ふたりで話そう・4
ぎりぎり曇りで持ちこたえていた空から雨がぽつぽつと降ってきた。
晴くんはバッグの中から折り畳み傘を取り出した。さすが。用意がいい!
傘をさすほどの雨じゃないような気もするけれど、ほんの少しの雨でも晴くんが私を濡らすわけがない。
傘を広げた晴くんの腕にそっと体を寄せる。
「やっぱり降ってきたな」
「そうやね……でも、お店やってる間はぎりぎり降らんかったから良かった」
「ああ。もうどこも店じまいみたいやな」
マルシェは、半分くらいのお店は商品を片付けだしていた。完全に商品を引き上げてしまったお店もいくつかある。
「マルシェ自体が確か五時くらいまでやったと思う」
「そうか。彩の店は早めに閉まったんか?」
「うん。商品が全部売り切れたから……」
そう、それで、早くにお店が終わったから、私はアクセサリーを見に行こうとして……
「そうか。繁盛しとってんな。俺もちょっと様子見ようと思って、部活が終わった後近くまで来てんけどな」
「え……」
そうだ、お店をやっている最中、晴くんみたいな人を見た。……でも、あの子が一緒にいて……だから私は見間違いだったのかなって思って……
「そしたら、この広場に入ったところで隣のクラスのやつに話しかけられてな。親戚が木工細工の店やっとるけど客が全然おらんくてかなわんから、サクラでええから来てほしいって頼まれてん」
「それって……」
それ、あの子のこと? あの子と晴くんは、ここで偶然会ったってこと?
二人で来てたわけじゃなかったんだ。
「そっからがちょっとバタバタしてな。その親戚の店に行ったら、俺らの目の前で親戚がぶっ倒れてん。このマルシェに出店するために徹夜で作品を作っとったらしくて、無理がたたったみたいで。救急車呼んだりしてけっこう騒ぎになっとったけど、気付かんかったか?」
「え……? ううん、そんなん全然気付かんかった……」
うちの店はうちの店で、カナくんやユウくんが大騒ぎしてにぎわってたし……ほかの店のことなんて気にする余裕はなかった。それに食べ物のお店とそういう雑貨のお店は区画が分かれているので、さらに気付きにくかったってこともあったのかもしれない。
晴くんは私を見て微笑みかけた。
「それだけ彩も頑張っとってんな。そら、終了時間よりだいぶ前に商品が完売するくらいやねんから、忙しかったんやなあ。やっぱり飲食店のブースの方が人が多かったしな」
「それは……カナくんとユウくんも手伝ってくれたから……ていうか、その親戚の人は大丈夫やったん?」
「ああ、救急車は呼んだけど、救急隊の人らが来た時には意識もはっきりして、すみません過労です! って自分で言うとったし。……で、まあその人を介抱したりいろいろしとる時に、今度はその隣のクラスのやつが、他の店で買ったアクセサリーがなくなったって騒ぎだして」
どきっとした。
それって……それって、あの子が腕にしていた……
「……もしかして、ブレスレット?」
「うん? なんで分かった? なんかあれ、人気あるか有名なやつなんか? しゃあないから俺も手伝って店の周りをめっちゃ探しまくって、ようやく見つけて。そしたらそいつはもうこれは買った袋に入れとくんやなくてずっと腕にはめとく、言うて腕につけてずーっと触って、あるんを確かめとったな」
……そういうこと!
何だ、それが実際にあったことなの?
それなら……晴くんがいつも通りなのだって当然だ。だって晴くんは、いつもの晴くんがすることしかしていない!
ほっとした私は、急に全身の力が抜けていくのを感じた。
私は傘をさしている晴くんの腕にもたれかかった。
「彩? どうかしたか?」
「ううん……雨でちょこっと冷えたかなあ?」
「そらあかんな。どっか雨の当たらん屋内に行くか」
「ん……ね、晴くん、うちに来おへん?」
私は思い切って言ってみた。
普段だったら言えないようなことだけど。でも、今なら言えるような気がした。
「うち? 彩の家か? でもいきなり俺が行ったら迷惑ちゃうんか?」
「ううん。……あのね、この土日、両親は旅行に行っててうちにおらんねん。だから二人でゆっくりできるし……」
晴くんは大きく目を見開いて私を見た。
「……え? でもそれは……」
「いっぱい働いて、汗かいて汚れたし、雨に濡れて寒いから着替えたいし……晴くんが嫌ちゃうかったら、やけど」
「そら嫌なわけない。それは……彩がええんなら……」
私は晴くんを見つめてうなずいた。
当然、嫌なわけがない。いつも、もっといっぱい一緒にいたいって願い続けているんだもの。
ちょっと思い切り過ぎたかなって気もするけど……でも、今しかないかな、と思った。
ほんの少しでも疑って、不安に思ってしまってごめんなさいって気持ちと、やっぱり晴くんは晴くんで、私が大好きで仕方ない、誰よりもそばにいたい人だって気持ちがあふれて、じっとしてなんていられない。
晴くんは小さく咳払いした。
「……そしたら、少しの間だけお邪魔させてもらってええか?」
「少しだけなんて嫌。いっぱいお邪魔して!」
私の言葉に晴くんは吹き出した。
私が言ったことで晴くんが笑ってくれた! それがうれしくて私はめちゃくちゃ笑顔になった。
私は晴くんの腕にぎゅっとしがみついた。
「ね、晴くん、私ってアホなこと言っとるなあって思う?」
晴くんは不思議そうに私を見た。
「え? いや、全然思わんけど」
「そしたら、普段私ともっと難しい話したいって思ったりせん?」
「難しい話?」
「えーと……勉強の話とか……? 政治とか! 経済とか! なんかそういう難しそうな話!」
私がそう言うと、更に晴くんは眉根を寄せて首をかしげた。
「よう分からんけど……そういう話を彩がしたいと思っとるんやったら……してもええかもしれんけど。彩は俺とそんな話がしたいんか? そういう話をするんが楽しくて、笑顔になれるって思うんか?」
晴くんの言葉に、今度は私が目を丸くした。
「え! 全然! そんな話されたとしても意味なんかひとっつも分からんもん。でも晴くん、たまには私とそういう話したいと思ってるんかなあって……そういうんができたらうれしいんかなあってちょっと思って」
晴くんは私を見て微笑んだ。
「わざわざそんなこと考えんくても、どんなことでも、その時感じたことや話したいと思ったことを二人で話して笑っていられるんが俺は一番ええと思うけどな」
晴くんの言葉はすうっと私の中に入ってきた。
……そっか……
こういうこと言った方が相手が喜ぶかな、とか、嫌われたくないからこんな話をした方がいいかも、とか……そういうことじゃないんだ。
いや、そりゃそうだ。私だって晴くんがそんな風に私と話す時に気を遣ってばかりいたら、きっと寂しくなる。
そんなことより、晴くんがその場で私と一緒にいて思ったこと、感じたこと、今この話を二人で分かち合いたいなって思ったことを口にしてくれた方がうれしい。
くだらない話でも、ツッコミどころ満載の話でも、馬鹿みたいな話でも。むしろそんな話が聞きたい。
晴くんとそんな話がしたい。
晴くんも私に対して同じように思ってるってことだよね。
……つまり私は今のまま、馬鹿なままでもいいんだ!
「晴くん、そしたら私、今思ってること言ってもええ?」
「ああ、なんでも」
「いっぱい働いたからお腹空いた! さっきまで食欲ないって思ってたけど、晴くんに会ったら急にお腹空いてきた! だからなんか食べよ! そんでデザートにめっちゃ甘いのも食べたい! 生クリーム盛り盛りのすんごいやつ!」
晴くんが朗らかに笑った。また晴くんが笑ってくれた!
「はは、そらすごいな。俺も負けへんくらい腹ペコやから、そしたらどっか安くて大容量の店探して行ってみるか」
「うん! あー、でも晴くんにうちに来てもらってゆっくりしてほしいしなあ……」
「そんなら、スーパーとか商店で持ち帰りの商品を買い込んでくとか」
「それええね! そうしよう! うちで打ち上げパーティーしよ!」
雨で少し冷えていたはずの体はすっかりあったまっていた。晴くんと過ごす、すごく楽しい計画にワクワクしてるから!
二人きりになったら……晴くん、ちょっとはいちゃいちゃしてくれるかな?
そんなこともちょこっと期待しつつ、私は晴くんと何を買っていくかリストアップしながら雨の通りを歩いていた。
晴くんと人目を気にせずくっつけてしまう雨の日って最高だなあ! なんておめでたいことばかり考えて、雨で優しくにじむ街の風景に二人で溶け込んでいった。




