#49 空き城、釣れました。
義道君の突撃は言うまでもなく惨敗。
正面に陣取っていたのは武勇に長ける天童頼定と鮭延秀綱の合計2500人。勇将二人にさえも数の上で勝っていながら苦戦したがそれに留まらず氏家守棟の部隊が川の対岸から弓と鉄砲を撃って来た。
何とか天童頼定と鮭延秀綱の二部隊に損害を与え、義道も回収し、椛山館の菅軍と撤退しようとするが肝心の菅兵庫が「椛山館と命運を共にする!」と言って聞かない。やむなく義道と橋本軍だけで撤退を始めた。
しかしこれが吉と出て、執拗だった天童、鮭延両軍の追撃は椛山館の菅軍が食い止められたようだった。
だがそれ以上に執拗に追撃してくる部隊が対岸に居る。
「何なのだあの部隊は!鮮やかな熨斗目色の旗印とでも言うべきだろうか……?いつまで川を挟み射ち合う気なのだ!」
対岸に居るのは氏家守棟。他の最上諸将に守棟で自身の立ち回り方を考えた結果の戦国時代に例を見ない「川を挟んで並走する敵に遠隔武器を放ち続ける」という陸上版の同航戦とでも言うべき妙な戦いになっている。
「このままではいかんな……城まであとどれほど離れているのだ!」
「御覧の通りに御座います!もう一里と離れておりませぬでしょう!」
あと半刻も無いという所か……ならば!
「手頃な盾を左手に持て!草井崎城は目の前にある!このまま突き進むぞ!」
「「「応!!」」」
「義道をここへ連れ戻したこと、礼を言う。しかしもはや労う暇は儂等には残されてはおらぬようだ」
成武が義道を引きずりながらも椛山の戦いから連れ戻った後、すぐに軍議が始まった。
守棟の部隊は川辺の街道から城へと向かい弓の射程から離脱するとその場から動かなくなったため、結局はそれほど危険なく草井崎城へ帰城出来た。
敵の目の前で川を渡るという愚を守棟が犯すはずもないので当然と言えば当然ではあったが、それでも成武の軍への被害は少なくは無かった。
「まずは成武殿、椛山の戦いと今の手勢をお教え願おう」
「はっ、まずは椛山の戦いですが……申し上げるまでもなく惨敗です。義道殿の部隊、1500騎は壊滅、そのうちの幾らかを我が軍に編入しましたが、我が軍の被害も大きく700人程度しか残っておりませぬ。ちらほらと途中で負傷した兵が再び合流しては居りますが、800人には満たないでしょう」
「敵への被害は幾程か?」
「正確にはわかりませぬが、役内川のこちら側に居た最上軍を良くて半数まで削れたという所でしょう。より少ないやもしれませぬ……」
「そうか……椛山館と八口内城の状況はわかるか?」
「椛山館には未だ菅兵庫殿が居ります。撤退を進言致したのですが、城と命運を共にすると……八口内は全く分かりませぬ、落ちてしまったのか、はたまた未だ抵抗しているのか……」
八口内城には小野寺家の武将、黒沢道家が入った筈だ。これで当初は時間稼ぎをするつもりだったが、流石は最上当主、対応はしたのだろうがほとんど勢いを殺さずに攻め寄せてきた。
「そうか、これを踏まえて決めたい所だが……迫る最上方の兵は少なくても5000、多ければ7000騎という所だ。儂は籠城し、航太殿の『決め手』に望みを賭けたいのだが……皆はどう思う」
輝道は籠城を選ぶと言うが……
「何が何でも最上に一矢報いなければなりませぬぞ殿!!道家殿や兵庫殿の奮戦を無為にせぬ為にも!」
義道の伴をしていた大井五郎こと矢島満安が叫ぶ。厳密には小野寺家に従属し、援軍扱いだからこそ無礼には当たらないが、それでも軍議の場に居る全員が驚きを隠せないでいる。
「その心持ちはわかるが大井殿、残された我が軍は1000人程。これ以上の被害は小野寺家の命運に関わる」
「ですが殿、拙者も一族の兵庫をお救い致したく存じ上げます」
輝道が来るまでは草井崎城の城主を務めていた菅六郎内記も満安の案に賛成を示すが……
「菅殿は一門の為にお家を滅ぼされるおつもりか?この1000人もなくば後は滅びゆく小野寺を眺める事しかできませぬぞ」
「……そう……で御座いますな……殿をお守りする事こそ第一にで御座います。失言をお許し下され」
内記が西野館主で沼館の戦いでも橋本家と一戦交えた西野道俊に指摘され発言を取り消す。あの時道俊は落馬こそしたものの討ち取られはしなかったようだ。
「しかし策無しに戦おうても敵の数は三倍以上、さらには伊達とも並ぶ羽州探題最上家の当主が相手じゃ。ただ籠るのみでは勝ち目はなかろうて輝道……」
橋本家の客将的な立場の大築地秀道が問題点を指摘する。
「……ならば空城の計は如何か?敢えて城門を全て開けてしまうというあの武田信玄をも見抜けなかったという策は……」
「輝道さえも知る策じゃ。義光が知らぬ筈が無いじゃろうて」
万事休す。八柏道為が居れば良かったのだが八口内城から脱出したという報せを最後に行方が分からなくなっている。
「輝道殿、空城の計は寡兵であるときに使う策。ならば小野寺にはもう兵の残りが無いと思わせ、城の内側に敵兵をおびき寄せ、実際には兵が多く居り、飛び込んだ兵を順々に倒せばよいのでは?」
知略値は輝道はおろか、道為にも負けない成武がいわば『逆空城計』を提案する。
「城門は開けながら城の内側にて敵を討つ、という訳か。……名案ではないか?」
輝道の後に続いて秀道が逆空城計を支持する意見を出す。
「最上の将が己の才を過信し、意気揚々と城に飛び込むじゃろうな。儂も良案じゃと思うぞ」
草井崎城の軍議に出席する主要三名が一致したことで賛成を唱える武将も増え、結果的に逆空城計が正式に『空き城の計』として決行されることになった。
最後まで満安は正面徹底抗戦を挑む!と吠えていたが……
城の大手門に篝火が焚かれて居る……のか?遠く、草井崎城付近の暗闇の中に灯火が二つ見える。
「殿、あれは一体……?」
義光に呼び出され、本陣へやって来た頼定が正体不明の灯火について訊く。
「直に様子を見に行った者が戻って来る。もう暫し待て」
軍議、ではないが義光は近くにいた部隊の大将である鮭延秀綱と天童頼定を呼んで様子を見ている。
もしかすると今、仕掛けるべき好機なのかもしれないからだ。
城門付近に道幅程に離れた灯火が二つ、これは三河国の大名、徳川家康が浜松城に迫った武田信玄に城攻めを躊躇わせた『空城の計』で門前に篝火が焚かれたという話が有ったが、今の状況は『空城の計』に酷似している。
「申し上げます。殿の御推測通り、城門は開け放たれて居り、城兵も寝静まり、妙に静かでございました」
「当たりか!頼定、秀綱!もはや城には兵は残されておらぬ!攻め入るのだ!」
「!、承知しましたァ!」
「承知致しました!次も戦功を立てて御覧に入れましょう!」
夜闇の中を天童と鮭延の二勇将が駆けて行き、ほどなく部隊が動き始め、城へ向かい始める……しかし、多少の兵が居てもこの大軍の前には敵う筈もないという慢心こそが最上軍の最大の敵でもあった……
「殿ォ!何故天童殿と鮭延殿の部隊が居ないのですか!まさか空城の計と思って突撃させた訳では……!」
「守棟!如何したのかそんなに慌てて。今まさに城へ攻めんとする所だが……」
「なな、なりませぬ!殿!八口内で敵が一方向に逃れたのをお忘れですか!?」
「……あ」
完全なる失念。逃がしたのは多くとも500人だろうと思っていたが、城に籠る500人は凶器と化す。さらに守棟が取り逃したという戸沢の旗印と新参者の橋本の旗印を掲げた兵も千騎近く居たという……!
「あれは空城の計を知るであろうと考えた敵の策士の罠ですぞ!あれに突っ込んだ暁には……!」
「申し上げます!鮭延隊は壊滅!天童隊も半数ほどがお討ち死に!このままでは殿も危険ですのでお下がりくださいと天童頼定様より殿に報せよとのことです!」
してやられたか!己の才に頼ったが故の失策!何としてでも取り戻さねばならぬが……
「殿、一度仕切り直しましょう。鮭延殿と天童殿の与えた被害とて大きいはずです。後詰の無い城など、殿と私の部隊のみでも攻め落とせましょう。加え八口内を囲む延沢隊も未だ健在。未だ遅くは御座いませぬ」
「戸沢まで援軍を送る事も考えうるのでは無いのか……?」
「殿が自ら安東をお動かしになられたではありませぬか!戸沢が少しでも援軍を送れば、戸沢は仙北はもちろん、本拠角館すら危うくなる戦です。全力を以って撃退に動いているでしょう」
安東氏の動員兵数は4000、対し守る戸沢は3000、小野寺は3000で橋本は多く見ても仁賀保侵攻もあった事から考えて1500程度だろう。に対し、最上10000、当然粉砕できる筈であるし、小野寺橋本の予想される兵数4500人は全て出尽くした。伊達の後ろ盾が無い事は羽黒の忍から眼中にすらない事が分かっている。
ならば仕損じても最上4500対小野寺1000、気を緩めるな。ここさえ乗り切れば勝ちは決まる。
「総軍陣へ戻れ!まだ我等の勝利は逃げてはおらぬぞ!」
「退け!運が無かっただけだ、不運が二度続く事は無い!今は次の為、退くのです!」
最上軍が川辺まで退却する。追撃が弱かったことからもいよいよ最上軍にも小野寺軍の本格的な兵力切れが露呈したのであった。




