いけさん
パイナップルが空を飛んで来た。
「おお! これは珍しい」
コムチャン森の中にある海へ釣糸を垂れていたいけさんは、思わず声を上げた。
「わくわくする! こんなにわくわくすることは滅多にないぞ!」
タバコをくわえた口をモゴモゴ動かして、誰も聞いていないのに大声を上げる。
「来い! ここまで飛んで来い!」
しかしパイナップルは飛ぶのに飽きたというように失速し、海に落ちてしまった。
どぶしゅぁあん! と大きな音がし、少しだけ津波が押し寄せた。
「飽きたのか……?」
いけさんはびしょ濡れになりながら固まった。
「つまらんパイナップルだ」
くわえタバコはなんとか守った。
咄嗟に口の中に入れて。
海水にも唾液にも見事に濡らさず、渇ききったタバコをまたニュインと出す。
34年間ずっとくわえているタバコだ。濡らすわけにも、火を点けるわけにもいかない。
12月24日が2週間後に迫っている。
その日はきっと忙しい。
いけさんの2020回目の誕生日と24回目の誕生日が同時にやって来るのだ。
「釣れますか?」
唐突に後ろから声をかけられ、いけさんは振り向いた。こむが立っていた。
「釣れるわけがないだろう」
いけさんは、くわえタバコを動かして言った。
「ここは森の中だぜ? 海なんかどこにある?」
「そこに」と言って、こむは海を指差した。
「ハッハッハーッ! こむくん、てめえにはこいつが海に見えるのかよ?」
いけさんは洋画の吹き替え語で言った。
「海でひょ?」
「うん。海だな」
プテラノドンが空を飛んでやって来た。
「そんなの当たり前じゃないか」
「珍しくないよ」
二人にそう批判され、プテラノドンは海に落ちて行った。
平和な日々が続いていた。
「ところで何を釣ろうとしているの?」と、こむが聞いた。
「ハハハこむくん、これが釣りをしているように見えるのか?」
いけさんはアーノルド・シュワルツェネッガーの吹き替えの声で言った。
釣糸を引き上げると、いけさんはその糸の先にあるものを見せながら、言った。
「おれは釣りをしていたんじゃない。妻の水死体を作っていたのさ」
こむは笑った。
「なんだー、あはは」
平和な日々は壊れた。




