傷と傷跡・1
胸の奥にずっと棘が刺さっている。
長い間そのままにしていたので、もうほとんど痛みは感じない。棘自体が自分の一部になってしまったようだ。
でももちろんそんなはずはなく、棘は異物だ。だから何かの折に突然それは俺の胸を刺し、痛みがぶり返す。
それで俺は思い出す。棘の存在を。なぜ俺の胸にそれが刺さったのかを。
もちろん棘は痛い。そんなものない方がいい。
でもその痛みは俺に別のことも思い出させる。
柔らかくて、あたたかくて、甘くて、新鮮なのにどこか懐かしい。でもどうしても手が届かない遠い木漏れ日のような光。
痛みと思い出はセットになっている。
だから、その棘が俺の中に残り続ける限り、俺はその思い出を持ち続けていいのだと思った。
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校門から続々とジャージ姿の男子生徒が走り出ていく。
最後の一人が出て行くのを見送って、タブレットの動画停止ボタンが押された。
「よし、このシーンはこれでOK」
周りで邪魔にならないように眺めていた生徒がタブレットを取り上げ、三脚をたたむ。
「それじゃ体育館に行こっか」
私はそんな彼らを少し離れた場所で見ながら声をかけた。
「はい」
「あー、ほんま先輩がおって良かった! あのハンド部の部長、うちらが声かけるんはちょっと怖いねんもん。なんか変なこと言ってしもたらどうしようって思ってまうから」
晴くんのことをそんな風に言われた私は、ほんの少し首をかしげた。
「別にそんなん、大丈夫やのに……。ちゃんとどんなことでもきっちり親切に対応してくれると思うよ。そら、あんまり表情豊かなタイプちゃうから、下級生のあなたたちから見たらちょっととっつきにくいかもしれんけど」
「まあでも先輩がおるから! 先輩が窓口になってくれるから、この後の撮影もいろいろ要望言いやすそうやし、ほんま助かりました! そしたら行きましょ!」
私たちは連れ立って、ハンドボール部の練習場所である体育館へ向かった。
今学校では、各部活の紹介動画を撮影していた。
それを学校のホームページに載せるのだ。いわゆるPR動画ってやつ。
二年生が主体となって作成しているんだけど、なぜか三年生の私も雑用係……というか手伝いで参加していた。
一応私、三年生で、学級委員だから……。いろんな部活の部長(三年生)との交渉窓口に適任だと思われているらしい。
いや私、そんなに顔広いタイプじゃないけどね!? でもまあ、確かに二年生の子が撮影のために三年生相手にいろいろ交渉するのは、人によってはやりにくいってことがあるのかもしれない。その点私はあんまり何も考えずに誰にでも話しかけちゃうから……そういう点では役に立てるのかも。
先週から運動部の撮影に入っていて、野球部、陸上部と撮影してきた。
そして今回、とうとうハンド部の番が来た……!
私はあくまで撮影の手伝いだけど、それでも、晴くんが練習している体育館の中に入って、そしてハンド部の練習を間近で見ることができる!
もうめちゃくちゃ楽しみで仕方なかった。
絶対邪魔しないようにしなくちゃ、とは思ってるけどね。でも晴くんの姿を、間近でこっそり見るくらいはきっと許されるよね?
私たちが体育館に入ると、ハンド部の顧問の先生がいた。
先生に挨拶を済ませ、ざっと今日の撮影について確認する。どんなシーンを撮影したいか事前に話はしていたけれど、今日の練習メニューを聞いて他にも使えそうなシーンが撮れそうか擦り合わせをする。
そうこうしているうちに、学外にランニングに行っていた部員たちが戻ってきた。
私たちの声が響くくらい静まり返っていた体育館が、途端ににぎやかになる。
一応今の状態も動画に撮る。どういう映像が使えるか分からないからね。
撮影担当の子と一緒にタブレットを覗き込んでいると、突然私の頭ががしっとつかまれた。
「え!?」
私がびっくりして後ろを見ると、カナくんが白い息を吐きながら立っていた。
「うおー、すげ! 彩さんの頭、俺の手で余裕でつかめるねんけど! これ、漫画みたいにつかんだまま彩さんを持ち上げられる感じか!?」
走ってきてテンションが上がってるのかもしれないけど、いきなり何言ってるの!? 不穏な発言に目を丸くする。
「ちょ、ちょっと怖いこと言わんといてよ! 私の頭ボールちゃうねんけど!」
「彩さんなんか軽そうやし、余裕で持ち上げられそうやんか! おいユウ、勝負してみっか!?」
笑っているカナくんのそばにユウくんがやってきた。
「いや、持ち上げる前に、そんだけ力いっぱいつかんだら彩さんの頭蓋骨砕けるんちゃう?」
ほんとに発言が怖すぎる……! 私は慌てて私の頭をつかんでいるカナくんの手を引きはがした。
「ほんまにやめてよ! 私、殺されるためにここに来たんちゃうねんけど!」
「そうや、なんで彩さんこんなとこにおるん」
ケロッとして尋ねるユウくんに再び私は目を見開いた。
いやいや、事前にちゃんと連絡してたんですけど……! どうして撮影のこと、初耳みたいに言ってるの!
「一週間前、昨日、そんで今日も練習前に説明したはずやけどな」
晴くんの声が聞こえて、私はほっとして声の方を見た。うっわー、良かった! 晴くんが来てくれたので、これで私の身の安全は守られる……!
晴くんにそう言われたユウくんは、視線をそらしてそうでしたっけ? としらばっくれて答えた。
「そうそう、今日はPR委員が練習の様子を撮影させてもらうからよろしくね!」
「ふーん、そんな委員までやってるん」
全然興味なさそうにユウくんが言う。
「あ、私は雑用っていうか、ただの手伝いやけど。この二年の子たちがメインで撮影するからね」
よろしく、と言う二年生たちに、ユウくんはちょっとだけうなずいてみせた。うーん、これ、五分後にはこんな話をしたことも忘れてそうだな……
「なあなあ、これ、今も動画撮ってるん?」
カナくんがタブレットを指さす。撮ってるよ、と撮影担当の子が言うと、カナくんはいきなりタブレットの前に立ちはだかった。
「彼方です!」
すぐさまユウくんがカナくんの隣に立つ。
「悠太です!」
「「二人合わせて最強コンビです!!」」
二人してダブルピースをする。
何してるの! ……と思うんだけど、あまりにもそのポーズが決まっているので、文句の言葉が出てこなかった。
撮影担当の生徒も、他の生徒と顔を見合わせて、これ、使えそう……と囁いている。
そんな二人のそばに、音もなく晴くんがすす、と近付いた。
「おい、くだらんことしとらんとさっさと準備や」
声をかけられた二人はすぐにぴしっと直立不動になった。
「「はいっ!!」」
返事をしてさっと走り出す。
その一連の出来事がまるで流れるように進んでいって、これ全部映像として使えちゃいそうだなあ……と思ってしまった。実際には一応決められた尺があるから、使いたいと思った映像を全部使えるわけじゃないけどね。
走り去っていく時、ユウくんがちらっと私を振り返るのが見えた。
あー……
あんまり心配かけないようにしなくちゃ、とちょっとだけ気が引き締まった。
私が怪我をして以来、ユウくんが少し私に対して引き気味に接しているのを感じていた。
普段は、ほんとにいつも通りだと思う。おちゃらけて、私にお菓子をねだって、冗談ばっかり言ってる。
でもふとした時に、私の目の上の傷ををじっと見ているのを感じる。
私が気付いたらすぐに目をそらしてしまうので、本当に傷を見ていたのかどうかは分からないけど……
たぶん気にしてるんだろうなあ。
ユウくんは、自分のせいで私が怪我をしたと思ってる。
状況的に見たらそんな風に見えないこともないけど、実際は全然違うのにな。
晴くんとのことで浮かれてた私が、ふわふわした気分のまま躓いて転んでしまったせいで怪我をしちゃっただけなんだけど。
でも私が転ぶきっかけを作ってしまったユウくんは、自分のせいだって思ってるんだろうな……
何度私がユウくんのせいじゃないよって言っても、ユウくん自身がそう思い込んでいるからどうにもならなかった。
一応、私が気にしないでって言いまくったので、表面上はユウくんも私の傷のことを気にしていないように振る舞っているけど。
でもたまに私の傷をじっと見ているのとか、極力私に触れないようにしている姿を見ると、あー、めっちゃ気にしてる……と思わずにはいられなかった。
私は、ほんっっっっっとうに、自分の額に残った傷跡のことは気にしてないんだけどな。
むしろ今はこの傷跡、好きだし……
なぜなら晴くんがこの傷跡をめちゃくちゃ好きでいてくれるから。
この傷跡は、私に現れた新しいチャームポイントなんだって! そんな風に言って、この傷跡がきれいだ、好きだって言ってくれる晴くんのおかげで、私、今はこの傷跡ができて良かったって思ってるくらいなのに。
だからユウくんも私の傷跡のこと、気にしないでほしいのになあ。




