃないんだから」と言ってしまったぞ。


 後ろで、くすっと笑う声がした。


「何このおっさん」


 全く容赦がない。

 だが、ここでひるんではいけない気がした。

 俺は軽く片眉を上げて、わざとらしく小さく頷く。


「……あー。失礼」


 一拍置く。


「君たちが《《あまりにも余裕ありそうなもんだから》》高校生くらいに見えてた」


 一瞬、空気が止まる。

 我ながら、なかなか嫌な返しだった。


「でも、中学生ならなおさらかな。そういう尖り方、普通にかっこ悪いよ」


 空き缶を持ったまま固まっているやつに視線を向ける。

「レンくんのこと、やっかむなら、そういうとこでチクチクやるんじゃなくて、歌で勝てばいいじゃん」

 そう言ってから、俺はリーダー格っぽい明るい髪のやつを見た。

 

「正々堂々と、ね」

 軽く片眉を上げて、トドメを刺してやる。


 どうだ、中坊。

 これが大人のたしなめ方ってもんだ。


 もちろん、相手が素直に引き下がるわけはない。


「は? 何こいつ、マジでウザいんだけど」

「急に入ってきて説教とか何様?」

「つーか、おっさんが混ざってくんなよ」


 全く口が減らない。

 ガキってすごい。語彙はまだ育ちきってないのに、うざさだけは一人前だな。


 とはいえ、さっきまでみたいな薄ら笑いは止まっていた。

 少なくとも、これ以上ちょっかいを出す空気ではなくなっている。

 ならまあ、ひとまず目的は達成だ。


(よしよし)

(ここは大人として、これ以上は追撃せずにだな……)


 俺は小さく鼻を鳴らしてから、くるっと踵を返した。

 そのまま、レンくんのほうへ向かう。


 さっきまでのやりとりのあいだも、レンくんはほとんど口を挟まなかった。

 譜面を持ったまま、少し下を向いている。


(……やっぱ気にしてるよな)


 そりゃそうだ。

 あんなふうに絡まれて、平気なわけがない。


 俺はレンくんの前まで行って、少しかがみこんだ。


「レンくん、大丈夫?」


 顔をのぞき込む。


 うん。

 やっぱり天使だ。


 伏せられた睫毛まで綺麗だし、少し翳った表情すら絵になる。

 こんな至近距離で見ても破綻しないの、どういう構造なんだ。


 ……と、思った次の瞬間。


「……お前」


 低い声が落ちてきた。


 俺はぱちっと瞬いた。


 うん?


 お前?


 ……お前?

 天使の口からもれる言葉じゃないぞ?


 レンくんが、ゆっくり顔を上げる。

 その目は、さっきまでモブAたちに向けていた無表情とも違っていた。


「余計なことするな」


 睨まれた。


「………………へ?」


 脳が、理解することを拒否した。


 いや、待ってほしい。

 今、俺は完全に助けた側では?

 むしろちょっとカッコよく間に入った側では?

 なんなら今の流れ、軽く好感度上がるイベントでは?


(えっ)

(何で怒られてるの俺??)


 頭の中で状況がまったく整理できない。


 その時だった。


 スタジオの扉が開いた。


「騒がしいね」


 低く、よく通る声。

 

 空気が、一瞬で引き締まった。



 

 入ってきたのは、ひとりの男だった。


 三十代後半くらい。

 背は高めで、細身なのに妙に目を引く。


 黒髪は後ろでひとつにまとめられていて、サイドはすっきり刈り込まれている。マンバンってやつだろうか。ラフな黒のカットソーにジャケットというシンプルな格好なのに、なぜかそこだけ雑誌の一ページみたいに見える。気だるそうにも見えるし、妙に張りつめても見える。不思議な人だった。


 顔立ちは、普通にかなり整っている。

 いや、かなりどころじゃない。

 普通にイケメンだ。


 しかも、ただ爽やかなだけじゃない。

 業界人っぽい色気がある、というか、近づいたらちょっと危なそうな空気をまとっている。


(……うわ)

(最先端のイケオジだ)


 その男はスタジオの中をひと通り見渡したあと、ふっと小さく息をついた。

 怒鳴るでもなく、苛立ちを露骨に見せるでもない。

 なのに、さっきまで口の減らなかったモブAたちまで、ぴたりと黙っている。


 空気が変わったのがわかった。


 ざわめきが消える。

 誰かの水筒の蓋が小さく鳴る音まで聞こえそうなくらい、スタジオが静かになる。


 男は譜面台の前まで歩いていって、無造作にファイルを置いた。

 それから、こちらを振り返る。


「初めまして、かな。中級ボーカル講師の観月 怜也(みづき れいや)です」


 やっぱり、この人が先生か。


 観月先生はひと通りスタジオの中を見渡してから、ふっと小さく息をついた。

「……朝から元気なのは結構だけど、レッスン前に消耗しないでくれると助かるかな」


 声音はやわらかい。

 けれど、妙に逃げ場がない。


 笑っているわけでもないのに、言葉の端にうっすら笑みみたいなものが混じっていて、それが逆にちょっと怖い。


(あ、これだ)

(こういうタイプがいちばん怖いやつだ)


 怒鳴り散らす先生のほうが、まだわかりやすい。

 この人はたぶん、笑顔で急所を刺してくるタイプだ。


 

 ——こうして、俺のはじめての中級レッスンは、なかなか穏やかじゃない幕開けで始まった。


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