#71 蛇、動き始めました。
「午の方に伊達軍!その数およそ五千!」
予想よりも素早い政宗の再侵攻の急報が新たに橋本家の傘下に加わった旧最上家の軍団長、最上義光の下へ届けられる。
この段階で山形城とその周辺の城には輝宗の軍を含めても、最小限度すら満たせていない人数しか詰めていない。加えて数日前の戦いで政宗の騎馬隊の襲撃を槍だけで持ちこたえた鬼庭左月斎や義光も恐れる超怪力の延沢満延など、最上軍団と輝宗の主要な家臣はほとんど不在。
そんなまさに最悪の状態にも関わらず『臆病』と身内から散々言われていた輝宗でさえ全く動じない。城に控えていた鮭延秀綱が義光の指示を仰ぐ。
「橋本殿の仰せの通りになりましたな……では!」
「うむ。最上……橋本、否!奥羽の行く末と鮭は我等の手に委ねられた!!皆、各々の命を全うせよ!!」
義光の一声で鬨の声をあげながら散開する山形防衛軍諸将。その数は僅か五百人。しかし入念に準備された今度の戦いは数の上では既に勝敗は決していると言えども、末端の足軽の一人まで、誰もが勝敗は働き次第と高揚していた。
「『旗』を掲げよ!!そして我等の務めを果たすのだ!!」
成沢城近くの航太も陣取っていた高台。ここに氏家守棟や白石宗実など義光軍団の主力のほとんどが結集していた。
もちろん様子を確認した後、奇襲を仕掛けるためにわざわざ兵法で推奨されない森の中に航太と同じように隠れているのだ。
但し、今回は少しばかり事情が違う。それに伊達軍もまさか対策せずに再び攻めてくるはずもない。
「『旗』が揚がりました!赤、青、黄、黒。『各々の奮戦を望む』の旗です!」
少し北側で山形城に掲げられる旗の確認をしていた見張りの兵が守棟に報告する。
赤、青、黄、黒に塗り分けられたZ旗。忠人が山形防衛戦を終えた後、鮮明に残っている記憶をもとに城下の染料を買い集めて作った『激励旗』である。
本来なら海上での交信の為の信号旗で、国際的には全く違う意味だったのだが半ば伝説となった海戦の直前に掲げられたことで一般国民にも広く知れ渡った旗である。
忠人のように実際にその場で戦いに参加していたともなればなおさら思い入れもあるだろう。
実際、周囲の兵に作戦を伝えるという目的だけならわざわざ黄色の染料など集めにくい素材で作る必要は無かったのだが、それ故、用意しやすい色の布ばかりを見てきた戦国時代の人々にもある種の神々しさを伝える事に成功していた。
「あの旗が掲げられたのですね……!では皆さん!必ず生きて会いましょう!」
最上軍団の大将、義光の代理に指名された守棟が再会を誓った後、号令をかける。
「各部隊、散開して下さい!『長蛇作戦』、開始です!!」
長蛇作戦。今回の対伊達戦に当たって、俺達橋本家が伊達家に勝った上でその後、安定した領地経営を可能にするために考えたまたもゲームかぶれの作戦である。
ネーミングセンスがあまりにも酷い事が気になる所だが、勝った方が正義。これこそが正しいネーミングだと世界に認められる……流石に無理があるか。
そんな事より今は目の前の事だ。このまま考えてると鬼やら神やらを笑わせて退治したとかいう名誉なのか不名誉なのかよくわからない実績を手に入れそうなので周囲を眺めてみる。
荷物を持っている上に山道だから多少速度は落ちてはいるとは言っても不眠不休で進み続ける精鋭足軽部隊(弓混成)。大沢に戻って来てみると何故か1000人の訓練済みの足軽兵が居たのだから仰天である。
話によるとどうやら仁賀保県が頑張っていたらしい。仁賀保の港と新たに支配した酒田の港で兵員募集をかけた所、思いの他、人が集まったという訳なんだそうだ。
いきなり不自然に人が湧いて出てきたのだが、残念ながらこれはゲームじゃない。やっぱりというかあまり喜べない裏方事情があった。
太陽暦では今日は1582年8月15日。太陰暦が採用されている戦国世界とはズレがあるから正確にはわからないが、もう暑さも和らいで来たと言うのに近畿地方など列島中央部は平穏そのものだという。
そんな馬鹿な、この頃の中央部と言えば本能寺の変で信長が討たれて織田家の皆さんで仲間割れパーティーの真っ最中の筈じゃ?と商人の噂話に詳しい甚兵衛に聞いてみると何があったのか知らないが、この世界の信長は毛利戦線の救援要請そっちのけで東へ進軍。
武田家も予定より早く蹂躙されたのだがこちらも何の因果か武田信玄の五男、盛信が生き残るという手違いがあったために甲斐武田家は無事に真田家の介護を受けているらしい。
歴史と違うぞ!?まさかこの世界は転生者だらけでとてもじゃないが原型をとどめていない世界だったのか!?とも思ったが、どのみちやる事は同じだ。もともと存在しない大名家を立てて、それで列島統一しようってんだから歴史も何もない。
その結果かは分からないが、近畿地方という戦国時代の心臓部を押さえている織田家が上杉家へ本格的に攻撃開始。
と同時に上杉家向けの交易を制限。そうして港に溢れかえっていた元、海運業者の下っ端が仕事を求めて酒田や仁賀保にやって来ていた所に甚兵衛や県軍が募兵をかけたから増えたという事なのだそうだ。
「こーたー、そろそろ岩崎だってー」
ナレーター風味に考え事をするという人に知られると結構痛い癖を治せずにいた所に悠香の声が飛び込んでくる。
「って事はそろそろだな。総員!戦闘用意!だが指示あるまでは絶対に攻撃するなよ!」
もう既に何個か城……の跡らしきものを横目に通り過ぎているので既に勢力圏には居ると思うのだがまだ遭遇していない人物の登場とそれ以外の場合の備えとして待ち構えながら休憩がてらゆっくりと進む俺達であった。




