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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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46/50

Track.45

「とりあえず飲み物取ってくるか」

「それが賢明だお」

 ヤマジが真顔でうなずく。


 俺たちはいったん立ち上がり、ドリンクバーへ向かった。

 俺はアイスコーヒー、ヤマジはメロンソーダ、タケゾーはカルピスとウーロン茶を謎の配合で混ぜた何か、近藤はホットコーヒー。

 九月の残暑が残っているくせに、こいつはなぜか年中ホット派だった気がする。


 グラスを持って席に戻る。


 全員が着席した瞬間、タケゾーが待ってましたとばかりに紙袋を抱え上げる。

「では——拙者より、今回の戦果を報告つかまつる!」

「早速だな」

「情熱に待ったはないでござる!(※2回目)」


 近藤が、すっと目を細める。

「……遅いな、タケゾー」

「は?」

「真の戦果報告は、着席と同時に開幕している」

「何言ってんだお前」


 近藤は小さく息をついた。

「報告に順序などない。重要なのは熱量だ」

 そして早口になる。

「そもそも今回のコミケは開幕時点から戦況が違った。東館の流れ、西の壁、企業列の圧縮、どれも予断を許さぬ布陣だった。

 その中で、俺が見たのは、物量でも速度でもない。……覚悟だ」


「近藤のターンが始まったお」

 ヤマジが笑い、タケゾーが「まだ拙者のターンでござる!」と机を叩く。


 だめだ。


 これは完全に、自慢大会という名の成果報告会だ。


 しかも、想像以上にうるさい。


 でも、そのやかましさが、妙に懐かしい。


 ドリンクバーの氷がグラスの中で鳴る。

 店内のBGMがやけに薄く聞こえる。

 周りの席から見たら、たぶん俺たちのテーブルだけ別ジャンルだ。


 それでも。


 このどうしようもない熱量と、しょうもない盛り上がりの中に、確かに俺はいた。


 大学の友達。

 アニ研。

 ファミレス。

 コミケ明けの成果報告会。


 思い出せないことの方が、まだ多い。


 けれど。


 この空気だけは、身体がちゃんと覚えていた。



 * * * * * *


 

 それから、あっという間に三週間が過ぎた。


 平日は大学生。休日はアイドル研究生。

 まさに、二足の草鞋だ。

 俺は、なかなか慌ただしい日々を送っていた。

 朝から大学に行き、講義を受け、放課後はヤマジたちとファミレスでだらだらしたり、アニ研の連中に巻き込まれたりする。

 大学のほうは、ゴリや東、ヤマジのおかげで浮くことなくやれている……と思う。

 少なくとも、ひとりだけ時代を間違えたおっさんみたいな顔でキャンパスに立ち尽くすことは、もうなくなった。


 もっとも、授業の内容まで完璧に馴染めたわけではない。

 聞いた瞬間に「ああ、これ知ってる」と思い出す講義もあれば、「たぶんこんな感じだった気がする」で乗り切っているものもある。中には、本当に何も覚えていない講義もあった。


(……これ、単位取れるのか?)


 不安はある。かなりある。

 だが、不安だからといって逃げられるわけでもない。そこはもう、目の前のノートを取って、出席して、なんとか食らいついていくしかなかった。


 一方で、アイドル研究生としての週末も、容赦なく続いていた。


 ボーカルのほうは、二曲目の課題曲に入った。これもまた〈DUEL〉の曲で、よく知っている曲だった。

 ルクスプロのアイドルソングは女子受けがいい。カラオケでも、バンド時代のカバーでも、散々歌ってきた。だから、こっちは順調と言っていいと思う。

 相変わらず、歌唱前の柔軟の時は青木先生の視線が刺さっている気もするが、歌い出してしまえばなんとかなる。


 問題は——ダンスだ。


 こっちは、やっぱり簡単にはいかない。


 AYA先生や五十嵐くんに言われたことを思い出しながら、無理しすぎないようにした。

 前みたいに、痛いのに意地でねじ伏せようとしない。

 それだけでも違ったのか、二回目のレッスンみたいに、「昨日より動けない」と絶望する日は、少しずつ減っていった。


 それから、レッスン後はコーマやソラに付き合ってもらって、何度も同じステップを踏んだ。


 そのおかげか、最初のころみたいに、音が鳴った瞬間に完全に置いていかれる感じはだいぶ減った。足だけなら、ほとんど遅れずに踏めるようにもなってきた。

 

 ……足だけなら、な。


 手が入ると、途端に脳と身体が仲違いを始める。


 足は動くけど、相変わらず固いし、ぎこちないし、小学生たちに混じると情けなさしかない。

 それでも、前よりはマシだ。たぶん。いや、そう思いたい。


 ほんの少しずつ。


 本当に、少しずつだ。


 でも、前には進んでいる。



 * * * * * *



 九月二十五日、水曜日。


 放課後の大学近くのファミレスで、俺はヤマジと向かい合っていた。


 近藤とタケゾーは理系だ。今日はまだもう一限あるらしく、先に来ているのは俺たち二人だけ。

 窓際のボックス席に座ると、夕方の光がガラス越しに斜めに差し込んで、テーブルの上の水のグラスをやたらきらきらさせていた。


 ヤマジがドリンクバーから持ってきたメロンソーダをずず、と啜る。


「それにしても一ノ瀬氏、漏れらと一緒にこんなところでマターリしてて大丈夫なん?」

「いや、別に。他に予定とかないし」

「ふぁっ!?」

 ヤマジが、急に声を落とす。

「いや、アイドル活動とか……あるやん」

 

 その一言に、俺は少しだけ間を置く。


「それがだな……」


 さらに、ためる。


「……初仕事が入った」


 言ってから、自分でも口元が緩むのが分かった。


「マ!?」


 ヤマジが身を乗り出す。


「い、一ノ瀬氏、テレビとか出るん!?」


「しーっ」


 俺は人差し指を立てて、わざとらしく周囲を見回した。

 ファミレスのざわめきの中に紛れるように、少しだけ身体を寄せる。


「いや、テレビじゃない」


 一拍置いて、無駄にポーズを作る。


「雑誌の撮影、だそうだ」


 ヤマジの目が、漫画みたいに見開いた。


「ざ、雑誌……!?」


 空気が、変わる。


 メガネの奥の目が据わり、さっきまでの軽いノリが一瞬で消えた。

 今にも背後にゴゴゴゴ……という効果音が出そうな勢いだ。


「kwsk」

 

 ヤマジは、ぐいっと身を乗り出しながら、メガネをチャッと押し上げた。

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