Track.46
「ざ、雑誌……!?」
空気が、変わる。
メガネの奥の目が据わり、さっきまでの軽いノリが一瞬で消えた。
今にも背後にゴゴゴゴ……という効果音が出そうな勢いだ。
「kwsk」
ヤマジは、ぐいっと身を乗り出しながら、メガネをチャッと押し上げた。
「いや、雑誌撮影ってことと、撮影日時と集合場所の連絡しか来てなくて。俺も詳しくは分からん」
「なにそれ焦らしプレイすぐる」
「知らんがな」
「雑誌名も不明?」
「不明」
「衣装は? まさか、み、水着とか……」
ヤマジは大げさに両手で顔を覆った。
「……キャッ☆彡」
——とか言いながら、指の隙間からしっかりこっちをうかがっている。
「知らん。……てか、誰目線だよw」
「単独? グループ? 研究生特集? 先輩と一緒? まさかPRISMと同じ紙面とか——」
そこまで一気にまくし立ててから、ヤマジははっとした顔になる。
「……いや、もちつけ」
「お前だよ」
ヤマジは一度、口を閉じた。
そして、ゆっくりとうなずく。
「つまり現時点では、何も分からん、と」
「そういうことだ」
「……でも雑誌は雑誌だお」
「まあ、そうだな」
その瞬間、ヤマジの顔がまたぱっと明るくなる。
「やばくね? 普通にやばくね? 一ノ瀬氏、もう芸能人やん!」
こいつ、すでに俺よりテンションが高い。
しかも、鼻息まで荒い。
「親友がアイドルになった件について、ってスレ立てるお」
「立てるな」
「運動音痴でアニオタの親友が、天下のルクスのアイドルになった件、って名スレになるヨカーン」
「誰がアニオタだw」
「テヘペロ」
ヤマジは舌を出す真似をして、わざとらしく肩をすくめた。
「立てるなよ」
一拍置く。
「……絶対に立てるなよ」
ヤマジの口元が、にやにやと緩む。
「ちょ、フラグ乙w」
「ガチだぞ」
真顔で返すと、ヤマジはさすがに肩をすくめた。
「おk、安心汁。立てない」
そこで一拍、メガネをチャッと押し上げる。
「だが——どんな撮影だったかは、kwsk教えろください」
ヤマジは鼻息まで荒い。
(いや、お前がそんなに前のめりになるのかよ)
だが、正直——分かる。
昨日、仕事用の携帯に連絡が入ったとき、俺も似たような顔をしていたと思う。
雑誌撮影。
そんなに早く仕事って入るもんなのか?
嬉しいのは間違いない。嬉しいどころか、昨日からずっと少し地に足がついていない。
講義中も、ノートを取りながら「雑誌……」って頭のどこかで反芻していたくらいだ。
気になって、今日の昼休みに五十嵐くんにメールして聞いてしまった。
五十嵐くんは、入所して一年。イケメンだし、ダンスだって俺とは比べものにならないくらい上手い。
それに、未来はALIVEのメンバーとして活躍する事を俺は知っている。
それでも、これまでアイドルとしての仕事は、雑誌撮影が三回。テレビの歌番組でバックダンサーに入ったのが一回だけだと言っていた。
そう考えると——
……俺、順調すぎないか?
(いや、でもまあ)
(社長じきじきにスカウトされた逸材だしな?)
にま〜っと、口元が緩みかける。
嬉しい。
でも、ちょっと怖い。
そんな複雑な気持ちを、ヤマジは一秒で吹き飛ばしてくる。
「どんな雑誌なん? アイドル誌? ファッション誌? まさかアニメー〇ュ!?」
「俺も知らんて。少なくともアニメー〇ュではないだろw」
「ぬおお……焦らしプレイすぐる」
ヤマジは頭を抱えるみたいな仕草をしてから、急に真顔になった。
「てか、一ノ瀬氏」
「ん?」
「今のうちにサインをくれないか。キリッ」
「いや、まだ研究生だし……」
次の瞬間。
ヤマジがリュックをがさごそ漁り、何かを取り出した。
行動が早すぎる。
「スケブお願いしまーす!(^^)」
差し出されたのは、スケッチブックとサインペン。
こいつ、慣れすぎている……!!
「いや、コミケじゃねえんだからw」
「はっ!!」
ヤマジは雷に打たれたみたいな大げさなリアクションで、凄い速さでスケブを引っ込めた。
「載った雑誌にサイン書いてもらう方が良かったお!!」
「そっちも気が早いんだよ」
「じゃあ漏れ、保存用と閲覧用と布教用で三冊買うが?」
「いや、布教はいらん」
「むっ……では保存用と閲覧用、二冊ずつ。計四冊は買うだろ。常考」
「そんなに買ってくれるのか」
「当然ダロ」
言い切った。
なんなんだ、こいつは。
でも、そのくだらないやり取りのおかげで、少しだけ肩の力が抜けた。
笑っているうちに、妙な緊張も少しだけほどけていく。
そして——
俺のアイドルとしての初仕事、雑誌撮影の日がやって来た。
* * * * * *
九月二十八日、土曜日。
撮影の集合時間は十五時。場所は、ルクスプロダクション本社ビルから徒歩五分ほどの、大きな公園の噴水前だった。
だが、土曜のダンスレッスンが終わった時点で、もう十四時半を過ぎていた。
(まずい)
全身、汗だくだった。初仕事だぞ。せめてシャワーは浴びたい。髪もセットしたい。鼻毛チェックだって重要だ。
だが、五分前行動を考えると十四時五十分には本社を出たい。逆算すると、シャワーに使える時間はほとんどない。
レッスン終わりに何か言いながら寄ってきたコーマやソラ、小学生たちを「あとで!」と半ば振り切るようにして、俺はシャワールームへ駆け込んだ。
本当に間に合うのか、これ——。
慌ててシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かし終えた時点で、もう十四時五十分だった。まずい。
髪をまともにセットする時間すらない。
(いや、でも遅刻よりはマシだ)
初仕事で遅れるほうが、よっぽど印象が悪い。鼻毛は……もう知らん。そう腹をくくって、俺は身支度もそこそこに本社を飛び出した。
公園の噴水前にダッシュで辿り着いたころには、もう十四時五十七分。ギリギリすぎる。肩で息をしながらあたりを見回すが、撮影隊らしき姿は見当たらない。
(……え?)
遅刻はしてない。してないが。
(これ、もしかして……俺が一番乗り?)
わけが分からないまま、噴水前で腰を折ってゼーハー息を整えていた、その時だった。
「あーーーーーー!! ブー太郎!!」
「あれ、ブーさん?」
この声は——間違いない。
顔を上げると、そこにいたのはコーマとソラだった。
——なんで、お前らがここにいる?




