◆8 女性が宝石を愛でるように、僕は魔力と、その力が込められた魔石を愛しているんだ。
その場所は、王宮宝物殿の中央の間であった。
台座の上にある、煌めく宝石のような魔石を、私の夫グラス・パッシー伯爵とその従姉オヌリーヌ・モデスト子爵令嬢が二人で身を寄せ合いながら、見詰めていた。
(どうして、二人がこんなところに!?)
私、ミュゼ・パッシー伯爵夫人はと言えば、その台座を取り囲む衝立の陰に隠れて、まるで夫とその従姉の密会を盗み見するかのような状態になっていた。
しかも、舞踏会で知り合ったばかりのトロワ・メスト侯爵と共に息を潜めて。
私、ミュゼは、小声ながら、トロワ侯爵に向け、真剣に問いかける。
「トロワ様。
まさか、こんなのを見せるために、私を呼んだのですか!?」
トロワ侯爵は、凄い勢いでフルフルと首を横に振る。
つまり、別件で来た場所で、私は夫が従姉と逢引する現場を押さえてしまったのであった。
◇◇◇
近頃、私、ミュゼは、夫のグラス・パッシー伯爵から距離を取られ始めていた。
私がモレー・ポルカ公爵令嬢を相手に話した「家庭内の愚痴」が、誇張された格好で、噂として流れてしまったらしい。
曰くーー。
初夜を、夫の従姉オヌリーヌ嬢に邪魔された。
それなのに夫グラスは、「母親代わりだから」と、その従姉を追い出すことを拒否し、その結果、私は新妻であるにも関わらず、一度も夫と契りを結べなかった。
ーーここまでは事実だ。
だが、当然のごとく、噂には尾鰭が付く。
曰くーー。
「初夜から、従姉のオヌリーヌ嬢を、夫グラスが抱くさまを見せつけられた」とか、「親の形見の宝剣で、夫が王弟殿下を斬りつけ、その責任を妻である私が押し付けられた」とか、いろんな形の創作話が囁かれるに至ったのだ。
ちなみに、私の両親は共に健在なので、宝剣は別に「親の形見」ではないし、夫は王弟殿下を斬りつけてなどいない。
ただ言われるがままに、私が実家から持ってきた宝剣を、王弟殿下に献上しただけだ。
でも事実であろうと、でっち上げの噂であろうと、新婚初夜の新妻を無視して従姉とイチャつき、王弟殿下の不興を買ったことに代わりはなかった。
パッシー伯爵家当主の名誉が、新妻の夫人の口によって貶められたのである。
以来、夫のグラス・パッシー伯爵は、私、ミュゼと食事を一緒に摂らなくなった。
ここのところ毎日、私は独りで料理を食べていた。
寂しくないと言えば嘘になる。
だが、不機嫌な夫を目の前にして食事を摂るよりは、独りで食べる方が、よほど気が楽だと思う。
でも、身体の方は勝手にダメージを喰らっているようで、最近ずっと寝不足気味で、体調が優れなかった。
目の前に肉料理が大皿に盛られても、一向に食欲が湧かない。
(トロワ侯爵だったら、ガツガツと食べていることでしょうね……)
私は舞踏会でトロワ侯爵と出逢った際の姿を思い出し、笑みをこぼす。
そんなとき、一通の手紙が届けられた。
私付きの侍女であるキノラに、直接、使者が手渡したのだという。
明らかに、夫のグラス伯爵に知られないように配慮している。
手紙を差し出したのは、今、思い出していたトロワ・メスト侯爵であった。
手紙に記されていた内容は、三つあった。
宝剣の返還に関する打ち合わせをしたい、だからすぐに王宮に来てもらいたい、ということ。
私が王宮に向かうことを、夫に懇意の者に気付かれないで欲しい、ということ。
そして、すでに裏門に馬車を待たせてある、とのことであった。
あまりに急な呼び出しである。
だが、幸いにも、今は夫は仕事で出掛けていて、この屋敷には不在であった。
夫の上司であるトロワ侯爵は夫の不在を当然、承知しているはずで、だからこそ「夫に懇意の者」に気付かれないで欲しい、と手紙に記していたのだ。
時刻はいまだ昼過ぎだから、急ぎ用事をこなしたら、夕食刻までには家に帰ってこられるだろう。
急いで帰って来ても、独りで晩御飯を食べるだけなのに、と私は思いながら馬車に乗り込んだ。
王宮に着いたら、トロワ・メスト侯爵自身が出迎えてくれた。
そのまま北西棟にある王宮魔法師団の詰所へと導かれた。
その間、大勢の王宮勤めの人々から注目された。
ヒソヒソと囁き合っている。
皆、噂の当人が王宮に乗り込んで来たことに興味津々なようだ。
そうした群衆の中に夫のグラスが居るのではないか、と私は周囲を窺う。
トロワ侯爵は肩をすくめる。
「旦那様のグラス伯爵は、ここにはおられませんよ。
外務卿からの要請で、外務省へと出向しております。
彼にとっても、気晴らしになって良いでしょう」
「やはり旦那様は噂が気になっているようですか」
「それは、もちろん。
初夜だというのに、従姉の乱入を許して新妻を邪険にしたなんてことは、前代未聞ですからね。
当然、旦那様の職場である魔法師団でも、頻りに噂されておりますよ。
特に女性魔法使いの間で。
でも、それよりも、仕事上で言えば、宝剣の来歴を偽ったことの方が問題でしてね。
そのほかにも、宝剣について、いろいろとございまして……」
魔法師団でも、宝剣の扱いをどうするのか意見が割れているらしい。
「意見を統一するためにも、貴女にわざわざご足労を願ったわけですよ」
王宮の中庭へ出る。
中庭には教会と宝物殿がある。
二人で宝物殿の裏口から入り、大理石の廊下を進む。
私は壁も床も天井も、すべて真っ白な空間に圧倒されていた。
「こんな施設があると初めて知りました」
私が溜息混じりに呟くと、トロワ侯爵が得意げに解説してくれた。
「騎士で中に入った人はいないんじゃないかな。
王族と魔法師団の者、そしてその紹介があった者しか、立ち入りが許されていないんです」
やがて大広間に辿り着く。
ドーム状の天井で、相当に高い。
そして部屋の中央を取り囲むように、人の背丈を超える、高い衝立が林立する。
「この真ん中に国宝級の魔石が集積されているんですよ。
その魔石に、ぜひ貴女が魔力を注ぎ込んで欲しい。
魔石の状態から、貴女の魔力の量と質を測りたいのです。
かなり体力を消耗するかもしれませんが……」
「構いませんよ。
私は普段から剣術で鍛えていますから、体力には自信があるんです。
もっとも、ここのところぐっすり眠れなくて、体調不良が続いているんですが……」
「それは心配ですね。
辛いようでしたら、魔石に魔力を注入する作業、中断していただいても結構ですよ」
衝立に囲まれた中を見ると、中央に大きな台があり、そこに大量の魔石が山のように積まれていた。
金や銀、赤や青、緑や黄色ーーさまざまな色に輝く石が無造作に置かれていた。
どうやら、そのたくさんある魔石の中の幾つかに魔力を注ぎ込むことが求められているようだ。
ところが、無数の魔石は置かれた台座の前に、二人の男女が立っていた。
先客がいたのだ。
見覚えのある後ろ姿ーー。
思わず、衝立の後ろに隠れてしまった。
「どうしたのですか?」
とトロワ侯爵が尋ねようとするのを、私は人差し指を口に立てて止めた。
彼も衝立の隙間から中を覗いて納得したらしく、大きく頷いた。
「おかしいですね。
貴女の旦那様は、今は外務省に出向しているはずなのですが……」
魔石を前にしていたのは、夫グラス・パッシー伯爵とその従姉オヌリーヌ・モデスト子爵令嬢の二人だった。
彼らは衝立の陰にいる私とトロワ侯爵にまったく気付くようすもなく、二人だけで会話を交わしていた。
「私と結婚してくれるって言ったじゃない!」
「そんなの、子供の時のことじゃないか」
「どうして、あんな女と結婚したのよ」
「だから、彼女に求婚した理由を説明するために、ここに君を連れて来たんだ。
魔法師団に所属する者には、ここ宝物殿は開放されている。
おかげで君を連れて来られた。
口で説明したって、わかってくれそうもないからね」
グラスは右の懐から石を取り出す。
「見なよ。
これが先程、君が魔力を注ぎ込んでくれた魔石だ。
ぼんやり白く光ってるけど、それだけ。
一方で、彼女ーーミュゼの魔力が注ぎ込まれると、こうなる」
左の懐から石を取り出す。
オヌリーヌ嬢は、ワッと声を発して、目を逸らす。
黄金色の輝きで眩しいほどに光っている。
まるで実際の金塊が明かりに照らされたようだ。
時折、チカチカと煌めく白い光は宝石のようにまばゆい。
見比べてしまうと、オヌリーヌ嬢が魔力を注いだ石は酷く燻んで見える。
「君はこの程度の明かりしか生むことができない。
でも、ミュゼはこんなに美しい煌めきを生み出すことができるんだ」
私の魔力が注がれた魔石が発する黄金色の煌めきに、グラスは目を細める。
「女性が宝石を愛でるように、僕は魔力と、その力が込められた魔石を愛しているんだ」
「つまり、グラスはこの輝きが欲しかったから、あの女を屋敷に連れ込んだ、と?」
「それはーー」
「正直におっしゃい。
ミュゼのどこが気に入ったわけ?
あの明け透けな物言い?
そうね。女性であの素直さは、貴族令嬢には見られないものね。
加えて、自分の保身のためなら、平気で自分の家の家名を貶める。
おかげで、パッシー伯爵家のみならず、私自身もえらく恥を掻いたわ。
私は『他人の初夜を奪った女』って後ろ指をさされちゃって、お母様とその旦那様も、今では肩身の狭い思いをしているわ」
「たしかに、ミュゼはハキハキした物言いをするけど、そこを気に入ったわけじゃない。
彼女のどこを気に入ったか?
ーーう〜〜ん、どこだろう。
考えてみれば、良くわからないな……」
「そんな、あやふやなフィーリングで、女を乗り換えないでくださる?
私が今まで、どれだけ貴方の面倒を見て来たと思ってるの!?
なのに、私を捨てて、あんな野蛮な女と!」
「野蛮ってーー君は武芸科出身者に偏見を持ち過ぎだよ。
彼女は見かけによらず、知性的な女性だ。
ーーとはいえ、たしかに魔法には疎い。
だから、自分の体調の変化には気付いていても、原因には思い至っていないようだ。
僕が原因を作っていたというのに。
彼女のベッドの下に魔石を幾つも貼り付けて、幾晩も彼女の体内から魔力を吸収し続けた。
中には、自動的に魔力を吸引する魔石もあって、彼女が意識不明の状態になってもおかしくないのに、そこまでにならない。
彼女は驚くべき魔力量を体内に宿しているんだ。
いや、驚くべきなのは量ではなく、質かな」
旦那様のグラス・パッシー伯爵は、延々と妻である私、ミュゼの魔力を褒めちぎる。
だが、それを耳にしながらも、オヌリーヌ嬢は喜色満面となった。
そして、
「ああ、嬉しい!」
と叫んで、私の旦那様であるグラス伯爵に抱き付いた。
「やっぱり貴方は、あの女を愛していないのだわ!」
「そんなことはない」
「いいえ。
貴方は魔法を愛しているだけ」
「そうかなあ……」
「お願いだから、私だけを見て。
昔みたいに楽しみましょう」
オヌリーヌ嬢はグラス伯爵にキスをして、身体を押し付ける。
それでも、夫グラスは一切、抵抗しない。
従姉のなすがままである。
抱き合ったまま、睦言が続いた。
私、ミュゼは衝立にもたれかかって、口に手を当てる。
吐き気が催されたのだ。
(従姉弟同士で!?
私という妻がありながら……)
私、ミュゼは二人のことが気色悪く感じて、仕方がなかった。




