きみに残る傷・3
「なんか、なんかさ!? ユウくん、役者になれると思わん!? めっちゃ演技が真に迫りすぎやねんけど!」
私が不満げに話しているのを、晴くんは苦笑しながら聞いていた。
学校から駅までの帰り道、私は自分で持つって言ったけれど、晴くんは私のバッグを持ってくれていた。一応怪我人だから……
「演技か……」
「もう、ほんまに反省してるように見えてんで!? そんなに申し訳なく思われても、ってこっちが戸惑うくらい。それやのに演技やったなんて!」
「演技やったんはどの部分やろうな」
「えっ?」
隣の晴くんの顔を見上げると、晴くんは優しい表情で、あんまり怒っとると傷に良くないで、と言った。
確かにぷりぷり怒ってたらちょっと傷口がズキズキしてきたかも……いかん、平常心平常心。
「まあ、でもほんまに転んだんはユウくんのせいちゃうし……。私が……ほら、晴くんのこと考えてぼんやりしとったから……ちゃんと立ってへんかったからあっさり転んでしまったんかも」
「俺のこと?」
晴くんが不思議そうに私を見るので、私はまた顔が熱くなってきた。うぐ、駄目だ、こんなに頭に血が上ってたら傷が開く……!
「あ、えっと、その、ど、土曜日のことをね……思い出しとって……あの、早く晴くんとお泊まりできへんかなって……」
うわー! また私は爆弾発言を……!
こんなの、晴くんとそういうことしたいですって言ってるようなもんだよね!?
駄目だ駄目だ、顔が熱くなりすぎる……!
晴くんは咳払いしてから、そっと私の頭をなでた。
「……そうか、そしたら、彩が怪我したんは俺のせいなんかもしれんな」
「えっ、だからちゃうって! 誰のせいでもないよ。ていうか普通に私自身のせいやし……ユウくんは私を助けてくれただけやし、晴くんはなんもしてへん。ぼけっとしとった私が一人で転んだだけやもん」
「……悠太はそうは思ってへんやろうけどな」
晴くんがポツリと言う。
え、そうかなあ? だってあの深刻そうなのは演技だったんでしょ? それなら私の怪我をユウくん自身のせいだなんて思ってないんじゃないのかなあ……
「俺が、彩の怪我は俺のせいなんかもって言うたんは、俺がそう思いたいからやねん」
「え……どういうこと?」
何それ? 私の怪我を自分のせいと思いたい? そんなことある?
私はわけが分からなさすぎて、眉間にしわを寄せて口をとがらせるというめちゃくちゃ変な顔をしてしまった。
そんな私のことも、晴くんは優しく笑って見つめている。
「もちろん、彩に傷ひとつつけたくない。それは大前提として……もし、万一彩に傷がつくようなことがあるのなら、その相手は俺がええって思っただけやねん。彩を傷つけてええんは俺だけやって思いたいねん。アホみたいやろ。彩にしたら冗談やないって思うやろうけど、そんなアホなこと考えてしまうねん。だから彩に傷をつけたのが悠太やと認めるんがくやしいねん」
「へ、へえ……?」
正直なところ私にはよく……というか、全然分からなかった。
私を傷つけていいのは晴くんだけ? 他の人に傷つけられるのは嫌? 何それ?
私を傷つけないのは晴くんだけ、じゃなくて?
あれかな、責任を取るのは自分がいいってことなのかな……?
責任を取るために私のそばにいるのは自分じゃなきゃ嫌ってこと? そういうこと?
違うような気がするけれど、全然分からないので私の中ではそういうことにしておこう……
私はぎゅっと晴くんの腕にくっついた。
「……とにかく、私は誰にも傷つけられてへんの。私は自分で転んで怪我しただけやの。誰がどう思ってようがそうなの! 分かった?」
誰かが私のせいで辛い思いをするとか、そっちの方がしんどい。それに私は別にこの怪我に関してそんなに深刻になってないんだから、誰も何も気にしないでほしい。
晴くんが私をなだめるように、ぽんぽん、と優しく背中をなでてくれている時に、ふと、でも……と思った。
「あの……晴くんは、私の顔、好き?」
「えっ?」
晴くんが驚いた表情で私を見る。
「もし私の顔が好きなんやったら……その、もしかしたら、ちょこっとだけ、傷残ってしまうかもしれんけど……今日病院で縫われたし……あ、でも、ちゃんとメイクとかで隠すようにするから! まあ目の上やし、前髪下ろしてたらあんまり見えんと思うし、えっと」
私が一生懸命言いつくろっていると、それを遮るように晴くんがそっと私の頬に触れた。
「……もちろん彩の顔やってめっちゃ好きやで。でも傷がないから好きなんちゃう。当たり前やろ? どんな傷があったとしても、なかったとしても、彩の顔だけじゃなくて全身、全部好きやで。彩はちゃんと、俺が彩のなにもかもを好きなんやって分かっといてくれ」
晴くんの声は私の全身にじんわりとしみこんでいった。
そして私は自分の言ったことが正しかったんだと分かった。
やっぱり私、この傷は自分でつけた。私のせいだよ。誰のせいでもない。私が自分のせいでつけてしまった傷なら、晴くんは好きでいてくれるんでしょう?
私はめちゃくちゃ笑顔になった。
「へへー、私がこんな傷ものでも?」
「語弊のある言い方するなあ。もちろん、どんな傷ものでも」
「傷があるから、今なら私、大安売りやで?」
「それは認められんな。彩の価値は傷のあるなしでは変わらんから。一番高い値段付けてくれ」
私はぶはっと笑った。笑ったらまた傷がズキズキ痛んだ。
でもいいや。傷が開いたって、どんな私だって、晴くんはいいって言ってくれるから。
「ね、晴くん、私早くこの傷治すから、治ったら早くお泊まりしようね?」
「……そうやな」
晴くんが優しく笑った。
私がどんなに暴走しても、傷がついても、晴くんは笑ってくれる。
だからこんな私でもいいんだよね。
私の額の傷は、少しだけ残った。近付いてよく見ないと分からない程度だけど……
私は傷跡が残ってしまったことを少し気にして、前髪で傷を隠してみたり、ファンデーションを塗ったりしていたんだけど、やがてそんなこともしなくなっていった。
なぜなら、どうやら晴くんは私のこの傷が好きみたいだから。
晴くんは、私に近付くたびに、額の傷を愛しそうにそっとなでた。
柔らかく指先で触れて、なでて、頬を近付け、傷にキスをした。
そんなにこの傷、いいの!? って、ちょっと傷にやきもち焼いちゃうくらい。
でもまあ、そんなに気に入っているのなら、好きなだけ愛でさせてあげよう……と思って、私は堂々とその傷を出すようになった。
晴くんがいつも私の傷を愛してくれるから。
だから私も自分の傷を好きになっていった。




