きみに残る傷・1
朝、登校して、教室の自分の席に座る。
相変わらず朝は眠い……頭は少しぼんやりしてるけど、心の中は楽しい気持ちでいっぱいだった。
チャイムが鳴るまであと少し、というところで、教室に朝練を終えた運動部の人たちが入ってきた。
もちろん晴くんも!
教室に晴くんが入ってきた途端、視線が引っ張られるみたいに晴くんに固定された。
あー、晴くん……!
相変わらずかっこいい……!
晴くんの周りだけ妙にキラキラ輝いて見えるっていうか、何これ、オーラ? 晴くんの姿が周囲から浮き上がって見える。晴くんだけ、めっちゃくっきり見える!
晴くんはいつものように席の間を縫って歩いてきて、私の前で歩くスピードを緩めた。
「おはよう、花房さん」
声をかけられた私は、満面の笑みを返す。
「おはよう、瀬戸くん!」
「今朝はめっちゃ元気ええね」
「え、そうかな? 変やった?」
「ううん、全然。そんな風に笑って挨拶返してもらえたらこっちも元気になるから」
うわー、晴くんたらまたそんなこと言って……!
私をときめかせるのがうますぎる!
私たちは目を合わせてにっこり笑い合った。
先週の土曜日のことを思い出す。
晴くんに、うちに泊まっていってって私がわがまま言って……晴くんを困らせちゃった。
思い返すだけで穴掘って隠れたいくらい恥ずかしくて仕方ないけど、でも晴くんも私と一緒にいたいって思ってくれてることが分かったから……
だから、結局一緒に夜を過ごすことはできなかったけど、私は幸せでいっぱいだった。
そして、晴くんが帰ってから、日曜いっぱい一人でずーっと晴くんのことを考えていて、私は気付いてしまった。
晴くんは、うちに泊まるには準備ができてないから、って言っていて、私はそれを心の準備ができていないって風にとらえていたけど……
あれ、もしかして違ってたかも。
晴くんと私。恋人同士の二人が一夜を過ごすとなると、当然その……いろいろと、大人の階段を上っちゃうようなことがあるわけでしょ?
そうなった時の、物理的な意味での準備が晴くんはできてないって言ってたのかもしれない……
そう気付いた時の私の恥ずかしさと言ったら!
私、晴くんと一緒にいたいってそのことしか頭になくて、どうして準備がいるの? 心の準備なら私はできてるのに! って晴くんに訴えまくっていた。晴くんも今すぐ心の準備をしてくれたら、そしたらうちに泊まってくれるんじゃないの? なんて……
たぶんそういうことじゃなかったんだよね?
ああー、ほんとに私、なんて失態を……!
でも晴くんは、そういう生々しい、というか、現実的な話をして私の考えのなさを指摘したりはせずに、あくまで私の気持ちを尊重してくれていた。
そ、それで、次はちゃんと準備するって……!
ひえー! うわー! どうする!?
いやもう、どうするって言ったって、もちろん一択なんだけど。
次いつそんな機会が訪れるかなんて分からないけど……でももしその時が来たら。
もちろん私は、晴くんと抱きしめ合いたい。
それしかない。
そんなことばっかり考えていた私は、もう浮かれまくっていて、授業中も休み時間もずっと上の空だった。
いやもうほんと、自分が馬鹿だって分かってるけどね……でも、晴くんと付き合うようになるまでは、そういう恋人同士の触れ合いなんて私には遠い世界の話過ぎて、全然実感がわいていなかったのに、今の私はそんなこと考えてる! なんかめっちゃ大人になったみたい!
私たちが付き合っていることは、今はもうクラスのみんなが知っているけれど、でも学校では、晴くんと私はお互いに苗字で呼び合ってる。そういうのもちょっと秘密の関係っぽくてくすぐったい。
ああもう、人生の春……! 今の季節は秋だけど、私の心は春! 花びら満載!
私はウッキウキで、校舎周りの花壇に水やりをしていた。
これは園芸部の友達に頼まれて……彼女は今日、水やり当番だったんだけど、お腹が痛くて保健室で休んでいるのだ。
うんうん、生理痛の辛さは私も知ってるからね……辛い時はお互い様! 今日の私はめちゃくちゃご機嫌なので、頼まれたら何だってやっちゃうよ!
私が鼻歌を歌いながらホースを持った手を大きく左右に振っていると、うわ、つめて! と大きな声がした。
「えっ?」
やばい、人がいた? 誰もいないと思ってたのに……水をかけちゃった?
ドキドキしながら声がした方を見ると、そこにはカナくんとユウくんが立っていた。
「おい、彩さんなんやねん! めっちゃ水かかってんけど!」
カナくんが舌打ちしながら文句を言う。
「さすがに水浴びするには季節的に微妙やろ」
ユウくんが顔や髪についた水滴を払いのけながら言った。
「うわ、二人ともごめん……」
二人はこれから部活に行くのか、ジャージ姿だった。
二人の姿を見て、うーん、でも……と考える。
「そこまで水かかってへんみたいで良かった。二人とも、部活しとったら汗だくになるもんね? 水かかってもあんまり変わらんかったり……する?」
「なんでやねん! 普通に風邪ひくやろ!」
「そ、そう? ごめんね。そしたらはよ着替えてね?」
えーとえーと、とポケットの中を探って、飴を二つ取り出す。
「ほら、キャラメル味の飴。これでも食べて機嫌直して?」
二人は舌打ちしながら私の手から飴を受け取った。
ふう、やれやれ。食べ物さえあれば許してくれる二人で良かった……
「そんで彩さんはなにしとん。なんで水やり?」
すぐに飴を口に入れたユウくんが、ガリガリと音を立てて飴を噛み砕きながら言う。
「ん? これは園芸部の子に頼まれて……」
「もう秋やのに、今さら水やりとかいるん?」
「秋に咲く花もいっぱいあるねんて! ほら、きれいやろ? これから咲くんもいろいろあるみたいやし」
「ふーん」
人に聞いておきながら、全然興味なさそうな反応。分かってたけどね。
「ほら、こうやって校舎の周りが花とか緑であふれててきれいなん、園芸部の子らが頑張ってるからやねんで?」
「全然目に入ってへんかったけど、花なんかあってんなあ」
「ひどい! ちゃんと見てよ」
私たちがそんな風に話していると、ふとユウくんがグラウンドの方に顔を向けた。
私もつられて同じ方向を見る。
グラウンドでは野球部が練習をしていた。そして、野球部が打ったボールが、なぜか私たちの方に向かって飛んできている。打ち損じ?
「え……」
まさかあのボール、こっちに来る?
そう思った時には、ユウくんが私の前に体を移動させていた。
「うわ、やっべ!」
ユウくんがそう言うと同時に、私はユウくんの背中にどん、と体を押された。
「えっ」
突然大きな体に押された私は、そのまま後ろの花壇に向かって倒れてしまった。
ガツン、と変な衝撃が頭に走る。
目の前にいろんな色の光が飛んだ。
衝撃の直後、ぶわっと頭が熱くなる。
私たちのすぐそばを、野球部のボールがすごい勢いで通り抜け、花壇の縁にゴツン、と当たる音が聞こえた。
背後にいる私を振り返るユウくんの気配がした。
「わり、彩さん……」
そう言ったユウくんが息を飲むのが分かった。
私は頭がぐらぐらしていたけれど、転んでしまったことがみっともなかったので、できるだけ何でもないような声を出そうとした。
「わー、転んでしもた……いたた……」
ぶつけたおでこに手を当てると、ぬるっとした熱い感触がして、ぎょっとする。
……あれ、もしかして血が出てる?
「おい、ユウ」
「……おう」
カナくんとユウくんが声をかけあって、一人が……カナくんかな? すぐにどこかに走って行った。
その後、ユウくんがさっと私を抱き上げた。
突然のことにぎょっとして体がすくむ。
「彩さん、ちょっと我慢してくれ。すぐ保健室行くから」
「え……」
そのままユウくんは、おそらくものすごいスピードで保健室まで私を連れて走って行った。
私はずっと額を押さえていたけれど、そこに心臓があるんじゃないかってくらいどくどくと脈打って、熱くて……ガンガンという衝撃が頭に響いているけれど、痛みはよく分からなかった。




