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◆14 この子のことを公表されたくなかったら、私との離婚に応じてください!

 オヌリーヌ嬢は一人の女の子を手元に手繰り寄せた。

 その女の子はーー。


「グラス!

 貴方には教えていなかったけど、この子は貴方の子供なのよ!」


 少女はオヌリーヌに促されて、モジモジとしながらもグラス伯爵に向かってドレスの裾を摘んでお辞儀をし、自己紹介をした。


「私、エリナ。

 今年で三つになります」


 呆然とするグラス伯爵に対して、オヌリーヌは得意げに胸を張る。


「私と貴方の間の子供よ。

 学園時代からの親友だった娼館(ココ)の主人にお願いして、育ててもらっていたのよ」


 ルモン王国では避妊も堕胎も、その技術が未発達であったため、娼婦の子供が何人も居て、娼館で育てられていた。

 女の子の大半は将来の娼婦候補で、男の子は黒服組となって娼館で働いてもらうか、他店へ下働きに出される。

 もっとも、中には娼婦の客となった高位貴族のご落胤も居るので、その子は大切に育てられた。

 実際、娼館の主人と、その後見人である放蕩王子が、その貴族家の後継者争いに首を突っ込んで、身を退くことを条件に大金をせしめたり、娼館で育てた男の子を強引に貴族家の当主に押し込んだ例もあった。

 そしてこの少女エリナも、パッシー伯爵家のご落胤として、大切に育てられていた。


 一児の母であったオヌリーヌはまるで当然の権利であるかのように、グラス伯爵に詰め寄った。


「私が出産間近になって貴方に会えなくなったとき、まるでその隙を突いたように、あの女に懸想して、私が産後の痛みに苦しんでいるときに、貴方はあの女に求婚していた。

 ふざけないでよ、と思ったものよ。

 私こそ、貴方の妻なんだわ!」


 グラス・パッシー伯爵にとっては、寝耳に水のことばかりであった。

 ほとんど憤怒の表情で、


「どうして、子供が出来たって言わなかったんだ!」


 と詰(なじ)ったが、待ってましたとばかりに、従姉のオヌリーヌは言い返した。


「我が国では従姉弟(イトコ)同士で結婚は出来ないでしょ!?

 だから、私生児としてエリナを産んで、娼館の主人に頼んで育ててもらっていたのよ。

 いずれはパッシー伯爵家の正統な跡継ぎとして養子にしてもらって、私と貴方、そしてエリナの三人で、ほんとうの家族になろうと思っていたわ。

 それなのに、貴方があんな女を連れ込んでくるんですもの。

 黙っていられなかった!」


 自分の預かり知らぬところで、思いもよらぬ計画が立てられていたと知り、グラス・パッシー伯爵は床をガンガンと蹴り上げた。


「いや、嘘だ。

 僕は認めない。

 どうせ、別の男と作った子供だろう」


 オヌリーヌは涙目になって我が子を自分の身に引き寄せて、その顔を掴んで叫ぶ。


「なんてことを!

 この子の目元、口許を良く見なさいよ。

 貴方にソックリじゃない!」


 だが、グラス・パッシー伯爵は、その女の子を認める気はなかった。

 安易にその存在を認めれば、自分が貴族であることを辞めなければならない。

 いくら王宮魔法師団を辞めたといっても、王国貴族から転落するつもりはもなかった。


「その娘を実子と認めれば、僕が従姉と関係をもったと公言するようなものだ。

 僕と一緒に君も不品行と淫行の罪で、爵位を剥奪されて平民落ちになるのだぞ!」


「わかってるわ。

 だから、黙っていたのよ」


「避妊はしていたんじゃないのか!?

 まさかーー」


 オヌリーヌの胸倉を掴んで唾を飛ばしていたが、グラス伯爵はハッと我に帰った。

 実際、彼女が自分と関係を持ちたがっていたのは知っていたが、彼女も平民落ちになりたくないだろうから、関係したところで世間にバレることはないだろうと思い、安心して、思春期から従姉のオヌリーヌと肉体関係を持っていた。

 避妊作業についても、すっかり彼女に一任していた(というか、避妊方法をグラスは一切知らなかった)。

 行為に及ぶ際、オヌリーヌは「避妊魔法があるから、安心して」と言っていたが、それが嘘だったのだ。

 事実、グラスの魔法知識は相当なものだが、避妊の魔法なぞ、聞いたことがなかった。

 やっぱり避妊の魔法などなかったのだ。


 自分は若い時分から騙されていたと、今、ようやくグラスは気が付いた。

 目の前のグラス伯爵の表情を見詰めていた女も、もはや隠しようもないと悟って、大粒の涙を流した。


「わかって。愛してるの。

 もう、私だけじゃなく、貴方も引き返せないのよ!」


 取っ組み合いを交えた二人の言い争いは、ようやく終焉を迎えた。

 二人とも精も根も尽き果て、肩を揺らして、息継ぎをしている。


 そんなグラス伯爵とオヌリーヌ嬢に対して、声がかけられた。


「そうね、もう引き返せない」


 ミュゼが二階から降りてきて、二人の前に姿を現したのだ。

 グラスとオヌリーヌの二人は、互いに掴み合っていた手を慌てて離す。


 オヌリーヌは絶句し、グラス伯爵はうわずった声をあげた。


「ミュゼ、やはりここに……!」


 数日間、探していた妻を、ようやく見つけた。

 本来喜ぶべきことであったが、最も聞かれたくない話を聞かれてしまっていた。


 オヌリーヌが我が子だと主張する女の子まで、この場に存在している。

 グラスとオヌリーヌの二人が、喉を詰まらせてしまって当然だった。


 ミュゼは淡々と言い聞かせるように、旦那様であったグラス・パッシー伯爵に語った。


「貴方たちは血が濃い親類同士だというのに、禁じられた関係にあった。

 その女の子が何よりの証拠よ。

 この子のことを公表されたくなかったら、私との離婚に応じてください」


 このとき玄関ホールは静寂に満ちていた。

 なので、ミュゼの科白は、グラス伯爵と、その従姉オヌリーヌのみならず、何十人もいる娼婦たち全員にも、しっかりと聞こえていた。


 その言葉を聞いて、ミュゼを睨みつけていた表情を崩したのは、他ならぬオヌリーヌであった。


「そうよ、そうよ。

 グラス、離婚しなさいよ。

 ほんと、貴女と初めて気が合ったわ」


 オヌリーヌは、今までずっとミュゼのことを誤解していた。

 騎士爵家の娘が伯爵夫人に収まりたいがために、強引にパッシー伯爵家に潜り込んできたとばかりを思っていたのだ。

 この度の出奔も、グラスが自分に執着すると見込んで、嫌がらせ同然に姿を眩(くら)ましたものとばかりを思っていた。

 だが、彼女が本気で別れたがっていると知れば、自分と利害が一致する。

 あとはグラスから、ミュゼとの離婚の同意を取り付けるだけであった。


 だが肝心の旦那様ーーグラス・パッシー伯爵がミュゼとの離縁を認めるはずがなかった。


「違うんだ、ミュゼ!

 僕は何も知らなかったんだ。

 オヌリーヌに騙されていただけなんだ!」


「そんな。酷い!」


 わあああ、とオヌリーヌは顔を手で覆って、屈んで泣く。

 それを少女が近寄って、ポンポンと頭を撫でる。


「泣かないで、お母様」


 そう言って母を慰める女の子も、両目いっぱいに涙を溜めていた。

 なんとも痛々しい。


 ミュゼは旦那様ーーグラス・パッシー伯爵の方へと向き直った。


「貴方がオヌリーヌと付き合っていた、肉体関係にあったことは事実なんでしょ?」


 グラスは首を横に大きく振って、ミュゼの両肩を掴む。


「君に求婚してからは、君一筋だ!」


 ミュゼは、夫の両手を、肩のひと揺らしで振り払うと、怒声を発した。


「嘘おっしゃい!

 初夜のベッドにまで、このヒトを招き入れたくせに!」


 彼女のこのセリフに、なぜか周りを囲む娼婦たちからも強い同調が見られ、グラス伯爵は、自分が四面楚歌の中にいると気付かされた。


「それは、翌日の仕事に備えて昏睡魔法をかけてもらうためでーーそのことは君も承知していただろ!?」


 額に汗を浮かべながらも必死に言い訳するが、ミュゼは一切応じるつもりがなかった。


「とにかく貴方は信用できません。

 私を離縁してください!」


「断る!」


 子供が癇癪を起こすように、両腕を振ってグラス伯爵は断言する。

 でも目の前にいる妻ばかりか、周囲の女性たちも皆、冷たい眼差しを自分に向けてくるばかりで、誰も動じる様子がない。

 思わずたじろいで、グラスが後じさりを始めたとき、スッとトロワ侯爵が割って入って来た。


「グラス・パッシー伯爵。

 残念ながら、君は国法を冒している」


 グラスは、上司だった男から、いきなり場違いに思われる通告をなされた。

 この場で展開しているのは、あくまでパッシー伯爵家内部のゴタゴタであり、国法に触れるようなことではないと思ったからだ。


「なんですか!?

 僕が従姉と関係を持ったことですか?

 でも、そんな物的証拠なんか、ありませんよね。

 この女の子も、どうせオヌリーヌが他所の男と作った子供ですよ。

 それに、従姉との結婚は禁じられていても、従姉と付き合ってはいけないっていう法律はない」


 オヌリーヌは泣き崩れ、他の女性たちはいっせいにグラスを睨み付ける。

 その視線には殺意が込められていた。


 だが、上司だった男は、彼女らと異なって、無表情のままに言い放つ。


「それはその通りだ。

 だが、君は国法を冒している。

 それも魔法規律に起因した法律に反したのだ。

 知らないのか?

『本人の同意なく、無断で他者の魔力を奪ってはいけない』という法律だ」


 グラス伯爵は、ポカンと口を開ける。


 たしかに、自分は妻に無断で彼女の身体から魔力を魔石に吸い取っていた。

 だが、それが捕縛されるほどの犯罪なのか?

 でも、記憶の隅を突けば、たしかに魔法禁止法に、『本人の同意なく、無断で他者の魔力を奪ってはいけない』という条文があった気がする。

 その文言を学んだのは、学園初年度のこと。

 随分と昔の話だ。

 しかも、その条文を目にしたときは、まさか自分が他人の魔力を奪い取ろうとするとは思わなかった。


 特異な波動を持つ魔力を有するミュゼに出逢う前まではーー。


 トロワ侯爵は手にした笛を吹く。

 一階にある幾つもの個室の扉がいっせいに開いて、甲冑を身にまとった男たちが大勢現れた。

 トロワ侯爵が放蕩王子に要請して借り受けた近衛騎士団であった。

 王子からミュゼ夫人とグラス伯爵、そしてその従姉のオヌリーヌを招待していると聞いた時から、一気に決着をつけるつもりで準備していたのだった。

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― 新着の感想 ―
はあ…? 婚外子がいたら、本妻を殺害してお家乗っ取りの危険性もありますよね? オヌリーヌの方が愛人なのに、本妻みたいな顔をしていたということですか…? オヌリーヌの思考がクソすぎて意味がわからないです
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