↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

◆17 離婚をするための、たった一つの冴えたやり方

「待ってくださいよ!

 僕は絶対、離婚になんか応じませんからね!」


 グラス・パッシー伯爵は、騎士団員によって床に押し付けられた状態ながら、身体をモゾモゾと動かして言い募った。


「ルモン王国の王族どもになんか、彼女の魔力の価値がわかってたまるか。

 ほんとうに特殊な波動をした魔力なんだ。

 放蕩王子は言うに及ばず、魔法師団に顔を利かせているバター王弟殿下も同様だ。

 こんな遅れた国の王族に彼女が囲われでもしたら、それこそ世界の損失だ。

 適切な指導がなければ、魔法訓練を受けていないミュゼは勇者にはなれない。

 たとえ血筋が良かろうと、勇者の魔力を宿していようと、その能力が開眼することはない。

 せっかくの宝剣ーー黄金剣も、瘴気を打ち祓う程度にしか使えない。

 結果として、世界を救済できなくなるぞ。

 今度こそ、世界は魔界へと転落する!」


 騎士団員に抑え込まれた状態で、床に頬を押し付けられていながら、グラスはミュゼ向けて自由が利く方の手を伸ばす。


「だから、僕と魔法国ゾルバに行こう。

 ミュゼ、君が本来の君になるために!」


 だが、ミュゼはキッパリと断る。


「嫌です。

 私は魔力を発揮する気もなければ、勇者とやらになって世界を救済する気もありません」


 グラスは目を丸くする。

 信じられない、といった顔である。


「どうして!?

 誇らしいことーー歴史に名を残す偉業をも成し遂げられるのに!」


 ミュゼは金髪を掻き上げて、強く言い返す。


「そんなの、要らない。

 私は普通の女性として、幸せな一生を送りたいだけです!」


 グラス伯爵は呆れを通り越して、怒りだした。


「ったく、これだから騎士なんて馬鹿の集まりだって言うんだ!

 これでは、せっかくの魔力も宝の持ち腐れだ。

 我儘を言わず、魔法国ゾルバに亡命して勇者になれ!」


 ミュゼは金色の髪を左右に振って拒否する。


「嫌よ。

 騎士の家で生まれ育った私を否定しないで。

 魔法使いなんて、もうコリゴリ!」


 そうしたミュゼの心の叫びに応じるように、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。


「そうね。

 貴女にこんな粘着質なオトコは似合わないわ。

 別れちゃいなさいな」


 ミュゼが玄関の方を振り向くと、金銀の刺繍が美しく施されたドレスを身にまとい、銀色の扇子を広げる貴族令嬢が立っていた。

 銀色に輝く髪と蒼い瞳をもつモレー・ポルカ公爵令嬢である。


 彼女を一目見ると、娼館の女主人はモレー公爵令嬢に向かって深々と礼をする。


「舞踏会の女王、モレー様よ!

 皆、挨拶なさい」


 娼婦たちにも従わせる。

 さすがは生まれながらの大貴族令嬢である。

 モレー公爵令嬢はそこらの貴族どもとは貫禄が違う(正直、放蕩王子よりよほど大物っぽい)。


 モレー公爵令嬢は扇子で口許を隠しながら、オホホホと笑った。


「あらまあ、大袈裟ね。

 他人(ヒト)よりちょっと多くのパーティーを主催しているだけだというのに。

 ほら、トロワ・メスト侯爵。

 いつまで騎士の方々に、グラス伯爵の上にのしかからせておくつもり?

 グラスは気に入らない男ですけど、逃げられないように手脚を拘束するだけで十分でしょ?

 そんな無体な扱いをされているから、この男も感情的になって、話がまとまらないのよ」


 トロワ侯爵は、正気に返ったように頷(うなず)いた。

 そして騎士たちを退かせて、グラスを後ろ手に縛り、その綱の先を柱に括り付けさせた。

 とはいえ、念の為に魔法封じの魔道具を一階ロビー全体に発動させたうえである。

 結果、グラスはあまり身動き出来なくなっていた。


 その間に、第三王子エックスがモレー公爵令嬢の前に立ちはだかる。

 二人はとうに顔見知りの間柄らしい。

 中年禿げ王子が、葉巻を吹かしながら嫌味を言う。


「女だてらに娼館に踏み込むとは。

 今宵は遠慮してくれないか、モレー公爵令嬢。

 余は貴女をこの娼館に招いた覚えはない。

 貴女は舞踏会場でご自慢の扇子を広げておれば良い」


 モレー公爵令嬢は扇子で葉巻の煙を取り除けながら、笑みをこぼす。


「でもねえ、そうも言っていられないのよ。

 私のお気に入りの友達が、クソ旦那と離縁したくとも出来ない状態で困っているのよ?

 友達としては、手を貸して当然でなくて?」


「モレー様……」


 ミュゼは涙ぐむ。

 夫グラス伯爵の抵抗がしつこくてウンザリしていたので、彼女の登場は心から嬉しかった。

 彼女なら、何か変化をもたらすと思われたのだ。


 一方で、放蕩王子は口を窄(すぼ)める。


「そいつは困る。

 貴女に話をまとめられたら、余がミュゼ夫人に求婚しづらくなるではないか。

 出て行ってもらおう。

 おい、トロワ侯爵。

 騎士どもを動かして、彼女をこの館から追い出せ」


「その必要はない」


 またも背後、玄関方面から声が響いた。


 カランカランと鈴の音が鳴り、玄関が開く。

 新たな人物が、入館してきた。

 何人もの従者を従えて。


 その人物を目にして、モレー公爵令嬢だけでなく、ミュゼも、トロワ侯爵も片膝立ちとなった。


 王弟バター・ルモン殿下が登場したのだ。


 ウインクするモレー公爵令嬢に向けて、バター王弟殿下は渋面を作る。


「こんな場所に来るのは、これ切りにさせてもらいたい」


 先導役を務めたモレー・ポルカ公爵令嬢はドレスの裾を摘み上げつつ、軽口を叩く。


「娼館は殿方の遊び場ですのに、淑女である私も来ているのですよ。

 殿下も殿方でしたら、少し手を汚す程度、笑って受け入れてくださいませ」


 モレー公爵令嬢は王族と縁戚関係にあり、王弟殿下とも見知った仲であった。


 王弟バターは、甥っ子の第三王子エックスを睨み付ける。


「貴様もミュゼ伯爵夫人の立場を少しは考えよ。

 自分勝手な求婚がしやすくなるようにと、下手な小細工を弄するものではないわ。

 王族として、恥を知れ!」


 中年王子のエックスは首を縮める。


 放蕩王子までもが控える中、王弟は前をツカツカと足音を立てて進み、従者に持たせた一枚の書類をミュゼに差し出す。


「まずは、貴女にこれを渡そう」


 ルモン王国バックリー国王陛下が署名した離婚認定書であった。

 両手を掲げて書類を受け取るミュゼに、バター王弟が胸を張って命じる。


「女性側からの申し出ながら、ミュゼ夫人の、グラス・パッシー伯爵との離縁を認めよう。

 特例だが、それもやむを得ん。

 貴女は次代の勇者かもしれないのだからな。

 そんな貴女を妻帯して他国へ亡命するなどと口走るような輩(ヤカラ)ーーグラス・パッシー伯爵なんぞを夫とするわけにはいかん」


 グラス伯爵は前にツンのめる。

 が、後ろ手に縛った綱がピンと張って、そこより先へ進めない。

 だが、生唾を飛ばす。


「王弟殿下!

 納得いきません。

 僕のミュゼとの結婚は、教会によって認められている。

 僕の承諾なくしては離縁など……」


 ルモン王国法では、離婚を決定できるのは夫側のみであり、妻が離婚を望んでも、夫の同意がなくては離婚は不可能とされていた。


 ここでミュゼが何か言い返そうとする。

 だが、その前に、トロワ侯爵が声をあげた。


「とはいえ、グラス・パッシー伯爵。

 今の君は犯罪者だ。

 従姉と関係を持って子供まで産ませておきながら、勇者血統ならではの魔力を欲っするあまりにミュゼ嬢と婚姻を結んだ。

 そして密かに彼女から魔力を盗んで魔石に装填し、その魔石を手土産に魔法国ゾルバへの亡命を企むーーそんな危険人物を、国が許すはずもなかろう」


 グラスは口許を歪めて笑う。


「魔力を盗む?

 それこそ言いがかりだ。

 妻から少し魔力を借り受けただけだ。

 そもそも家の主人が妻に力を貸してもらうことなど、どの家庭でもやってることだ。

 家庭内の揉め事に、ヨソの者がーーましてや国家権力が介入するものではないでしょう?」


 トロワ侯爵はこめかみに青筋を立て、声を荒らげる。

 こうまでグラス伯爵が観念しないと思わなかったからだ。


「君の所業は、とうに家庭内の揉め事の範疇を超えている、と言っているんだ!

 いや、少なくとも、越えようとしていたのは確かだ。

 たとえば、宝剣はかつてルモン王家がディファニュ家に下賜したものだ。

 それをミュゼ夫人が相続した。

 それを『パッシー伯爵家のもの』と虚偽の報告を王族に伝えた。

 これも罪深い。

 来歴の確かな剣の出自を偽って自分のものと主張したも同然。

 事実上、ミュゼ夫人から宝剣を盗んだことを明かすものだ」


 グラスは、ヤレヤレとばかりに肩をすくめる。


「あの剣をパッシー伯爵家のものと偽ったのは僕ではないって何度も言ってるでしょ?

 従姉のオヌリーヌが……」


「だったら、その従姉も投獄するまで」


 トロワ侯爵は右手をオヌリーヌとエリナの母子に振り向ける。

 騎士団員三名が駆け付ける。

 母子は抱き合って、


「いやあああ!」


 と悲鳴をあげる。

 別に虐待しようとするわけではないが、強引に母と娘を引き離し、母親に至っては騎士団によって後ろ手に縛られて拘束されたのだ。

 三歳の女の子が、「ママ、ママ!」と泣き叫んだところでおかしくはない。


 こうした様子を眺めていただけの娼館の女たちや、モレー・ポルカ公爵令嬢、果てはエックス中年王子までが哀れに思い、眉を顰める。


 だが、オヌリーヌ母子に最も近い立場であるグラス伯爵は冷淡なものだった。

 彼女たちの方を見向きもせずに、王弟バター・ルモン殿下を正面から見据え、


「僕はミュゼの夫として、断固として離婚を認めません。

 署名なぞ、するものか!」


 と啖呵を切った。

 この期に及んで強硬な態度に出るグラスの厚顔無恥さに面喰らいつつも、王弟バターは断固とした口調で言い渡す。


「君の署名なくとも、君とミュゼ夫人の離婚は成立する。

 なぜなら、このパッシー伯爵家の離婚は王命によるものだからだ」


 バターは離婚認定書を広げて、バックリー・ルモン国王陛下の署名が記されてあることを示す。

 そして、バター王弟はグラス伯爵からサッと視線を外して、ミュゼ夫人の方へと向き直り、


「もっとも、ミュゼ・パッシー伯爵夫人。

 貴女の同意は欲しいところだが」


 と語って笑顔を見せた。


「もちろんです」


 ミュゼはパアッと明るい表情となった。

 そして王弟殿下の侍従から手渡された羽根ペンで、サラサラと離婚認定書に署名する。


 彼女の行動を看過できず、グラスは後ろ手に縛られた状態ながら力一杯、歩を踏み出し、


「許さんぞ!

 おまえの母上がどう言うか!」


 と怒鳴る。


 意外な人物がグラスの口から語られたので、ミュゼは、


「なぜお母様?」


 とキョトンとする。


 ようやくミュゼがこちらに意識を向けてくれたことに安堵し、グラス伯爵は胸を張る。


「僕がお金を貸したんだ。

 結婚式の直前にお金を無心された。

『屋根の修理をするからお金が欲しい』って。

 なんなら借用書を見せてやろうか!?」


 ミュゼは顔に手を当て、


「もう、お母様ったら、そんなことを……」


 と恥じ入った。


 トロワ侯爵が、ミュゼ夫人の顔色を窺うようにして、


「なんなら私が建て替えましょうか?」


 と提案したが、ミュゼはこれを一蹴した。


「もう、やめてください。

 さすがに私と実家だけで解決しますよ、もう!」


 ミュゼは碧色の瞳を大きく見開き、頬を膨らませる。

 せっかく念願の離婚が叶ったというのに、ケチが付いた、締まらない終わり方になってしまい、ちょっとだけミュゼは悔しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。