#48 驍将、出てきてしまいました。
「能登!八口内の戦運びはどうなって居る?」
大男、というほどではないが鉄の指揮棒を当世具足を身に付けながら片手で振り回している怪力の壮齢の男が簡易的な机の上に広げられた地図と黒白の碁石を見ながら現れる。
「乞食殿の失態は耳に入られたと存じ上げますがこの他にも丑三つ時に乞食殿と共に夜襲を受け、我が軍にも僅かながら被害が在りましたが、八口内の包囲はおおかた完了しました。あとは背に控える山のみに御座います」
能登守、延沢満延が報告しながら地図で『有屋峠』と記された地点から味方を示す白の碁石を八口内城の近くに移動させ、その場所にあった黒の碁石を地図の外へ追い出す。
「面目ない限りに御座います……かくなる上は次の戦にても先駆けとなり敵を打ち砕きとう存じます……」
「鮭延殿はよく働いてくれた。ここまでの我等の道案内に加え、八口内の敵勢を一身に引き受け我等へ害せむとする敵を討ち払った鮭延殿に責めらるる謂れは無い。だが先駆けの件は聞き入れよう。舅殿の手勢より五百騎と我が手勢より五百騎を任せよう」
「はっ!次は必ずや功を立てて見せましょう!」
乞食大名と軽蔑と親しみの情を込めて呼ばれる鮭延秀綱が答える。敵方から最近寝返ったばかりの秀綱を気遣う意味もあった。
「殿、それでは我が軍の手勢がかなり減ってしまいますが……」
「無茶はさせぬ故お願い申す。鮭延殿に挽回の機会を与えてはくれぬか?」
「そのようなお考えでしたら了解致します。すぐに手配しましょう」
舅殿と呼ばれた天童頼定。少し前までは最上八楯の盟主として最上家に抵抗していたが娘を当主に嫁がせる事で和睦し、援軍として出羽侵攻に参戦している。
「ときに能登守殿、八口内の守りを担っていた敵兵は盤外にありますが……皆討ち取ったのですか?もしかすると八口内は敵が時を稼ぐための餌かと……」
出陣中にも関わらず具足を身に着けず、普段着の青緑色の素襖で軍議に参加する初老に差し掛かる年だが実際より若く、現当主からの信頼も厚い知将、尾張守氏家守棟が当主に負けず劣らず怪力の満延に聞く。
「討ち取り申した。首級は攻め寄せた敵より少ないかと存じますが、夜闇故に数ははっきりとは申せませぬが半数は戦の最中に逃げ出したでしょう。拙者も逃げ出した兵を見ており……」
「少しお待ちください。逃げ出した兵はどちらへ向かわれたかわかりますか?」
嫌な寒気を感じ取った知将の勘から続けて満延に訊く守棟。
「そういえば敵は皆、右手から左手へと駆け抜けて居りましたな……」
第六感は嫌な所で大的中。囲んでもないのに敵が一方向へ向かうという事は……
「殿!やはり八口内城は囮に御座います!敵は八口内を囮にして時を稼ぐのか我が方を八口内城とで挟み込む算段かはわかりませぬがこの場にて留まる事は敵を利するのみで御座います!すぐに動きましょう!」
「敵の中に知恵者が居り、その方へ注意を向けさせる策とも考えられるのでは?」頼定が反対の意を示すが……
「ともなればこの場に居るこちらの手の内が八口内の敵方に筒抜けになって居るという事であろう。このままではいずれにせよ話が進まぬ。ここは八口内の軍勢を囲みつつ我等のみで進む事こそ一番の策ではなかろうか?」
鉄の指揮棒を持った最上家当主、最上義光が自ら提案する。
「……被害は避けられないでしょね……ですがそれ故の軍勢に御座います。現状では良策かと……」
知将、氏家守棟の賛成で諸将も賛成へと意見が傾き、詳細な段取りへと軍議は移る……
しかし最上家の諸将は知る由も無かったが最上家に与えられた時間は限られているのであった……
「正面に丸に二つ引き!正面に丸に二つ引きを認む!!最上の軍勢です!」
嫌でもわかる。正面、川上に向かって左側にこちら側と同数程度の軍勢に加え、右側にも同数以上の軍勢が居るだろう数の旗印が見える。川の両方に分散してくれたのは不幸中の幸いか、はたまた勝ち目が無くなったと言うべきか……
「義道殿、如何致しましょうか。私としては私の殿から輝道殿に伝えられていた通り、退きながら引き付けたい所ですが……」
我等が橋本の若殿より提示された策、八口内から草井崎の間で少数の兵が散発的に奇襲するという『漸減作戦』なる策を取りたい所ですが……
「正面に最上の軍勢が居り、右には川が堀となっておる。正面の最上軍は幸いにも同数程度と見ゆる。ならば突撃あるのみだ!あの最上軍を蹴散らしてくれよう!」
殿に聞いていた通りで僅かばかり安心すると引き換えに僅かな望みが絶たれ申した。
「菅殿に申し訳ないが負け戦となる故、今の内に草井崎へ逃れられたしと伝令を」
「承知しました」
「義道殿、せめて討ち死にだけはされぬようお願い申し上げます。私が輝道殿よりお叱りを受けてしまいますゆえ……」
「弱腰だな!あの程度の敵軍なぞ……!」
義道を静止しようとするが、馬鹿は馬鹿、それどころか逆に火に油を注ぐ事になってしまったようだ。
「橋本軍に下令す。義道殿の後に続き、確実にあろう万が一に備え護衛する。その時なったらすぐに義道殿のもとへ駆けつけ草井崎へ偽報を使ってでも退かせよ!」
「「「応!」」」
ある種無茶苦茶な指示。伊達に未来人橋本の副官の一人を務めているわけではない。成武の柔らかい発想こそが、航太が成武に援軍第一陣を任せた理由でもあった。
「突撃ィ!!最上の奴等を生かして返すでないぞォ!」
景気だけは良い敗北の合図で駆け出した義道の後に続いて護衛する成武軍の奮戦の始まりでもあった。




