◆15 ミュゼ! 君は、名誉あるパッシー伯爵家を潰す気か!?
貴族街にある娼館において、捕物が始まった。
トロワ侯爵は、かつての部下グラス・パッシー伯爵を捕縛する口実を見出していた。
『本人の同意なく、無断で他者の魔力を奪ってはいけない』という法律である。
妻のミュゼ伯爵夫人から勝手に魔力を奪った罪を鳴らして捕らえることができる、と踏んだのだ。
ルモン王国では騎士団が警察の役割をこなしているが、高位貴族や王族の出動要請にも従う義務があった。
それゆえ、トロワ侯爵はグラス伯爵を捕らえるべく、放蕩王子に要請して近衛騎士団を借り受けて娼館で待ち伏せていたのであった。
突如として近衛騎士団に襲われたグラス伯爵は咄嗟に杖を振り上げ、呪文を唱える。
途端に、五、六人もの騎士が吹っ飛んだ。
風魔法を使ったのだ。
「ちくしょう、はかったな!」
グラス伯爵は、さらに鳥のように頭上高く舞い上がる。
娼館の一階ホールは三階部分まで吹き抜け構造になっている。
そのままグラスは二階にまで飛び上がり、二階の窓から逃走しようとする。
だが、トロワ侯爵の方が一枚上手であった。
二階にある幾つもの部屋からも、魔法師団の連中が何人も登場し、空中を飛ぶグラスに拘束魔法をかけたのだ。
さらに重力魔法で、グラスを一階ロビーにまで叩き落とした。
「ぐっ!」
呻き声をあげながらも起き上がろうとするグラス伯爵に、今度こそ、とばかりに近衛騎士が何人も飛び掛かり、ついに捕縛することに成功した。
グラスを拘束する縄には、魔力を削減する魔法封じが施されている。
おかげでグラス伯爵は、得意の火炎魔法も使えなくなっていた。
何人もの騎士団員にのしかかられて動けない旦那様の許に、ミュゼ・パッシー伯爵夫人はゆっくりと近付いた。
そして、足下を見下ろしつつ、落ち着き払った態度で言い放った。
「旦那様。
貴方は日々、私から魔力を奪っていたそうね。
失望したわ」
騎士団員によって床に押さえつけられた姿勢のままで、夫のグラス・パッシー伯爵は露骨に動揺する。
「ぼ、僕は、そんなことは知らない。
そうだ、従姉が勝手にやったことだ!」
愛する男が発する言葉に、従姉のオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢は、
「酷い!」
と喉を震わせてうずくまる。
それでもミュゼは、そんな女の愁嘆場には目もくれず、
「彼女にそこまでの技量はないでしょ?」
と指摘して、床に頬を付ける旦那様を一心に見据える。
「魔力を一気に失うと、死亡することもあると言うわね。
旦那様は魔法科の首席だったんだから、当然、ご存知でしたよね?」
「魔力を奪う」ということは、厳密に言うと、「魔素」を奪うことを意味する。
魔素は細胞に内包される微細な物質だ。
それゆえに、魔素を奪われるというのは、体内から血液などの体液を奪われるにも等しい行為で、悪くすると生命自体を奪いかねない危険を伴う。
現に、戦争における魔法合戦は、魔力の奪い合いで敵を殺すことであった。
娼館の女主人は、そうしたミュゼの言葉を耳にして、思わず真っ赤な唇に手を当てて呟いた。
「まさか、殺人未遂!?」と。
すると、娼婦たちが互いに顔を見合わせる。
「なに?
どーゆうこと??」
「アタシも魔法は詳しくないけど、魔力って奪われるだけで、体力も一気になくなっちゃうって聞いたことある」
「たしか魔法使いのお客も、そう言ってた」
「てことは、このクソ旦那は、テメエの奥さんの生命を削り続けていたっていうわけかい?」
「マジかよ?
エゲツな……」
「新婚初夜ばかりか、生命まで奪おうとするなんて……」
ザワザワとした喧騒が、娼館のホール一帯に広がっていく。
周囲を見廻してビクつくグラス伯爵に対して、伯爵夫人であるミュゼは、足下にひれ伏すような格好の夫を見据えて問いかける。
「コソコソ盗むぐらいなら、どうして素直に私の『魔力が欲しい』と言ってくれなかったの?
まさか、『自分の魔力を込めた魔石です』と嘘を言って、外国に取り入ろうとしたわけ?」
グラス伯爵は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「そんなこと、あるものか!
僕は正直に、『この魔石に込められた魔力は、我が妻から得られたものです』と証言するつもりだったさ。
そうしたら魔法国なら、君の栄誉を讃えてくれるはずだ。
亡命したら夫婦共に厚遇されるに違いないんだ」
グラス伯爵はゾルバ魔法国への憧れが相当強いようだった。
自国の魔法使いが最高の栄誉と考える王宮魔法師団を袖にしても平気なほどに。
夫婦の言い争いをそれまで黙って見ていた中年オヤジの第三王子エックスですら、我慢しきれず、呆れ声をあげた。
「おいおい、王族の目の前で、軽々しく亡命談義をしないで欲しいな」
腹の突き出た放蕩王子の台詞に同調するように、トロワ・メスト侯爵は、騎士団員に背中に乗られた状態のグラス伯爵を見下ろして言う。
「君は騎士団に捕えられているのだから、亡命は不可能だ。
諦めろ」と。
グラスとは違って、背が高いトロワ侯爵から見下ろされて指弾されると、余計に威圧的に見える。
しかも、白く輝くマントをはおり、真っ黒なマントをまとう自分とは好対照の存在に見えた。
それがグラス伯爵をさらに苛立たせた。
床に押さえつけられた姿勢ながら、うわああ! とグラスは叫ぶ。
一向に諦める気配はなかった。
「僕は悪くない。
すべて従姉のオヌリーヌが!
おまえがベッドに来ることなく、ミュゼと初夜を迎えていれば、こんなことには!」
従姉のオヌリーヌは、床に押さえ込まれたグラスの傍らに泣き縋る。
「わかって、グラス!
貴方を愛しているの」
グラス伯爵は首を左右に振って吐き捨てる。
「うるさい!
魔力を奪ったのも、亡命を唆したのも、みんな、この女だ!」
「無理があるわよ、その言い訳は……」
ミュゼは吐息を漏らす。
私から魔力を吸い取った魔石をゾルバ魔法国に持って行って、一緒に亡命したかった、とつい今しがたまで主張していたではないか。
夫グラス伯爵の態度をあまりに見苦しいと思ったミュゼは、最後通牒を突き付ける。
「貴方はこれ以上、言い訳なんかせずに、おとなしく捕まってください。
ーーいえ、その前に私と離縁してください。
その後はその女の子を養子にするなり何なりと、好きにしてくださいな」
娼館の女主人のドレスの後ろに隠れている少女に、ミュゼがチラリと目を向ける。
それに気付くや、オヌリーヌは今度は我が子エリナの許へと駆け寄せて、強く抱き締める。
貴方になんか、この子のことをとやかく言われたくない、といわんばかりの勢いだった。
だが、その一方で、父親であるはずのグラス・パッシー伯爵は、オヌリーヌとエリナ母子に一顧だにしない。
騎士団員に抑え込まれた状態で、相変わらずミュゼを睨み付けたままに泣き叫ぶ。
「嫌だ、嫌だ!
ミュゼ!
君は、名誉あるパッシー伯爵家を潰す気か!?
この人でなし!」
もはや王宮魔法師団で将来を嘱望された優等生の姿は微塵も見られなかった。




