#84 大悪人、彷徨いました。
前線に送られた。
開戦から間もなかった頃だったにも関わらず、すぐに告知が学校に貼り出された。
『来週月曜日の検査結果に応じて所属部隊を振り分ける』……徴兵の告知だった。
無論、普通なら逃れられない。醤油の一気飲みをして緊急搬送されれば別かも知れないが……
しかし、俺は曰く付きの俺の叔父さんが届けてくれた何枚かの案内状とやたら読むのに苦労した手書きの案内状の取扱説明書を駆使して何とか候補生から整備士に潜り込むことに成功した。
その後、特に需要が多いわけでもないのに兵役免除付きの国家資格の勉強をしている間に、あの事件が起きた。
前線配属から一ヶ月。同じ部活で同級生だったやつらが俺の居る戦線に転属されてきた。
それだけなら良かったんだが、とんでもない事がその後に続いた。
「第十七師団が壊滅した。俺達以外に生き残ってる奴はいないかもしれない」
ここ最近で多くの師団が新設されていた事もその頃には知ってた。その中でも十七から十九までの三師団は列島中からかき集められた学生で構成されていて……三師団で防衛を担う『北方方面隊』となっていたことも……
「おい……北方方面隊はどうした……十七がやられたって事は」
方面軍崩壊。北方方面隊がやられたという事は、ここが比較的衝突の少ない優勢気味の膠着戦線から一転、突出部の最前線になった事を意味するが、
「……全滅だ。もう誰も、残ってすらない……」
『誰も残ってすらない』。改めて考えてみると俺が思っていた以上にこの事は深く俺を抉ってたみたいだ。
一応、知ってる奴が死んだってことだったが、それよりも俺の骨身に応えたのはその後知った事だった。
最前線の激戦地に化けた俺の職場の整備室に視察に来ていた師団長が、戦車を整備していた俺を見つけるなり声をかけてきた。
「君、資格を取って内地へ戻るのだろう?これを作戦本部の方に届けるよう頼んではくれないか。いくら代替があるからとは言え、北方方面隊のようなやり方をしていれば持つものも持たなくなってしまう」
「……詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」
車体から降りたものの、敬礼もせずに聞き返していた。
だが師団長は、不敬を咎めずに答えた。
「ああ、君にはその権利がある。北方方面隊……あれは、使い捨ての『壁』だった。詳しくは語れないが天島級浮遊要塞を援護する"決定打"の準備のためだけの、だったのだ……」
黙るしかなかった。本来、人を守るための兵器、それを守るために人を使い捨てにする作戦を指示した軍に対する怒りは大きかったが、目の前の師団長にぶつけてもどうしようも無かったからだ。そもそも師団長とて、同じ思いなのは見ればわかることだった。どんな戦局が伝えられても顔色一つ変えていなかった師団長が、わなわなと震えていた。
「私情を抜きにしてもそのような事を続ければ列島民の支持も、将来も失いかねん。その書類は他の作戦に切り替えるよう、本部の友人に掛け合ったものだ。直接、彼に渡してくれ。頼むぞ」
なぜわざわざ手紙を?とこの時は思ったが、今考えると傍受対策に加えて、手紙に諜報部の手が入らないようにしていた、という事だったのかもしれない。
「……」
そういえば、と思い出して内ポケットの中身を探る。すると予想通り、師団長から預かった封書が入っていた。
あぁ、やっぱりか……
つまり、あの世界では今も人を盾にして兵器を守り続けてるのか。それとも"決定打の準備もできて、押し返しているのか……どうなのかはわからないが、その後もきっとあの、肉壁戦術を使ったんだろうな。何せ、それを止める手紙は……今、ここにあるからな。
タブレットを充電すれば叔父さんに電話して、事情を説明する事もできるかも知れない。その場合、軍と真正面から対立している人物が軍に「故人から電話がかかって来てこう言っている」と言う訳の解らない展開になる。ありえないな。
それ以上に、今の俺にはこの手紙が『俺への手紙』に見える。上から指揮するだけの人物に宛てた、「お前の作戦のせいで沢山の人が死んだ」という非難の手紙だ。しかも俺も心から届けたいと思っていたものが、違う人物とはいえ届くべき人に届いている。ように感じる。
「こーたー?どしたのー?」
全く空気を読まない悠香がアホ声で、部屋の隅で座って項垂れている俺に話しかけながら部屋に入って来る。
「……どうもねぇから入って来るな馬鹿女」
場違いなのが気に食わない悠香に反発心半分、八つ当たり半分に悪態をつく。
「むー!せっかく人が心配して来てんのに、酷過ぎんじゃない!?」
「ああ、だからさっさと出てけって言ってんだよ」
「わーかーりーまーしーたぁー!絶対出てかないですぅー!」
っ!今の言い方が頭に来た。
「今、何時代かわかるよな?歴女。大名の命令だ。出てけ。そして戻って来るな」
「嫌ーでーすぅー!だいたい航太、私が居ないとまともに動けないでしょーに!馬鹿なの?」
何だと……?
「もう一回言ってみろ」
「ええ言ってやりますとも!わざわざ心配して見に来た人に出てけ!って、今の航太の方が馬鹿なんですぅ!!」
「ッ!!ってめぇ!!」
次の瞬間、俺は悠香に銃口を向けていた。そのことに気が付いてから喉元が苦しくなる。
「……!」
悠香は怯まずに睨み付け続けている……泣きながら。
撃ったのか、と思った。
無意識に引き金は引いてはいたが、親指の位置にあるエイム用の射撃待機ロックキーを強く、押していた。
「……くっ!」
レーザー小銃を下ろしてから、床に放る。悠香は変わらず睨み付けている。
「もういいだろ、これが本物の俺だ。遊び半分で人を殺し、夢に向かうと言って人を殺し、ちょっと気に食わなかっただけで人を殺す。そんな極悪犯罪者だ」
「でもわたしを撃たなかったでしょ!?」
悠香が涙声になりながら言う。確かに、撃たなかったが……
視界がさっき取り出したまま放り出していた俺への手紙を捉える。
「ああ、そうか」
本当に撃たなきゃならない相手ではなかったから、撃てなかったのか。本当に撃たなければならない奴ってのは……
俺だからか。
「だめっ!!」
銃に伸ばした手が届く前に、体が強い衝撃に弾き飛ばされる。悠香が体をぶつけてでも、狂った俺を止めようとしてくれたらしい。だが……
「なぜ止めた?」
勢い余って俺の上に倒れてきた悠香に聞くと泣きながら答える
「だってこうたが、ひろとに、ひっく、似てたから」
「似てた?」
「ひろとも、っく、すごく、ひっく、くるしそうに、ひっく、してたから、ひっく」
叔父さんも、苦しそうにしてた?
「叔父さんが?何を?」
「じぶんがいないほうが、っく、よかったんじゃないかって、ひっく、それで……!」
「みず、のんで、たおれて!わたし、とめられなくて!」
叔父さんが倒れただって?まてよ、そういえばそんな話、聞いた事あったような?
「いつの話だ?」
「去年……、っく、二年生のとき……っく」
悠香と同じクラスだったという叔父さんが、中二の時…………叔父さんが睡眠薬飲んで死にかけたって話か……
「まえは、助かったんだけど、っ、また、っ、いなくなっちゃいそうで!」
……そのまんま、叔父さんと同じ事考えてたってことかよ。
しかも悠香からしてみりゃ、人は変われど二回目。仮に悠香が俺を叔父さんと混同していたとしたら、また好きな人が、今度は確実に死ぬ所だったのか……
「……悪かった。悠香」
少し考えて、頭からではなく心から出た言葉。泣き止みつつある悠香がそれにこたえる。
「ううん、いいの。っ、わたしも、ごめんなさい、っ、それにわたし、っ、今回は、とめられたから」
……そうか、前は駄目だったが、今回は、悠香は止められたんだよな。現に俺は神に会わずに、ここに居る。
「…………ありがとう……な、悠香」
「え……?……うん……」
なんだよ、その反応。悠香のくせに照れるとか、らしくないぞ。こっちだって精一杯、絞り出した言葉なんだからな。
「それと一つ!俺は、お前の大好きだった叔父さんとは別の人物だからな、よく覚えておけよ馬鹿女!」
照れ隠し……なのだろう……つもりで悠香にできるだけいつもの調子で罵声を浴びせる。
それに対して悠香は一瞬、「へ?」何が起きたのか解らないとでも言った風に間抜けな声を出し、反論する。
「な!そんな事なっ!あるわけないでしょ-!?彼氏とその叔父さんを間違えるとか!」
「やっぱお前、根は馬鹿なんだな。お前の彼氏さんはその『叔父さん』の方だ」
「……むー!今はもうこっちなんですぅー!彼女置いて一人だけ助かるような浩人なんかもう知りませんー!」
うわコイツ、あれだけ死後の世界からラブコールしまくってた相手を、言い間違いのリカバリーのためだけに一瞬でボロクソ言い出したぞ。しかも新しい彼氏宣言した相手は元カレの甥っ子という迷走状態……
いや、それ以前の問題だ。
「俺は死んでもお前とだけは付き合いたくねぇからな!馬鹿女!」
「もう死んでるんですけどねー」
ぐぬぅ、言われてみれば確かにそうなんだが……
「航太さん……そろそろお戻り頂きた……い、ところなのですが……」
俺を呼びに来た信本の様子がおかしい、というか何か変なものを見たような反応で気が付く。
「俺は敷布団でもねぇぞ馬鹿!」
溢れる悠香バフを使って、俺の上に居た悠香本人を掛け布団をはねるように払って飛び起きる。
「航太さん、えと、これは一体?」
「いつも通りの馬鹿だ。気にするな」
自分で言って、いつも通りか……と思う。
多くの味方を殺してきた俺。その事に気づかず軽いノリで夢を目指していた俺が、果たして許されるものなのかは解らず仕舞い。これからどうするかも決まってない。そんな俺が、いつも通りの馬鹿……なのかもな。
そんな事を考えながら、できるだけ、平生を保つようにして、大広間の上段へと向かう。
だが、俺の心中は穏やかではなかった。
『大名の席』に相応しい人物になる。その言葉から飛び出してきた『燃え滾る感情』で一杯だったからだ。




