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きみと私の放課後  作者: はる
悠太と彩
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口パクゲーム・1

 風邪をひいてしまった。

 といってもひどい風邪じゃなくて、もう治ったんだけど、喉の痛みだけが続いていた。

 そして悲惨なことに、声が出ない!

 口を開けて声を出そうとしても、かさかさした空気みたいなかすれ声しか出ない。

 すごーい、風邪で人の喉ってこんな風になるんだ……!

 新鮮な驚き。

 ま、もう何日かしてちゃんと治りきれば声も出るようになるだろう、と思って私はあまり気にしていなかった。

 むしろこの声が出ない状況がちょっと面白かった。

 声が出ない以外は元気だから、もちろん学校には行く。

 授業中にもし当てられても、声が出ないから答える必要がない! 素晴らしい!

 晴くんとおしゃべりできないのはちょっとつまらないけど……

 でも私の声が出なくても、口パクで晴くんに話しかけると、晴くんはけっこう上手に聞き取ってくれた。


『晴くんは風邪引いてない?』


 私が口パクで尋ねると、晴くんは私の口をじっと見てから、ふわっと表情を緩めた。


「俺は大丈夫。彩も早く声が出るようになるとええな」


 すごーい!

 私が話したかったこと、完璧に理解してる! 晴くんさすがだー!

 私はおもしろくなって、声が出ないのをいいことに割と好き勝手に晴くんに質問したりした。


『晴くんは、一日に何回くらい私のこと考えてる?』


 普段は恥ずかしくてそんなの聞けないけど、声に出ていないと思うとなぜか聞けちゃう。

 そして、聞こえていないはずなのに晴くんは私の言いたいことを分かってしまう……


「そうやなあ、数えきれんくらいかな」


 少し考えて、真面目な顔で答えてくれるものだから、私は恥ずかしくなったりうれしかったりしてちょっとはしゃいでしまった。


『私のどんなところが好き?』


「……それを語らせるんは……ちょっと今は時間が足りなさすぎるから……」


 すごいすごい! ほんとに晴くん、私が話したいこと全部分かっちゃう!

 口パクだとどんなことでも聞けちゃう。

 そして晴くんはどんな質問にもちゃんと答えてくれる。

 声が出ないのって、けっこう楽しいかも……





 そして私の体調はもちろん関係なく学校のイベントはある。

 今日はオープンスクールだった。

 中学生がやって来て、模擬授業を受けたり、部活見学をする。

 私も受付なんかの係の仕事を……と思ってたんだけど、声が出ない私が役に立つわけもなく。

 本来はサポート役で、中学生や保護者から質問が来たら、答えたり担当の人に案内をしたり、ってするはずだったんだけど、そういう話すことが必要な仕事はできなくなってしまったので、ただひたすら雑用をしていた。

 中学生に学校案内のパンフレット渡したり、アンケート用紙を回収したりとかね。

 でもそういう細かい仕事をする時でも、声が出ないのって気まずい。挨拶の言葉一つないのは印象悪いかなって思って……だからせめてもと、精一杯にこにこ笑ってみたけど、どうかなあ。私の顔見てなかったら相手には通じないよね……声って大事なんだなあ……




 せっせと雑用をこなしているうちに模擬授業が終わり、クラブ活動見学の時間になっていた。

 私は学校内をぶらぶら歩きまわって、各部活動の様子を見に行っていた。

 本当は巡回? っていうか、何かあった時にすぐに担当の先生に連絡して……って役回りなんだけどね。声が出ないから、まあ形だけぶらっと校内を回っていた感じ。

 ハンドボール部はどうかなあ。見学の人、いっぱい来てるのかな? と思いながら体育館の方へ向かう。

 すると、体育館入り口前の、受付のテーブルと椅子が設置されているところにカナくんが立っていた。


『あ、カナくん。どんな感じ?』


 声が出ないけど口パクで、カナくんに手を上げて話しかける。

 カナくんは険しい顔で周りをきょろきょろ見ていた。そして私に気付くと、ずいっと近付いてきた。


「彩さん! ユウ見んかった?」


『ユウくん?』


 口パクで答える。

 私の声が出ないことに気付いたカナくんは、ちっと舌打ちした。


「あいつどっか行きやがって!」


『どうしたん?』


 声は出ないけど、出来るだけ大きな口を開けて、伝わるように口パクでカナくんに尋ねる。

 カナくんは苛つきながら答えた。


「受付、俺の前がユウやねん。あいつ受付のタスキしたままどっか行きやがった。タスキしてここに座っとらな、受付した証拠にならんのに!」


 受付のタスキ? ハンド部はそんなのしてるのか……

 でも受付した証拠って、どういうことだろう?


「受付の担当、一人十五分って決まっとんねん。さっさと終わらして中でやっとる試合に戻りたいのに、ユウのアホがおらん! タスキしてここに十五分座っとった証拠の写真撮らなあかんのに! あの野郎!」


 あー、そういうこと……

 そうか、ここ、体育館の外だもんね。サボらずに受付してましたって証拠を写真に撮って残さないといけないなんて厳しいなあ。……まあそれだけ見られていないとサボる部員がいるってことなのかもしれないけど……

 で、カナくんは早く体育館の中で試合をしたくてたまらない。それなのに受付のタスキをしたままユウくんがどこかに行っちゃったから怒ってる、と。なるほど。


『そしたら私、ユウくん探してくるよ』


 私は口パクでそう言ったけれど、当然カナくんは「は!?」と首をかしげた。

 うん、さすがに文章は口パクでは伝わらないか……

 私は携帯を取り出して、画面に文字を打ち込んでカナくんに見せた。

 カナくんはおもしろくなさそうな表情のままうなずいた。


「頼む。俺ここ離れられへんし。ユウ見つけたら、十秒でここに来い、言うといてくれ。そんで罰として冷蔵庫のお前のプリン俺が食うからなって!」


 おお……食いしん坊のユウくんのプリンを奪おうと思うくらいカナくんはご立腹なんだな……

 それは早くユウくんを探して連れてこないと!

 私は両手で丸を作ってカナくんにうなずき、ユウくんを探して駆け出した。





 でも、ユウくんがいそうなところってどこだろう?

 うーん、やっぱり食べ物関係かな……購買とか食堂とか?

 部活の受付の最中だったんだから、さすがに食堂までは行かないか。じゃあ購買?

 私は購買に行こうと校舎の入り口に向かった。

 ……すると、入り口わきの自販機のそばにユウくんがいた!

 結構早く見つかった。良かった!

 ユウくんは同じハンド部の男子と自販機の横でジュースを飲んでいた。なるほど、喉が渇いてたわけね……

 私はユウくんに駆け寄った。

 声をかけようと思ったけど、声は出ないんだった。

 だからオーバーアクションでユウくんに手を振る。

 ユウくんは近付く私に気付いて、ぐいっとペットボトルを持ち上げてジュースを飲み干した。


「彩さん、どうかした?」


 どうかした? じゃなくって! さっさと受付に戻らないとカナくんが怒ってるよ!

 と言いたかったけれど、声は出ないしそれを携帯に打ち込んで見せるのも時間がかかりすぎる。

 カナくんは十秒で戻ってこいって言ってたもんね……

 とにかくカナくんは、ユウくんが今肩にかけているタスキが欲しいんだよね。


『ユウくん、タスキ!』


 私はできるだけ大きく口を開けてそう言った。文章じゃなくて、こういう単語だけなら口パクでも割と通じるって分かったから。

 ユウくんはうん? と首を傾げ、私に近付き体をかがめた。

 ユウくんの顔がすぐそばに来る。たぶん私の言いたいことを聞きとるためだってことは分かってるんだけど、ちょっと顔が近いな……

 いや、そんなことを気にしてる場合じゃない。とにかくさっさとタスキをカナくんのところに持っていってもらわないと。

 私はユウくんのタスキを指さした。


『ユウくん、タ・ス・キ! タスキがいるの!』


 早くしないとカナくんがユウくんのプリン食べちゃうって言ってるよ!

 私はそれを表現するために、両手でプリンの台形を作って、それをぱくっと食べるジェスチャーをした。これで伝わるかな? 食いしん坊のユウくんなら伝わるかも、と思って。

 ユウくんはじーっと私の顔を見つめている。

 ……いや、だから、見てるんじゃなくて早くカナくんのところに行ってほしいんだけど……

 ユウくんの後ろで私たちの様子を眺めていたハンド部の男子が、ユウくんの腕をぐいっと引いた。

 ユウくんが男子を振り返る。

 男子はそのままユウくんをちょっと離れた場所に連れて行って、こそこそ話し出した。

 ……いやいや、おしゃべりじゃなくって、早く戻ってほしいんだけど……!

 二人の内緒話は声が大きいので私に筒抜けだった。


「おい、悠太、あれなんやねん。どういうことやねん!」


「あ? なにが」


「なにがちゃうやろ! あの人、あれやろ、部長の彼女やろ!? それやのに、なんでお前に告白しとるねん!」


 私に背を向けて話している二人の会話に、私はええ!? と愕然とした。

 どういうこと!? どうして私がユウくんに告白!?


「告白?」


「いや、お前もめっちゃ見とったやんけ。あの人、お前見つけたらものすごい勢いで近付いてきて、声出さんように口パクで『ユウくんが好き!』って言うとったやんけ!」


 ……は? え? 何それ?

 私そんなこと、一言も……


「しかもお前のこと指さして、手で丸作ってお前の心を食ってまうみたいなジェスチャーまでしとったやんか! どういうことや!? なんで部長の彼女がお前にそんなこと」


 えええ!?

 ちょっと待って、それ全部誤解なんだけど……!

 ユウくんが好き? 何それ? どうして私がそんなこと。

 ……そこで気付いた。

 もしかして、タスキ……?

 ユウくん、タスキ≒ユウくんが好き!?

 ちがーう!!

 ユウくん、タスキ≠ユウくんが好き!!

 ああ、でも口の開き方は一緒だ……!

 で、ユウくんの心を食べる?

 違うって! ユウくんのプリンを、カナくんが食べちゃうの!

 どうしてそれを、そんな風に勘違いするの!?

 私が呆然として突っ立っていると、ユウくんが腕を組んだのが背中越しに見えた。


「うーん」


「うーんてお前、どうすんねん!」


 少し考えていたユウくんは、やがて肩を揺らして笑った。


「はは」


「……悠太、お前笑っとる場合か」


「いや、とりあえずお前、その話誰にもせん方がええで。部長に殺されるからな」


「それは。……そらそうやろうけど」


 ユウくんは私の方をくるっと振り返って見た。私はびくっとした。いやこれは、突然見られたからびっくりしただけなんだけど!

 ユウくんは両手を頭の後ろで組んで、悠々と私の方に歩いてきた。


「さ、そろそろ受付に戻らななー。もう時間やろうし」


「おい、悠太!」


 男子がユウくんを呼ぶ。ユウくんは私の横を一歩通り過ぎたところで男子を振り返った。


「お前がさっき言うとったこと、彩さんが部長と一緒におるところ見ても間違いないって思うんやったら、俺もその気になってみるわ」


 ユウくんはそのまま体育館の方へ歩いていく。

 もう、何言ってるの!? その気になられても困るし!

 私は一瞬どうしよう、と悩んだけど、とりあえず男子の方を見て、『あなたが言ってたこと、全部誤解だからね!?』と口パクで言っておいた。単語じゃなくて文章だったから、あの男子は私が何を言っているのか全然分からなかっただろうけど……

 それから私はユウくんの後を追った。


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