Track.47
九月二十八日、土曜日。
公園の噴水前で、俺たちは三人、揃って立ち尽くしていた。
「え? お前らも撮影……だよな?」
「そーだよ。ブー太郎も?」
コーマが首を傾げる。ソラも小さくうなずいた。
時計を見る。
十五時を、少し回っている。
なのに、周囲を見回しても撮影隊らしき人たちの姿はない。カメラも、照明も、スタッフらしい大人も見当たらない。ただ、土曜の午後らしく、子ども連れや散歩中の人がのんびり行き交っているだけだ。
(……え?)
噴水の水音がやけにのどかだ。
「集合時間と集合場所、合ってるよな……?」
急に不安になって、仕事用の携帯を開く。
確認する。
もう一度確認する。
十五時。
ルクスプロ本社ビルから徒歩五分ほどの公園、噴水前。
——間違っていない。
隣で、ソラも自分の携帯を見ていた。
「……合ってる」
「ん〜、わかんねーけど……
撮影の人がお腹ピーピーになってるとか……」
コーマがケラケラ笑う。
隣で、ソラもくすくすと肩を揺らした。
流石小学生。
下ネタは自給自足でも大ウケらしい。
「おい」
思わず即座に突っ込む。
「いや、全員腹壊すことってある?」
「前の撮影が押してるとか……?」
ソラが静かに言う。
さすがだ。
小学生なのに、俺よりよほど冷静かもしれない。
そのときだった。
少し離れた木陰のあたりで、何かがきらりと光った気がした。
続いて、カシャカシャ、と乾いた音。
(……なんだ?)
目を凝らした、その瞬間。
「いいわいいわいいわぁぁぁ〜〜〜〜♡」
さっき光った木陰のあたりから、甲高いハイトーンボイスが響いた。
「その自然体! その“え、どういうこと?”って顔! 最高よぉぉ〜〜〜!!」
俺たち三人が一斉に声のした方を振り向く。
そこには——
金髪の毛先を真っ赤に染めたウェーブヘアを高い位置でまとめ、派手な柄シャツを風になびかせた、やたら存在感のある人物が、ゴツいカメラを構えたままこっちへずんずん歩いてきていた。
しかも、数歩ずん、と進んではぴたりと止まり、カシャッ。
また位置を変えて、ぴたり。カシャッ。
さらに横へ回り込んで、ぴたり。カシャッ。
無駄のない動きだった。
いや、無駄しかない見た目なのに、撮るときだけ異様にキレがある。何なんだこの人。
「見せて見せて見せて〜〜〜!! 同期組の距離感、めっちゃ可愛いじゃないのぉ〜〜〜♡」
このテンション。この声。
間違いない。テンション高い系カメラマンのキャシーさんだ。
しかも——
「もう撮ってたのかよ!?」
思わず、声が漏れた。
キャシーさんは、俺たち三人の前まで来ると、カメラを構えたまま満面の笑みを浮かべる。
「そうよぉ〜〜〜♡ もう撮ってたの! だって最高だったんだものぉ〜〜!!」
「いや、先に言ってくださいよ!」
すかさずツッコむと、キャシーさんは「やだ可愛い〜〜」と手を叩く。
「その反応! そういうのが欲しかったのよぉ〜〜♡
何も知らずに呼ばれてきた同期組って、いちばん美味しいんだから!」
「えっ、俺ら同期組なんですか?」
意外な言葉に聞き返してしまう。
コーマとソラが約二か月前に同日入所した、という話は聞いていた。
でも、俺が入所したのはその一か月後だ。さすがに同期という感覚はあまりなかった。
「そうよぉ〜〜♡ 正確には“ほぼ”同期組だけどね!
普段はオーディションで五人くらいは選ばれるんだけど、コーマくんとソラくんの時は、この二人が抜きん出すぎてて、三次選考なしで二次選考の時点で合格だったのよぉ〜〜♡
だから同期がいつもより少なくて、奏きゅんとは一か月差はあるけど、ほぼ同期組でまとめたってワケ♡」
へへっとコーマが笑う。
隣でソラも、少し照れたように目を伏せた。
——そうだったのか。
同じ日に入所して、同じレッスンを受けて、切磋琢磨して。
そして、同じグループに入って。
二十年後もなお、並んで輝き続けている二人だ。
この二人が、最初から抜きん出ていたという話も、容易に納得できる。
ああ、やっぱりこの二人は最初から特別だったんだな、と妙に腑に落ちた。
——そんなふうに一人で勝手にしみじみしていたら、
ソラは少しだけ首を傾げた。
「……じゃあ、今日の撮影って、最初からこういう感じだったの?」
「そうッ!!」
キャシーさんがビシッと指を立てる。
「今日のテーマは——
研究生・同期組のリアルな距離感!!」
噴水の水音が、しゃばしゃばと間抜けに響く。
俺たちは三人そろって、ぽかんとした。
「リアルな……距離感?」
俺が聞き返すと、キャシーさんはうんうんと大きく頷いた。
「そう! まだデビュー前の、今だけの空気!
作った笑顔じゃなくて、自然に並んだときの目線とか、立ち位置とか、つっこみとか!
それを撮りたいのよぉ〜〜〜!!」
「え、でも俺、髪とかセットしてないぞ……」
俺がそう言うと、
「俺も、帽子被ったままだけど……」
コーマもキャップのつばをいじりながら眉をひそめた。
「それがいいのぉ〜〜〜!! 小細工なし! 素材勝負!
コーマくんのやんちゃ感も、ソラくんのしれっと冷静な感じも、奏きゅんの“なんかちょっと残念なのに目が離せない感”も、ぜ〜〜〜んぶ今しか撮れないんだから♡」
「最後の言い方、褒めてます?」
「褒めてるわよぉ〜〜〜!!」
即答だった。
しかも、やたら力強い。
そのとき、木陰の奥から、ようやくスタッフらしき人たちが姿を見せた。
キャシーさんの荷物を抱えた若いアシスタントと、手帳を片手にこちらを見ている女性。
さっきまでまったく気配を消していたのに、どこにいたんだというレベルで自然に紛れていた。
(いたのかよ!!)
思わず目を剥く俺の横で、コーマが吹き出した。
「うわ、マジで隠れてたんだ」
「だから言ったでしょぉ〜〜♡ 自然体が欲しいって!」
「いや、俺ら普通に騙されてたんだけど……」
「最高じゃない。ごちそうさま♡」
キャシーさんはさらっと言ってのけると、すぐに仕事モードに切り替わった。
こうして俺たちの、記念すべき初めての撮影の仕事は、キャシーさんのハイテンションとともに、半ば強引に幕を開けたのだった。




