◆13 衝撃の告白
放蕩三昧の第三王子エックス・ルモンは、貴族街にある娼館の二階中央に、自分の部屋を設けていた。
そこには当然、ベッドが中央にドンと置かれているが、そのようなヤリ部屋に、さすがにミュゼを通すつもりはなかった。
ミュゼは礼儀正しく、三階中央にある応接室に通された。
「考えてもれば、女性騎士を娼館に呼びつけるのは前代未聞の出来事かもな。
どうだ、面白い趣向だろう?」
対面のソファに座って面白そうに肩を揺らす中年男に対し、ミュゼは毅然と背筋を伸ばす。
「正直、悪趣味にしか思えません」
冷たい態度の女性を前にしても、第三王子は悪びれる風もなく、なぜ自分がミュゼをこの娼館へと呼び付けたかを説明し始めた。
「そうか?
そいつは悪かったな。
この娼館の最大の出資者は俺だから、主人に無理を言ったんだ。
こうしたところでもないと、今の貴様は人目を惹いていけない。
それに貴様の嗜好を確かめたかった。
貴様は初夜で処女を喪失する機会を奪われて、オトコに興味が失せたのではないかーーいや、そもそもが貴様はオトコではなく、オンナが好きなんじゃないか、と思ってな」
第三王子エックスは、ミュゼのことを同性愛者だと思ったと、ヌケヌケと言う。
ミュゼの方は、どうしてそう思ったのかに疑問を持った。
「なんで、そんなふうに……」
ミュゼの問いかけに、エックス王子は自ら注いだワインを口にしながら答える。
「俺も学園生活を送ったことはある。
もう十年以上も前のことだがな。
もちろん貴族科だったが、在学中に聞いた話では、武芸科では男女雑魚寝が当たり前なんだろ?
それでも不祥事が起きないっていうのは、武芸科にいる女連中は全員、心がオトコなんじゃないか、と思ってな。
貴様もその一人かと」
「違います!」
ミュゼはテーブルを叩き、立ち上がる。
適当な推測をして遊ぶんじゃないと激怒した。
中年王子は少々面喰らいながらも、身分が低い女性から叱責されることに抵抗を感じないようで、朗らかな表情を崩すこともなく、依然として楽しげに顎髭を撫でつけている。
自分だけが感情的になっているのが馬鹿らしく思い、ミュゼは改めて席に座る。
「ところで、ご用件は?」
と切り出した。
エックス王子は再度杯に注いだワインを飲み干すと、
「なに、簡単なことよ」
と言った。
「初夜で辱めを受けたミュゼ伯爵夫人が、王命による離婚を考えていると聞いた。
でもな、王族の端くれとして言わせてもらえば、そんな特例をタダでくれてやるわけにもいかんだろ?
だから、俺は動いたのさ。
『もし父王が貴様の離婚を命ずるならば、その対価として俺の許にその傷モノ女を嫁がせるというのはどうだ?』と。
すると、年寄りどもは露骨に困ったような顔になってな、ハハハ。
あの顔は傑作だった。
俺の放蕩三昧にはもはやあきらめている年寄りどもも、久方ぶりに肝を冷やしたらしい。
つまり、俺の要求は年寄りどもを呆れさせるものだったらしいだが、俺にとっては何にもおかしいと思えない。
貴様は勇者の血を引いてるって言うんだろう?
だったら、あの聖剣もろとも、貴様自身を身体ごといただいて、貴様の血を王家に取り込むほうが良いんじゃないか、と思うんだ。
父王や閣僚どもは、貴様の実家を騎士爵位から最低、伯爵位にまで持ち上げようと、宰相や内務卿を交えていろいろと討議を始めているらしいが、まだるっこしい。
貴様はもう実家を出ているのだから、実際に俺の許に嫁げば、それで万事解決なんだよ。
幸か不幸か、今、王族に貴様と同程度の年齢の王子はいない。
だから十歳ほど年上の俺であっても、結婚相手としては問題ないとは思わんか?
ハハハ。
心配要らん。
放蕩王子と呼ばれる俺だ。
その妻である貴様も、好きに遊ぶのを許してやるぞ。
俺以外の男や女といくら遊んでも構わん。
ただし、子を成したら、すべて王家で引き取るがな。
その条件でどうだ?
喜んで父王も、例の魔法オタク伯爵との離縁を命じてくださるに違いないぞ。
ん、どうした?
ワインを飲まんのか?
王子である俺様が、直々に杯に注いでやっても良いのだぞ」
第三王子は豪快に笑う。
ミュゼは内心、頭を抱えてしまった。
(王命でグラス伯爵との離婚ができたら、今度はこの中年放蕩王子と結婚しろと!?
冗談じゃない!)
突然の申し出にどう反応したらいいのか、悩んでいるところにノックの音がした。
扉を開けて三階応接室に入ってきたのは、ミュゼが見知った男性であった。
「トロワ侯爵!」
ミュゼが思わず声を上げると、トロワ・メスト侯爵は、中年王子への挨拶もそこそこに、私のすぐ後ろで身を屈めて耳打ちした。
「すみません、ミュゼ夫人。
念のために言っておきますが、こんな場所での会談と同様、王命による離縁と引き換えに第三王子の許に嫁ぐという案は、私の本意ではありません。
正直、エックス王子殿下が言うように、ほんとうに陛下のご下命が得られるかどうかも疑わしい」
トロワ侯爵は、ミュゼが勇者として覚醒するためには処女を維持しなければならない、と王弟バター殿下から釘を刺されている。
だから、そうした処女条件についてまったく考慮していない第三王子の提案は、彼、エックス王子自身が勝手に考えたものであって、国王陛下ばかりか王弟バター殿下とすら相談もしていないと考えられた。
要するに、取るに足らない提案なのだ。
ところが第三王子の耳は、見かけに寄らず、相当に良いらしい。
トロワ侯爵の囁き声を耳に入れるやいなや、エックス王子は胸を張って応じた。
「おい、トロワ!
俺の提案に、何の問題があるというのだ!?
貴様も勇者の血を王家に入れる方が得策だと思っているのだろう?
それに、勇者が女であったという前例は我がルモン王国ではない。
だったら、ミュゼの産む男児に期待をするのは当然ではないか。
ミュゼが勇者の血筋だと見越しての縁談だ」
第三王子エックス・ルモンはすでに酔っ払っていて、赤ら顔で席を立つ。
そして、ミュゼの許へとノシノシと歩いて近づいていく。
トロワ侯爵が立ちはだかる格好になったが、
「なんだ貴様、無礼だな。
控えろ!」
と押し除ける。
ミュゼは構わず、立ち上がり、真正面から放蕩王子と対峙した。
「豪気な女だ。気に入った!」
第三王子は、無造作にミュゼの胸に手を出して来た。
だから、ミュゼは手刀で王子の手をしたたかに打ち据えた。
「私は粗雑な娘です。
騎士爵家出身で、王族とお付き合いするような教養はありません」
王子は腹を突き出して即答する。
顔面にはいやらしい笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。
「そのようなこと、まったく構わんぞ。
『放蕩王子』と称される俺様を目の前にして、『王族とお付き合いするような教養』とは良くぞ言えたものだ。
皮肉が効いてて、なかなか小気味良いぞ」
大きな髭面を強引に近づけて、ミュゼにキスを迫る。
ミュゼは中年王子の四角い顔を両手で掴み、力いっぱい遠ざける。
でも、王子は笑顔を崩さない。
舌舐めずりまでする始末だ。
「女勇者様よ。
俺の顔を思いっきり殴ってくれ。
むしろご褒美だ。
筋肉質の女性に打たれてみたい」
ミュゼは眦を決して甲高い声を張り上げた。
「私は勇者なんかじゃありません!」
中年王子はミュゼの手を振り払うと、自らの顎髭を撫でつけながら、改めて目の前の女性の容姿を上から下まで眺めを渡す。
「わからんぞ。
それに、これほどのタマなら、勇者でなくたって……」
ニチャッと、気持ち悪く唇を歪める。
さすがに横暴が過ぎるということで、トロワ侯爵が割って入る。
「エックス王子殿下。
まずはグラス・パッシー伯爵との離婚を実現させる約束では!?
それから後のことは、おいおい考えることにしてはーー」
放蕩王子は虚を突かれたような顔をして、それからトロワ侯爵とミュゼの顔をそれぞれ覗き込んでから、ははぁん、と膝を打った
「さては、おまえたち、密かに想い合っておるのか!?
そういうことなら、俺は手を引くが?」
「いやいや!」
「そんなことは!」
と、ミュゼとトロワは二人して、咄嗟に否定してしまった。
「なんだ、二人はデキておらんのか。
だったら俺が付け入る隙もあろうというものだーー」
王子が安堵の溜息を漏らしたところで、扉の向こう側から、バタン、バタンと音がする。
それから女性の金切り声が響いてきた。
中年王子は頭の禿げた部分をつるりと撫でる。
「あぁ、そうそう。
貴様ら以外にも客を呼んでいたんだ。
その客が二人、鉢合わせたようだな。
どうだ、貴様ら。
部屋から出て二階から一階の玄関ロビーを眺めてみては?
特にミュゼ夫人には面白い見せ物となるであろうよ」
トロワ侯爵とミュゼは互いに顔を見合わせる。
これ以上、応接室で話したところで無駄なようだったので、喜んで外に出ることにした。
第三王子に先導されて、ミュゼとトロワは応接室の外、廊下へと出る。
吹き抜けになっているから、一階ロビーまで二階から見下ろすことができた。
廊下の外側に付いた柵に王子は正面からもたれかかって身を乗り出す。
額に手庇を作って、目を細める。
「貴様らにとって、お馴染みの声と顔だろうよ。
あぁ、でもあの調子じゃあ、熱心に探している相手がここに居るということには気づかないだろうな……」
ミュゼは放蕩王子のでかい図体の陰から、玄関ロビーを見下ろす。
すると、たしかに見知った男女が互いに罵り合っていた。
娼婦たち数十人に取り囲まれる形で、旦那様のグラス・パッシー伯爵と、その従姉のオヌリーヌ嬢がいたのだ。
「どうして……?」
驚くミュゼに、放蕩王子はせせら笑う。
「離婚だどうだといったゴタゴタは、サッサと片付けるに限ると思うてな。
グラス伯爵には『ミュゼ夫人が娼館に匿われている』と記した書簡を遣わせた。
オヌリーヌ嬢にはここの女主人を通じて、『グラス伯爵が、娼館に昼の二時にやって来る』と伝えさせた。
見ろ、オヌリーヌの左腕を。
グラス伯爵の魔法によって骨を折られたらしい。
まったく、激しい痴話喧嘩だ。
いまだにヒートアップしておるわ」
実際、二人は互いに胸ぐらを掴み合わんばかりに身体を寄せ合い、生唾を飛ばし合っていた。
オヌリーヌは片腕に包帯を巻いていた。
だが勢いがあるのは、手負いの彼女の方だった。
「貴方がいくらあの女を探したって無駄なんだから。
あの女と貴方の結婚は、必ず破綻する運命なのよ!」
「なぜだ!
やはり、君がミュゼをどうにかしたんだろ!?」
「何もしてないわ」
「なら、なぜ僕が彼女を探しても無駄だと!?」
「それは貴方が、私から逃れられないからよ!」
オヌリーヌが包帯を巻く原因になった怪我を負わせた負い目を、グラス伯爵は感じてるように見られる。
その隙を突かれて、グラスはグイグイと押し込まれていた。
さらにオヌリーヌ嬢は指をパチンと鳴らせて、この娼館の女主人(例の年増の厚化粧女)を呼びつけた。
彼女とオヌリーヌはもとより懇意だったらしい。
女主人は傍らに一人の小さな女の子を連れていた。
その女の子はーー?
グラス伯爵のみならず、誰もが疑問に思った。
その疑問にオヌリーヌ嬢は、腰に手を当て、胸を張って大声で応じた。
「グラス!
貴方には教えていなかったけど、この子は貴方の子供なのよ!」




