#74 流れ、変わりました。
橋本航太率いる本隊が岩崎で伊達成実の部隊と会敵した頃、『伊達王国』の誰一人として予想もしなかった所で戦いが始まろうとしていた。
否、既に始まっていた。
「俺に続けェ!!敵は刀など振れぬ武士の面汚しと鍬が得物の老いぼれ共だぞ!!」
「春永殿に先を越されてならぬゥッ!!由利の真の武は我にありッ!!」
先の東禅寺兄弟との戦いで『赤鬼』『青鬼』の名を轟かせた矢島満安と滝沢春永がそれぞれ金砕棒と大太刀を振り回しながら勢いを弱めることなく城門へ駆け抜け、申し訳程度の冠木門を数少ない重装の敵守備兵ごと文字通り叩き割る。
そして降伏勧告を受け入れるなら全員を捕縛して捕虜管理の部隊に引き渡し終えると休む間もなく次の城へと向かう『赤鬼』満安と『青鬼』春永。
普段なら命がいくつあっても足りないようなある意味、清々しいまでの突撃を繰り返すだけの戦い方だが、当の本人たちは傷一つつかず、快進撃を続けている。
伊達晴宗の三男、政景が養子に入った留守家の居城である利府城の西、伊達家の事実上配下となっていた国分氏の小泉城をはじめ多くの館や城を降し、落とされた伊達側の城は攻撃を受けている旨の伝令を飛ばすことすらできず、訳も分からないうちに降伏していく。
「この者達に東禅寺の愚か者共が勝てると思い上がった、か……何と浅はかな」
仁賀保県軍の説得に応じ、一時的に仁賀保県の管理下に入った大宝寺家の軍勢を主君の義氏やその弟、義興に代わって率いる池田盛周が同じく大宝寺家臣だった前森蔵人達こと東禅寺兄弟の無謀さを改めて感じていた。
こうして後から追いかけながら捕虜の管理をしているだけであるにも関わらず二人の放つ気迫に圧倒されている。これでも大宝寺家内では天下一の悪人を自称していた盛周なのだが、策を巡らし庄内を我が物にと意気込んでいた『悪次郎』は完全に消え失せていた。
大宝寺軍に勝るとも劣らない数の捕虜を何とか盛周が整理し終えた頃、夕焼けの空に大きく火の手があがる。
「引き切り無しとはまさにこの事だ。これは大宝寺、いや庄内の犠牲が東禅寺の愚か者共に留まった事を喜ぶべきか……さしもの鬼も夜は寝静まるだろうが」
この後、いくつもの城が夜闇に炎でライトアップされる事を知らない盛周が自分に『浅はかな……』と言う未来はそう遠くない事だった。
小泉付近の城を二人の鬼が薙ぎ払っている頃、その北部でも橋本側の大進撃が行われていた。
「もう打ち止めか一栗放牛!橋本の殿は高春共々色々と恐ろしい猛将と言って居たがこんな物か!一栗の意地はどうした!!」
伊達王国傘下の大崎家中新田城へ向けて山形から出陣した延沢満延が挑発半分、強者との戦いたさ半分に叫ぶ。
その相手は葛西大崎一揆で九十二歳で戦死というどこから突っ込めばいいのかわからない戦国の猛将、爺部門の一栗放牛。
こちらでも放牛らの主君の大崎義隆の居城、名生城が謎の落城を遂げたのを受けて険悪な空気の漂っていた大崎家臣団をまとめ上げて籠城を続けている。
初めのうちこそ抵抗も激しく、打って出て来た放牛の孫の一栗高春も大薙刀を振り回して延沢軍にも被害を与えたものの碌に開戦準備の整っていない小城が戦うには限度がある。日毎に抵抗は弱くなり今や櫓からの射撃も散発的になっている。
「もはや大崎に我等に抗う力はおろか、矢すら残っては居らぬか。城を攻めたてよ!」
満延の主君、天童頼貞が強攻命令を下し城門への攻撃が始まる。しかし城の反撃はほぼ無くその日のうちに中新田城は落城、大崎家は抵抗を続けて居た家臣も全面的に橋本家に降伏し、伊達王国内で最初の脱落者となった。
山道を東へ進むこと数時間、案内役の和賀義忠の配下がそろそろだと伝えに来る。それから間もなく森が途切れ、集落が目に入る。
神秘的な空気を感じさえする人里離れた隠し里、遠野。
地名の響きが少し浮世離れしたとでもいうのだろう神聖さを持っているほどの土地だが、都合よく領主も不在何てことがあるほど世の中甘くは無い。
鍋倉山に見える幟。阿曽沼広郷の居城、遠野城である。
このころはまだ移転前の居城の名を取って横田城と呼ばれているのだが、混乱するので地名を取った別名の遠野城と俺は呼んでいる。正直、呼び名をコロコロ変えるのは止めて貰いたいものだ。
末館を勝手に大沢城って改名して言えた身じゃないけどな……
そんなブーメランを投げていると再び義忠の配下が阿曽沼の使者がやって来た事を伝える。
大名と言うより地侍のイメージが良く合う武将で、一応この辺りではそれなりに名の通った義忠が居たこともあり、余計な戦闘を避ける事は出来たが、肝心なのはここから先だ。
少し返答まで時間がかかったが阿曽沼が俺との会談に応じたので悠香と複数の護衛を引き連れて遠野城へ向かう。
意外にも橋本と東北、果てはこの世界の命運を大きく変える会談となる事を知って居たらと思うと……
よくもまぁ平然と悠香を連れていけたものだと思う。人間、誰しも不思議な事はするものなんだな。




