#72 理論、実現化しました。
「進め進め!こうしている間にも殿は次々と功を挙げられているのだ!このままでは落人すら殿に狩り尽されるぞ!!」
奥羽山脈、前川の森の中から檄を飛ばして兵を鼓舞、もしくは急かす若武者の声が聞こえてくる。
理解はしていながらも山道という悪路故にゆっくりとしか進めない部隊に苛立たずにはいられない若き侍大将、原田佐馬之助こと宗時の声だ。
四か月前に相馬氏との戦いで叔父の宗政が戦死したため輝宗によって原田城主に命ぜられ、そのまま叔父の権限を引き継いだ宗時は武将生活スタート時から城持ち、部隊持ちという環境に恵まれた勇将である。
そして戦国時代の若武者の例に違わず少なからぬ猪の才能も持ち合わせた『勇者』でもある……
その他に弁明するとすれば、史実では各地で活躍していた宗時も如何せん若かったという事だろう。
「今です!!」
「っ!!伏兵か!!」
宗時が周りを見回した時には四方八方から矢が飛んで来る。軽く見ても十人は深手を負ったようだ。
「続けて射かけよ!!」
今度は野太い声で号令がかかる。しかしどんなに火縄銃より素早く放てるとはいえこの隙では放てまい、宗時と宗時に続く兵は皆そう思っていた。
「ぐはっッ!!!」
「なっ!?」
驚いている側から三射目、四射目、五射目と放たれる。どんな仕掛けでこれほど素早く射かける事が出来るのか、敵兵を詳しく観察するが相も変わらず人間離れした連射を続けるのみで、堅実に茂みや木の陰を利用しているために肝心の手元が見えない。
しかし若くして部隊を預けられた宗時である。その若さも相まって多少危険とはいえ反撃法を思いつくことはそれほど難しいことでは無かった。
「森に火矢を放て!!山火事から逃れられぬような足腰の弱い奴は俺の隊には居ない筈だ!!」
森に放火、その後全速力で正面突破をかけると言う無謀にも程がある、しかしそれだからこそ敵方の動揺を誘いうる奇手である。
だがそれを許す高速連射伏兵では無かった。
火矢の指示の直後、後方に続く味方の隊列のあちらこちらから火の手が上がる。
「何事だ!!」
そろそろ敵方の矢が尽きてもおかしくないだろうという程に射かけられているのにも関わらず、未だ止まない矢の雨の合間を縫って事情を知る足軽が伝える。
「火矢を構えた弓足軽を狙い撃たれ、地に落ちた火矢が小荷駄の車に燃え広がって居ります!」
「矢を射さすより早く火矢を放てぬと言うのか……!」
敵方が味方に想像もできない素早さで連射してくる事がまさか味方の射撃すらできない事に繋がるとは夢にも思わなかった宗時と兵達。矢の雨はさらに激しくなり、もはや宗時も自らの馬を盾にするしかない状況となっていた。
「敵軍、また小荷駄隊の車に火の手!干草でも運んでいたのか、次々燃えていっているぞ」
青緑の従兄、服の色のせいで茂みに半分同化している氏家守棟に袋叩きにされる伊達軍の様子を実況する紫色の成沢道忠。
「燃やし尽くしては私たち自身の首を絞める事にもなりかねないのですが、鮭の典膳殿の出番でしょうね。典膳殿、お願いします」
「承知!されどよもや尾張殿にさえも鮭と呼ばれる日が来るとは……」
「いえ、でも『典膳殿』のみですと大和田殿をはじめ、小野寺や大宝寺にも居られますし……そもそも鮭殿とは殿の言にも御座いますし……」
最後の望みが絶たれたかのように呟く鮭の典膳こと鮭延秀綱にようやく官職名で人を識別する限界を感じ始めた守棟が困ったように反論する。
守棟の正論に反論も出来ず、『鮭』以外の名前で秀綱を呼んでいた最後の砦の守棟が陥落した事に落胆しながらも自らの部隊を集めまだ燃えずに残っている伊達家の原田隊の小荷駄隊の補給車を奪いに向かう『鮭』殿。
その鮭殿の部隊を誤射する事を避けるべく赤くも無いのに三倍の連射力で敵に矢をつがえる隙すら与えていない弓隊の最後尾の弓兵に伝え、最前列で矢を放ち最後尾になった弓兵と情報を共有するように指示する守棟。
そう、三倍の連射力は何も不思議な兵器を橋本家の転生者メンバーに与えられて実現したのではなく、既に考案されている作戦を弓に適用したものである。
視界も効かず、狭い森の中で戦う。狭い所で戦うとどうしても同時に戦闘に参加する人数は敵味方共に制限されるのだが、そうすると後方に居るだけの遊兵が発生してしまう。
裏を返せば人は余っているのだから攻撃をする兵の支援をさせれば効率が上がる。いや、交互に攻撃すれば効率はさらに良くなるだろう、と考えが進む。
そしてまさにこの『交互に攻撃する』発想は理論上の話とはいえ、戦国時代に存在した。佐々成政が考案したという話があり、長篠の戦いで使用され、噂がひとり歩きしながら時代を超えて名を轟かせた幻の戦術の原型。
『二段撃ち』である。
もちろん戦術マニアともいえる軍略家の片鱗を味わいつつある守棟はしっかり覚えていた。そして「弓でも行けるのでは?」と土壇場で考え、その場で実行した結果、現在進行形で猛威を振るっている。
三人一組で最前列の兵が放ち、それまでに矢をつがえ、構える。その繰り返しで何もない平原で行うには間抜けすぎる戦法。言うなれば『三段射』が、地形の有利によって再現されている。
秀綱の補給車強奪が始まっても敵軍への『三段射』は寧ろ鮭延隊を避けるために他の部分に集中、矢の弾幕は更に密度が増し、開戦時に守棟指揮下の分隊の倍以上も居た原田隊を壊滅へと追いやる事に成功。
こうして『三段射』で倍の戦力を壊滅させた氏家守棟は密かに戦史の一部に名を刻むことになったのである。




