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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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45/50

Track.44

 午後の講義が終わるころには、朝の緊張もだいぶ薄れていた。


 もちろん、全部思い出したわけじゃない。ノートの取り方も、教授の癖も、教室移動の流れも、その場その場で身体が勝手に反応しているだけだ。

 記憶として綺麗に戻ってきたわけじゃない。だが、それでも午前中みたいな「どこに立てばいいか分からない」感覚は、かなり薄くなっていた。


 チャイムが鳴り、学生たちがぞろぞろと席を立つ。

 俺もノートを閉じて立ち上がろうとした、そのときだった。


「一ノ瀬氏」


 すぐ後ろから、妙に改まった声。

 振り返ると、ヤマジがわざとらしく眼鏡をくいっと上げ、意味ありげな顔でこちらを見ていた。


「今日の、アニ研の活動は長期戦の構えでファミレス直行だお」

「長期戦の構えって何だよ」

「コミケ明けだからな。成果報告会が始まるだろ常考」


 ああ、なるほど。それは、長くなる。

 しかも、かなりの確率でどうでもいい方向に。

 ヤマジの言葉だけで、ファミレスのドリンクバー、山積みの戦利品、オタク特有の早口、そしてどんどん追加されるポテトの姿が脳裏に浮かんだ。


「行くよな? 一ノ瀬氏」

「……行くしかない流れだろ、それ」

「話が早くて助かる」

 ヤマジは満足げにうなずいた。


 ゴリが鞄を肩に引っかけながら、こっちを見る。

「なんだ? またアニ研か」


「またって何だよ。俺、アニ研なんだから当たり前だろ」

「ハハハハ⤴ いや、お前、見た目だけなら絶対そっちじゃねえし」

「見た目だけなら、ゴリのほうが絶対ラグビー部だろ」

「やめろハハハハ⤴」

 ゴリは笑いながら俺の肩をばしんと叩いた。重い。痛い。こいつ、運動苦手なくせに一発一発の圧だけは無駄に強いんだよな。


 東も椅子を机の中に押し込みながら、面倒くさそうにこちらを見た。

「アニ研って、今日もファミレスなの?」

「冷房きいてるし、ドリンクバーあるし、気づいたら朝まで語れるやん。あそこ、最強のオタクの拠点だお」

「うわ、濃そう」

「東氏も一緒にどう?キリッ」

 ヤマジが、イケボで誘いをかける。


 東は一瞬だけ顔をしかめ、それから肩をすくめた。

「いや、キョーミね〜(笑)」

「デスヨネ~」

 ヤマジが、分かりきっていたみたいに頷く。


「じゃ、また明日」


「おう」

「またな」

 ゴリと東に軽く手を振って別れ、俺とヤマジは講義棟を出た。


 外の空気は、朝よりやわらいでいた。日差しはまだ明るいが、真夏みたいな刺す暑さじゃない。

 九月の頭らしく、夏の名残の中に、ほんの少しだけ秋が混じっている。

 半袖の学生が多い。けれど、薄手のシャツを羽織ったやつや、七分袖のカットソーを着ているやつもちらほら見かけた。


 ああ、そうか。


 二〇〇〇年代って、こういう感じだった気がする。

 二〇二五年だと、十月に入っても真夏みたいな顔をしていたから。残暑、なんて言葉でごまかせる暑さじゃなかった。


 たった二十年で、こんなに違うのか。


 ヤマジがいつもの調子で前を歩く。リュックの肩紐が片方だけずり落ちかけているのに、本人はまったく気にしていない。こいつ、本当に昔から変わらないな。


「タケゾーと近藤は既にファミレスに到着済だお」


「……ああ」


 その名前を聞いた瞬間、頭の奥で、何かが少しだけ繋がった。

 タケゾー。近藤。


 一回生の頃から、アニ研でつるんでいた濃い連中。ヤマジとはまた違うベクトルで、濃い。

 歩きながら、その二人の輪郭を探る。


 タケゾーは、小太りで、汗をかくとすぐハンカチを出すタイプだった気がする。

 興奮すると声が一段上がる。好きな作品の話になると、誰も止められなくなる。


 近藤は、小柄で、やたら目だけが鋭い。

 普段は無口寄りなのに、何かのスイッチが入ると急に早口になり、語彙が中二病っぽくなる。

 あれは演出なのか地なのか、今でもよく分からなかった。


 そんなぼんやりした記憶を拾っているうちに、大学近くのファミレスが見えてきた。


 ガラス扉の向こうに、夕方前の中途半端な時間らしい、まだまばらな客席が見える。

 学生らしい集団もいるが、夕食にはまだ早い時間帯だ。ドリンクバー目当ての長居勢には、ちょうどいい。


 ヤマジが当然みたいな顔で先に入る。

「待ち合わせだお」

 案内しようとした店員にそう告げると、店の奥へすたすた進んでいく。

 大学近くのファミレスだけあって、こういう学生の待ち合わせには慣れているのか、店員も「あ、どうぞ」と特に気にした様子もない。俺もそのまま後についていった。


 奥のボックス席。


 そこに、すでに二人の男が陣取っていた。


「ややっ、ヤマジ殿に、一ノ瀬殿!」


 先に立ち上がったのは、少し小太りで、いかにもオタク然とした男だった。メガネ、丸顔、やや前のめりな姿勢。テーブルの脇には大きめの紙袋が二つ、すでに置かれている。中身はたぶん、コミケの戦利品だ。


 間違いない。タケゾーだ。


「揃ったでござるな!」

 ああ、そうだ。

 タケゾーって、学生時代はこういうやつだった。

 懐かしくて、思わず口元がゆるむ。


「……相変わらずだな」

 

「夏休み明けは再会の儀にござる!」

 相変わらず、無駄に暑苦しい。


 その隣で、おしぼりの袋を細かく折りながらこちらを見たのが近藤だった。

 小柄で、目元だけが妙に鋭い。ぱっと見はクール寄りなのに、口を開くとだいたい変になる。


「……来たか、ヤマジ、一ノ瀬」

 

 抑えた声で言ってから、一拍置く。


「さあ、開幕だ。戦果報告会という名の、魂の品評会が……な」

 

 近藤の言い回しに、ヤマジがすっと背筋を伸ばした。

 

「ついに始まるのか――。我らの魂を、互いに品定めし合う禁断の儀式が……」

 無駄に重々しく呟いてから、俺にだけ聞こえる声で言う。


「——長期戦、確定だお」


「だろうな」

 

 席に着くと、ほどなくして店員さんが俺とヤマジのおしぼりと水を持ってきた。

 テーブルの上に人数分のグラスが並び、メニューがぱたぱたと配られる。

 ヤマジはそれをほとんど開きもせず、当然みたいな顔でドリンクバーを指差した。

「今日は長期戦だし、まず飲み物の確保が最優先だお」

 「ドリンクバー四名様でよろしいですか?」

 「はい」


 店員さんは軽く会釈して、ドリンクバーのある方へ手を向けた。

「あちらからどうぞ」


 その案内が終わるや否や——


 タケゾーはもう待ちきれないと言いたげに、足元の紙袋を抱え上げる。

「ではまず拙者より、今回の戦果を報告つかまつる!」

「待て待て、せめてドリンク取ってからにしろって」

「情熱に待ったはないでござる!」

 

「フッ……浅いな、タケゾー」

 近藤がそこで、すっと身を乗り出した。


「戦果とは数ではない。そこに至るまでの過程——すなわち覚悟と執念、その結晶にこそ価値が宿る」

「いや、でも数も大事だろ」

「一ノ瀬、それは俗な見方だ」

「うるせえ」


 まだドリンクバーにも行っていないのに、テーブルの上の空気だけで腹がいっぱいになりそうだった。

 


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