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きみと私の放課後  作者: はる
悠太と彩
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理性と欲望のバトル・3

 私は素早くリビングに戻り、晴くんに飛びついた。


「晴くん、お待たせ!」


 晴くんは驚いて私を受け止め、笑いながら私の背中をなでた。


「はは、すごい勢いやな」


「だって早く続きしたいねんもん!」


 晴くんは私を落ち着かせるように、トントン、と軽く背中をたたいた。


「もちろん俺もそう思うけど。……でもそろそろ帰らなあかん時間やなあ」


「え? 嘘!」


 晴くんの言葉に驚いて時計を見ると、なんともう夜の八時を過ぎていた。

 ……えー! 私たち、いったい何時間キスしてたの……!?


「さすがにあんまり遅い時間までここにおるわけにもいかんし。続きは次の機会に取っておこうや」


「えー……嫌や」


 普段の私だったら、こんなに子供みたいなこと絶対言わないと思う。

 晴くんを困らせたくないし、晴くんの言うとおりにしようってきっと思う。

 ……でも、今はもう駄目だった。

 こんな風に、恥ずかしさとか照れとかためらいとかすべて取っ払って晴くんとずっととろけるようなキスをしていたら、もう私はいい子、いい彼女でいないといけないなんて気持ちはなくなっていた。全部、本心のまま、ただ晴くんを求める私しかここにはいなかった。

 晴くんは拗ねている私の頭を優しくなでた。


「もちろん俺やって離れるんは嫌やけど。でもさすがに帰らんと」


「なんで?」


「え……なんでって」


「今日、両親帰ってこんし……この家、うちら以外誰もおらんよ? だからこのままおってええやん。私、ずっと晴くんといたい。ずっとキスしてたい」


 私がそんな風に言うのが意外だったのか、晴くんは目を見開いて驚いた表情を見せた。


「いや、さすがにそれは……」


「帰ったら嫌。ずっとここにおって」


 本当に、駄々をこねてる小さい子供みたい。さすがにどうなんだろう……ってちょっと自分でも思うけど、でも晴くんとずーっと一緒にいたいのも本当の気持ちだった。

 晴くんは困ったように目を泳がせた。


「彩、さすがにそれはあかん。俺ら以外、誰もおらんからって彩の家に勝手に泊まるとかしたらあかんよ。彩は俺を信頼してくれとるんやろうけど、俺も男やし……どうなってまうか分からんやろ?」


「そんなん……ええもん。晴くんやったら、どうなってもええもん。なんも怖くないもん」


 晴くんはすごく焦った表情で、額を手のひらで押さえた。

 晴くん……困ってるのかなあ……私がわがまま言ってるから……

 わがままな私は嫌い? こんな子だと思わなかった?

 でも、これが私なんだ。

 むき出しになった心は、ただ晴くんを求めてる。ただ一緒にいたい。それだけを考えてるの。

 そんな私じゃ……駄目かなあ……

 晴くんは額から手を離して、真剣な表情で私に向き合った。


「彩、頼む。俺は絶対に彩を大事にするって決めとるねん。その俺の誓いを守らせてくれ。このままやと誓いを破ってしまう。そうすると、俺は自分を許せんくなる。今日は……急な話で、突然ここに来ることになって……いろいろ、その、準備もできてへんし、泊まるんは無理やねん。俺の誓いなんて、彩の言葉一つでどうにでもなるくらいちっぽけなもんやねんけど、それでも俺はそれを守りたいねん」


「……準備って……心の準備ってこと?」


「まあそれもあるし……いろいろと」


 いろいろ? って、何だろう?

 泊まる準備ができてないってこと? でも晴くんは部活をやってるから、着替えとか、お泊まりができるようなものはバッグに入ってるんじゃないの?

 それとも……やっぱり心の準備ができてなかったの?

 何だか……晴くんらしくないような……

 晴くんは慎重だから、そういうことって以前からちゃんと考えてそうなのに……

 いや、違うか。

 私はすぐに晴くんとの未来が欲しくなってしまうけど、晴くんは私と少しずつ仲を深めていく今を大切にしている人だった。

 だから……私がこんな風に、一足飛びに晴くんと過ごす未来を欲しがるから……そんな心の準備はまだだったってことなのかな……

 今回は、私が焦りすぎちゃったのかな。

 いつも私のペースに合わせてもらってばっかりだったから……今回は晴くんに合わせる。

 そう考えると、あまり無理を言おうって気にはならなくなってしまった。

 でも私は、最後にもう一度だけ聞いてみた。


「……そしたら晴くん、ほんまに帰ってしまうん?」


「そうやな、今日は。次はちゃんと準備しとく」


「心の準備?」


「……ああ、そうや」


 やっぱりそうかあ。私は口を尖らせた。


「私、心の準備はもうできてるのになあ」


 晴くんはぐ、と詰まった。

 あ、また困らせちゃったかな……

 晴くんは息をついて私を抱き寄せた。そして、ぎゅーっと強く抱きしめた。


「……ほんまに、今俺の理性の九割は崩れ落ちとるから、これ以上ぐらつかせんといてくれ」


 え? 晴くんの理性?

 いつも、何をしても、どんなことがあっても優しい晴くんの理性が崩れることなんてあるの?

 ……むしろ、全部崩れちゃったらどうなるんだろう……

 ちょっと興味が湧いてきてしまった。

 晴くんの残り一割の理性。どうやったら崩れるんだろう?

 私は少し身じろぎしながら晴くんに尋ねた。


「ね、晴くんの心の準備っていつできるん? 今日? 明日?」


「え……いや、それは」


「今日できたらいいのになあ」


 晴くんは更にぐぐぐ、と私を強く抱きしめた。まるで何かに耐えているみたいに全身に力を入れている。えーと……残り一割の理性が崩れそうなのを耐えてるのかな……?

 何だか不思議。

 晴くんがすごーく焦ってる? 慌ててる?

 普段見ることがない姿だから、珍しくて……興味深くて、何となく面白くなってきた。


「あは、晴くんの理性、いつ全部なくなってしまうん? あと一割を崩すんが難しそうやね?」


 私が笑いながら言ってしまったので、晴くんはふと我に返ったのか、体の力を抜いた。

 強く抱きしめていた私の背中を、ごめん、と言うように優しくなでる。


「全部なくなるんは……彩がこの理性の意味が分かった時かなあ」


 理性の意味? 何だろう?

 私が首をかしげていると、晴くんは私を見つめて、愛しそうに私の額にキスをした。





 玄関で靴を履いた晴くんが、家の中にいる私の方に向き直った。

 向き合った私は、迷わず晴くんにぎゅっと抱きついた。

 たぶん……こんな風に、何も気にせず、誰の目も気にせず思いっきり晴くんに甘えられるのって……今だけだと思うから。

 普段、学校や通学路でこんな風に何のためらいもなく抱きつくなんて絶対にできない。

 だから。今だけだから。

 晴くんも私の全身をしっかりと抱きしめた。


「彩、今日はありがとう。ゆっくり休むねんで」


「うん……晴くんは明日も部活?」


「そうやで」


「忙しくって大変やね」


「いつものことやから平気や。俺のことは気にせんと、彩はゆっくりくつろいで今日の疲れを癒すねんで」


 晴くんは明日は部活……

 そっか、それならどのみち、今日うちに泊まるなんて無理だよね……

 いや、そんなこと分かってたけど!


「……ね、晴くん」


「どうした?」


「私、晴くんと一晩中キスすんやって思って……さっきトイレ行った後、急いでめっちゃリップクリーム塗ってん。唇がうるうるになって、どれだけキスしてもかさつかへんように。でもそれ、無駄になってもたな……」


「え」


 私は晴くんの首に埋めた顔を少し起こして、うかがうように晴くんを見た。


「だから最後にキスしよ?」


 これ、また晴くんの理性をつついてる? でもそんなの気にしてられない。だって二人きりで過ごせる時間はもう終わっちゃうんだもの。

 さっき、あれだけキスしてたのに、まだしたいの!? って思われちゃうかな……しつこいかなあ?

 一瞬そんな心配をしたけれど、もちろん杞憂だった。

 晴くんは愛しそうに私の頭をなで、そして私にキスをした。

 私も、せっかく塗ったリップクリームなんだから、全部晴くんと分け合っちゃおう! ってくらい、晴くんの唇を食べちゃいそうな勢いで唇を押し付けた。

 ねえ晴くん、次はいつ、こんな風に二人っきりで、思う存分キスできるのかな。次は一晩中一緒にいられる? 離れる寂しさから解放されるのはいつ?

 分からない。

 次があるのかも分からない。

 だから今、全部、何もかも忘れるくらい、晴くんとつながって溶け合っていたい。

 長い長いキスの後、私たちがようやく唇を離した時、もうすっかりリップクリームは取れてしまっていた。

 晴くんはそっと私の頬に触れて笑った。


「やばかった。残り1%やったな」


 そう言って、笑顔のまま、また学校で、と言って玄関を出て行った。

 私は今過ごした時間が夢みたいで、これ、本当にあったことなのかな? と分からなくなって……

 すぐにリビングに駆け込んで、携帯で晴くんにメッセージを送った。

 そうしたら、晴くんからすぐに返事が返ってきた。

 今バス停の横を歩いてる、とか、駅に着いたよ、電車を待ってるよ。一つ一つ晴くんが教えてくれるから、ああ、本当に晴くんはここにいて、今帰っている最中なんだなってことが分かった。

 全部夢じゃなかったんだ。

 私はずっと携帯のメッセージの画面を見つめながら、あと1%だったのか……惜しかったなあ……と考えていた。

 あとほんの少しだけキスの時間が長ければ、晴くんの理性は全部消えちゃって、私みたいにむき出しの心をさらけ出す姿を見れたのかもしれない。

 ……いつか私が晴くんの言葉の意味が分かったら、……そうしたら、晴くんはその丸裸の心を見せてくれるのかな? それっていつなんだろう? なんてことを、携帯を握りしめながらぼんやりと考えていた。


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