何もない私?・1
終学活が終わった後、私は陰鬱な気分でさっき先生から返された答案用紙を見つめていた。
あー……またかあ……
いつものことだから驚きもしないけれど、また赤点だ。ということは、また補習。
これだけ赤点ばっかり取ってるけど……私、ほんとに卒業できるのかな? むしろ今まで留年しなかったのが奇跡だったのかも。
せっかく……晴くんが勉強を教えてくれてるのに……それなのに赤点ばっかり取ってる私。
晴くんにも申し訳なくなってくる。
はあ、とため息をついて私は答案用紙を折りたたんでバッグに入れた。
斜め前の席の茜が私を振り返る。
「彩、その顔。やっぱりあかんかった?」
「うん……」
「こればっかりはしゃーないよね。お互いまた補習頑張ろ!」
情けない表情のまま笑みを返す。
あーあ。この前ひいた風邪はまだ治りきってないし、テストは相変わらずさんざんだし、いいことないなあ……
私は勉強に向いてない。これは確実に。でも、だからって他にできることがあるのかって言われると、それも特に何もない。相変わらず料理は下手だし。運動もできないし。委員の仕事だって、頑張ろうとしてもいつも空回りして、結局周りの人に助けてもらってる。
え、私ってもしかして、ほんとに何も取り柄がない感じ?
がーん……とショックを受け、私は机に突っ伏した。
いやいや、えーと、誰にだって何かしらいいところってあるよね……? あるはず! だから私にだって何か……
でもそれが何なのか分からない。
えー、こんな十代後半になっても何一つ自分のいいところが見つけられないって……それって人としてどうなの!?
ああ……駄目だ……かなしい……
「花房さん?」
そんな私に、大好きな人が声をかける。
晴くん。
あー……晴くん……ごめんなさい……
今回も、あんなに勉強教えてくれたのに……でも私はやっぱり赤点だったよ……
さすがにあきれられちゃうかなあ。こいつやる気あるのか? って思われちゃうかなあ。
でもそう思われたって仕方ないよね……
私は晴くんに対して申し訳なさすぎて顔を上げることができなかった。
「あー……ごめん、ちょっと今疲れて……眠たいから……」
私は机に突っ伏したままごにょごにょと不自然な言い訳をした。
「……そうか。分かった。今日は俺のこと待ってへんくてええから、早く帰ってゆっくり休んだ方がええよ。そしたら俺は部活に行くから。また明日」
え。
また晴くんに気を遣わせちゃった。
別に疲れてしんどいとかじゃないのに。ただ合わせる顔がないなって……一人で思い込んじゃっただけで……今日も一緒に帰りたい気持ちはあるのに。
でも晴くんはいつでも優しいから、私が毎日晴くんの部活が終わるのを待っているのは私の負担になってるって思ってるのかも。
うわーん、私、彼女としても駄目じゃないの……!
これじゃいけない。本当に私、何か……どこかいいところがないか探さないと。
自分が落ちこぼれなのは分かってたけど、これじゃあんまりだ。もし今の私にいいところがまるでないのなら、せめて何かいいところを作らなきゃ!
ひとまず周りの人にアンケートを取ってみた。
問:私のいいところって何だと思う?
答え:
クラスメートその1(茜)→しゃべってたら楽しいところ! 友達やん!
クラスメートその2(佐野くん)→期待を裏切らず補習仲間でいてくれるところ。
後輩その1(カナくん)→あ? 知らん。
後輩その2(ユウくん)→いつも菓子くれるところ。
…………
え……それだけ……?
ていうか、カナくんの知らんって何! ひどくない? いっつもお菓子あげてるのに! その点ではまだユウくんはそれを分かってくれてるからマシか……
いやいや、そうじゃなくて。
もうちょっとこう、人に自慢できるような……誇れるような私のいいところってないの……?
晴くんにこういうこと聞いても無駄だしなあ……。晴くんは絶対、私の全部を肯定してくれるもん。きっと晴くんなら、私のすべてを自慢できる! って本気で言っちゃいそう。
うわーん、そうじゃないんだよう……
そういうことじゃなくて、私自身がこれなら誰にも負けない、とまではいかなくても、ある程度できるよ! って言えるようなことが……何か欲しいんだよね……
はー、こんなこと考えてしまうのも、私が馬鹿すぎるせいだ……
頭の悪い自分が憎い。
こういうの、きっと晴くんは分からないんだろうなあ。
勉強も部活も委員会も、何もしなくてもできてるとは思わないけれど、努力すればちゃんと成果が出る晴くんには、どれだけ頑張ってもどうにもならない私の気持ちってきっと分からないよね……
晴くんに先に帰っていいよって言われたし、今日は気分も沈んでいたので、本当に帰ってしまうことにした。
やっぱり晴くんを待とうかなあ、どうしようかなあ、と悩んでいるうちに他の友達はみんな帰ってしまっていたので、私一人だ。
とぼとぼ生徒玄関に向かっていると、私の横を風のように駆け抜けていく二人組がいた。
「あ、カナくんとユウくん」
私が声をかけると、二人はぴたっと立ち止まった。
「おー、彩さんやん」
「どうしたん? 今日は部活行くん遅いんやね?」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせてため息をついた。
「ちょっとな、野暮用や」
「野暮用?」
「そ。テストで赤点やったから、補習を逃れるために先生に言われた雑用やっとってん」
「赤点?」
「は、勉強なんか知るか! 俺はハンドボールをしに学校来とるねん! テストなんかくそくらえじゃ!」
きっぱりと言い切るカナくんに目を丸くする。
まあ……彼ならそういう考えでも不思議はないか……
私はいつ取り出したのか、おにぎりを片手に持ってもぐもぐと口を動かしているユウくんを見た。
「ユウくんも赤点?」
「当然やろ。俺とカナの脳みその作りなんか遺伝子レベルで同じやねんで? カナが赤点なら俺も赤点。これはもう決まったことやねん」
それ、堂々と言うこと? 面白くて私はぷっと笑った。
「彩さんはもう帰るん。部長待たへんの?」
「あ……うん……えーと、ちょっと風邪気味やから……」
ちょっと言い訳っぽくなってしまう。でも風邪が治りきってないのも本当だし……
「……二人は、赤点取っても気にせえへんの?」
私が尋ねてみると、二人は同時にふん、と鼻で笑った。
「赤点がなんぼのもんやねん。俺の脳みそは勉強のために使うんちゃうねん。ハンドのために使うんや。テストにいちいち頭使うんなんか無駄無駄!」
めちゃくちゃ自信満々にカナくんが豪語する。
「そ、そうなん?」
「……という言い訳がどこまで通用するか今試しとるところやねんよな」
「うるせー! 言い訳ちゃう! 真実や!」
この二人、本当に悩みとかなさそう。うらやましい……
……でもそうか。二人にはハンドがあるもんね。二人とも、卒業したらきっとプロの選手になったり……そうじゃなくても、きっと大学も、スポーツ推薦で行けちゃったりするんだろうな……
勉強より、今目の前のハンドに打ち込んでいれば、二人には未来があるんだなあ。
いいなあ、と思いながら私は二人に笑いかけた。
「そっかそっか。二人とも未来のプロハンドボール選手やもんね? 頑張ってね」
「当然や! 俺はハンドで天下取るからな!」
カナくんは自信満々に言って、おら行くぞ、とユウくんに声をかけ、体育館の方へ走っていった。
カナくんを追おうとしたユウくんは、一度立ち止まって私を振り返った。
……どうしたんだろう?
ユウくんは自分のバッグのジッパーを開け、中からゴロッとした大きなおにぎりを取り出した。
それをぽん、と私の方に投げる。
「えっ?」
私は投げられたおにぎりを慌てて受け取った。
「腹減っとると苛ついて悲観的になるで。その握り飯でも食って腹一杯になったら、赤点なんかどうでも良くなるって。試してみ」
そう言ってユウくんはすぐに私に背を向け、カナくんを追って走っていった。
……え、もしかして、私が赤点で落ち込んでたこと、ばれてた……?
私は手のひらの上の大きなおにぎりを見つめた。
いや、これ、めちゃくちゃ大きいんですけど……ユウくんの手作り?
爆弾おにぎりみたいな丸い形。海苔も全面に巻かれていて真っ黒だ。
これ、ユウくんの部活後のごはんなんじゃ……もらっても良かったの?
巻かれているラップをはがして、少しだけおにぎりをかじってみる。
海苔と、ご飯と、しょっぱい塩の味。かなりぎゅっと握ってあるみたいで、なかなか噛み応えがある……
これ、さっきユウくんが食べてたおにぎりと同じやつなのかなあ。
すごいな。こんなおにぎりを部活前に食べて、部活のあとにも食べて。それできっと、家に帰ったら夕飯も食べるんでしょ? ものすごい食欲だ。
それだけ毎日ハンドに打ち込んでるんだなあ。
二人とも同じ高校生なのに、私とは全然違う学校生活を送っている。
勉強に振り回されない二人。振り回されまくってる私。
同じ学校にいても、あまりにも世界が違う。
私はふう、と大きく息をついた。




