◆3 母親代わりの従姉
私の旦那様、グラス・パッシー伯爵が、従姉のオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢を異様に気遣っている。
もちろん、夫が親類に優しく接するのは構わない。
結構なことだ。
だけど、距離感というものが欠けている。
まるで恋人同士のような、幼い我が子を構う母親のような接し方をしている。
しかもその従姉は、嫁いで来た私、ミュゼ・パッシー伯爵夫人に対して、当て付けるように振る舞っている。
ところが、そうした従姉の振る舞いが常軌を逸しているということが、どうにも旦那様には認識できていないらしい。
何をどう言えば、わかってもらえるのか。
旦那様のグラス・パッシー伯爵には、ほんとうに悪気がなさそうだから、かえって指摘することが難しい。
悪くすると、私、ミュゼが嫉妬して従姉のオヌリーヌを排撃していると思われかねない。
しかも、今から王命を受けた仕事があるのだから、気持ち良く送り出すことを、妻としては優先するべきではないのか?
そのように、いろいろと考え出すと、脳味噌が煮詰まってきて、口を開きにくくなる。
先に言葉を発したのは旦那様のグラス・パッシー伯爵だった。
「君が言うこともわかる。
新婚初夜に押し入ってくるのは、どうかと僕も思う」
(ですよね!)
と声を大にして言いたかった。
が、とりあえずは話を先に進めたいので、黙っている。
すると、旦那様は懇願するような口調で訴えてきた。
「でも、理解してあげて欲しい。
彼女ははやくに実父を戦争で亡くし、僕は母親を病気で亡くした。
騎士爵家と同じように、魔法系の家も戦争や魔物討伐で多くの人を亡くし、さらに身体が弱い者が多いので病気で生命を落とす者も多いんだ。
だから、親類同士、寄り添うようにして生きている。
そんなわけで、彼女が少々、行き過ぎていても大目に見てやって欲しい」
旦那様は俯き加減になって、言葉を選ぶようにして語る。
「従姉のオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢は、君との結婚によって、僕との仲が疎遠になりはしまいかと恐れているんだ」
そりゃあ、お二人にとって、私は闖入者ですもんね。
でも、私にも言い分はある。
「私は妻になったんです。
パッシー伯爵家の奥方に、です。
その事実から考えて、旦那様はオヌリーヌ様の振る舞いをどのように思われるのですか?」
「オヌリーヌも今は戸惑っているだけなんだ。
長い目で見てやって欲しい」
「でしたら、近いうちに屋敷から引き取っていただけないですか?」
「それは、ちょっと切り出せないな。
僕の安眠のためにも彼女の力が必要でーー」
「でしたら、昨夜のように、重要な仕事の前日にのみ、外から通いで来られるという形にすれば」
「そんなに邪険にしなくても。
彼女ーーオヌリーヌ嬢は気遣いの出来る、大人の女性だ。
淑女なんだ。
君とは違ってね」
「彼女のお年は幾つです?」
「僕より十歳近く上だから、今は三十五、六歳だと思う」
「失礼ながら、どうして今まで縁付くお話がなかったのでしょう?」
「そうなんだ。
それについても、話しておきたい。
僕は身体が弱くてね。
学生だった時分、頻繁に倒れたんだ。
君も、僕が学園の授業を休みがちなの、知っていただろう?
もとより魔術を行使する時の魔力が流れる経路に問題があってね。
しょっちゅう魔力酔いにやられたんだ。
そんな時に彼女ーーオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢は、昏睡魔法や治癒魔法を駆使して僕を助けてくれたんだ。
それで彼女は婚期を逃しちゃって。
つまり、彼女が独り身なのは僕のせいなんだ。
誓って、彼女に問題があったんじゃない」
「そうですか」
正直、そのようには見えないんだけど。
私には、どうしても素直に頷けない。
そのように判断する私は、性格が悪いのかしら?
とにもかくにも、旦那様は過去の出来事を想起して、思い悩んでいる様子だ。
大きな仕事を前に、要らぬ気遣いをさせてしまった。
「旦那様、こちらを」
侍女キノラに命じて、鞘入りの剣を出してもらった。
「実家から持って来た宝剣です。
この剣は魔力を込めることが出来るのだそうです。
我が家でそのように伝承されていただけで、実際にはどうなのかわかりませんけど」
「それは丁度良かった。
試してみても?」
「はい」
夫グラス伯爵が剣の柄を強く握り締めると、鞘ごと刀身が赤く光った。
旦那様は嘆声をあげた。
「おお、予想以上に素晴らしい剣だ。
代々、伝え守って来ただけはある。
騎士爵家にしては、素晴らしい判断だ」
「騎士爵家にしては」という言葉は失礼だと思いますよ、旦那様。
とはいえ、喜んでもらえたのなら、私は嬉しい。
これからは、こうして笑顔を交わし合って、暖かい家庭を築いていきたい。
でも、だからこそ、言っておきたいことがある。
別に、従姉のオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢に、旦那様の愛が奪われるとは、私は思っていない。
だけど、旦那様は気付いていなさ過ぎる。
オヌリーヌの心が貴方に向かっているという事実を。
早々に諦めてもらわないと、オヌリーヌ様のためにも良くない。
「旦那様。いくつかお願いがあります。
まずは、彼女、オヌリーヌ様と食卓を共にすること、特に今朝の朝食のように、旦那様の口に直接、食べ物を入れるような振る舞いはやめていただかないと。
ごく普通の、平民家ですら守っている独立家庭のモラルとして」
旦那様のグラス・パッシー伯爵は顔を真っ赤にする。
さすがに恥ずかしいらしい。
「オヌリーヌは姉ーーというか、母親代わりだったから、つい」
「母親ーーですか?」
「そうだ。
僕の母が早く亡くなったことは、先程、言っただろ?
それ以来、彼女、オヌリーヌがこの屋敷に来て、なにくれとなく僕の世話を焼いてくれたんだ。
おかげで僕は、首席卒業が出来た。
誓って言う。
彼女を恋人のようにーーつまりは君のように見たことはない」
でも、それは旦那様の側から見た話に過ぎない。
オヌリーヌ・モデスト子爵令嬢が、旦那様ーーグラス・パッシー伯爵をどう思って見ているのかが、この際は問題なのだ。
それでも、これ以上は追求しかねた。
重要な仕事に出向く矢先であったし、なにより旦那様自身が、
「これ以上、恥ずかしいことを言わせないでくれ」
という顔をしていたからだ。
「わかりました」
私が折れる格好で頭を下げると、旦那様はか細い声で、
「納得してくれたらありがたい」
と答えた。
それを機に、執事や侍女たちは、一様に安堵の吐息を漏らしていた。
そこへ馬車が到着する。
乗り込む際に、旦那様は振り向いて、宝剣を鞘ごと掲げた。
「この剣、さっそく使ってみる」
「ありがとうございます!」
私、ミュゼ・パッシー伯爵夫人は、旦那様に対して深々と頭を下げる。
やがて御者が鞭打ち、馬車は走り出した。
砂埃を舞いながら遠ざかる馬車を見送りながら、私は思った。
旦那様のグラス・パッシー伯爵は素直な人だ。
性格も悪いわけではない。
だけど、そういう人にありがちな欠点として、物事に対して受け身になり過ぎて、不測の事態が起こった際に、判断することができない。
優柔不断になりがちなのだ。
このままの性格では、私が従姉のオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢を屋敷から追い出すように動いたところで、旦那様から反発を招きかねない。
彼女を追い出すことができるかどうかは、最終的には旦那様ーーグラス伯爵の決断次第なのだ。
でも、旦那様は、彼女に罪悪感を感じていて、不当に縛られているーー。
こんなありさまで、私はこの後、幸せな家庭を築けるのだろうか。
私の心のうちに、暗雲が立ち込めるようだった。




