ふたりで話そう・3
私が何もしゃべらないので、カナくんとユウくんの二人は様子がおかしい、と思ったのか、それ以上私に何か突っ込んで聞いてくることはなかった。
二人に何を言われても私がまともに反応しないので、二人はあきらめて自分たちでいろんな食べ物屋さんを回ってどっさりと食べ物を買い込んだ。
そのまま二人に連れられて移動し、マルシェの会場から少し離れた公園の斜面に三人で座り込む。
そこで二人は買い込んだ食べ物をすごい勢いで食べ始めた。
「ほら、彩さんもイカリング食ってええで」
ユウくんに串に刺されたイカを手渡される。
イカ……
今、全然食欲ないんだけど……
「彩さんは甘いもんがええんちゃうんか?」
カナくんがそう言って、芋のてんぷらを私に差し出した。
「甘いもんて! てんぷらやんか!」
「いや、芋なんかクッソ甘いやんけ! こんなんデザートと一緒や!」
「あ……えーと、二人とも、ありがとう。でも今、あんまり揚げ物とか……油っぽいのはええかな……」
即二人の殴り合いが始まりそうだったので、慌てて二人をなだめる。
二人は顔を見合わせた。
「どうする? 油もんしかなくね?」
「ポテト……焼きそば……串焼き……あ、焼き鳥やったら油落ちとるんちゃうか!?」
二人が相談? しているのをほほえましく見る。
「大丈夫。今食欲ないし……私はなんもいらんから、二人はゆっくり食べて」
だいたいまだ二人に何もごちそうしてなかった。これは今度埋め合わせをしないと……
私の言葉を聞いて二人も気が済んだのか、改めて買ってきたものをすごい勢いで食べ始めた。
うん、こんな感じで、私のことは気にせずもりもり好きなように食べてもらうのが一番気楽だ。
二人はよっぽどお腹が空いていたみたいで、あっという間に大量のテイクアウトを食べ尽くしてしまった。
お腹が落ち着いて気分が良くなったのか、二人は両手を上げて伸びをしてその場に寝そべった。
ほんと……二人とも自由で、悩みなんてないように見える。
でも、たぶんだけど、悩みがない人なんていないよね。ただそれを表に出すか出さないかだけで。
私は小さい声で、独り言みたいに二人に話しかけた。
「二人は……晴くんと話している時、晴くんが言ってることって全部理解してるんかな」
私の声なんか聞いていないと思っていた二人は、両手を頭の後ろで組んで枕みたいにして目を閉じていた。
でも普通にさらっと私の言葉に答えた。
「理解? まあしとらんわな。特にカナは」
「はー? んなもんお互いさまやろ!」
「部長、よう分からん難しい言葉使うもんなー。たとえ理解できても半分くらいちゃうか? でもそんなもん大したことないやろ。だいたい雰囲気でなに言われとるんかは分かるし。怒られとるんか、指導されとるんか、励まされとる時もあるかもな。俺らが言われとることを完全に理解できるなんて部長も思ってへんやろ」
なるほど……
まあ、予想通りと言えばそうかも。
晴くん、ちょこちょこ難しい言葉使ったりするもんねえ。この二人がそういうのを、いちいちそれどういう意味ですか? なんて聞くわけないよね。
私も晴くんの言葉の意味が分からないことあるけど、だいたいその場の雰囲気でこういうこと言ってるんだろうなって分かるし……
カナくんが笑いながら、からかうみたいに言った。
「ははーん、部長になんか小難しいこと言われて悩んどるんか?」
私の聞き方だったらそう思われても仕方ないか。私も小さく笑いながら、違うよ、と言った。
「晴くんは……難しいことなんかなんも言わんよ。でもほら、私頭悪いし……もしかしたら晴くんは私と話してても、レベルが低すぎてつまんないって思ったりするんかなあ。自分と同じレベルの話ができる人と話してる方が楽しいって思ったりするんかなって……ちょっと思っただけ」
「うっわ、なにそれ、しょーもな!」
ユウくんが馬鹿にしたような口調で言って肩をすくめる。
「レベルってなにそれ? 下らんこと考えんねんなあ」
「そう……かな。でももし晴くんが難しい話を私としたいと思ってたとしても、私はついていかれへんし……そういう時、晴くんは私にがっかりしたりせんのかなあ」
それで、もし他の女の子がそういう話に楽しそうに乗ってくれたら……晴くんはその子と話したいなって思うようになったりしないのかな。
ユウくんは、ぴょん、と上半身を起こし、私を指さした。
「彩さんは知らんやろうけど、俺、めっちゃ冴えとるしかしこいねん。俺が素晴らしい例え話をしてやろう」
ユウくんの言葉を聞いて、カナくんが鼻で笑った。ユウくんはそんなカナくんのおでこを手のひらでバシッとはたいた。
「例えばやなー、部長が宇宙人に乗っとられて、宇宙語しか話せんくなったとする。そしたら彩さんは部長を嫌いになるか?」
「……うん?」
ちょっとよく意味が分からない……
カナくんは、宇宙人! と大げさに言って、爆笑している。
ユウくんは首をかしげて、うーん、と考え込んだ。
「ちょっと分かりにくかったか……そしたら、部長がある日事故で記憶喪失になって、日本語をしゃべれんくなる。しゃべれるんはなぜか英語だけや。そしたら彩さんはどうする? どないしたって言葉での意思疎通は無理や。そしたら部長と会話するんはあきらめるか?」
……また分かりにくい例え!
でもまあ、言いたいことは何となく分かる。
「別にそんなん……英語やって、私も単語くらいちょっとは分かるし、そういうんで意思疎通するよ。日本語しゃべれんくなってるんは晴くんのせいちゃうでしょ? 別に気にならへんし。晴くんは晴くんやもん。私に伝えたいことはなんなんか、一生懸命汲み取ろうって思うし、私も伝えたいことがあったらなんとか頑張って伝えようって思うし。どんな内容でもかまわんもん。たとえくだらないことでも、私と話したいって思ってくれることがうれしいし……」
……あれ?
これって……
ユウくんが言いたいことって……
ユウくんはニヤッと笑った。
「そういうことやろ。お互いの言っとることがよく分からんかったとしても、お互いがおればええんやろ。そんなん日本語でも英語でも難しい言葉でも変わらんやろ。だいたい彩さんとおる時の部長見て、もっと小難しい会話したいのに彩さんはアホやから無理かーとか思っとるんやろうなーなんて考えるやつおらんで。とにかくただ彩さんとしゃべりたいんやろ。内容なんかどうでもええんちゃうん? 彩さんやって一緒やろ。部長となんか意味のある会話せなおもしろないなーって思っとるんか?」
「……ううん……思ってへん……」
ただ晴くんと一緒にいたいから。晴くんが私を見て、私に対して話してくれている、その声が聴きたい。ただそれだけ。
……晴くんも一緒なのかな……
カナくんは馬鹿にしたようにユウくんに茶々を入れた。
「お前、ほんまもんのアホやなー。わざわざいらんこと言うて」
「どこがアホや! めちゃくちゃかしこいやんけ!」
そのまま二人は距離を取りながらお互いにはたいたりゴミを投げ合ったりしだした。めちゃくちゃ力を入れて投げるので、当たらなかったゴミは割と遠くまでぽーんと飛んで行った。
「ちょ、ちょっと二人とも! ゴミ投げへんの! ほら、ちゃんと拾って!」
私は慌てて二人をなだめて、散らかったゴミを集めるために立ち上がった。
もう! すぐにこれだ。いくら喧嘩するほど仲がいいって言っても、二人とも簡単に熱くなりすぎ!
私がずいぶん遠くまで放り投げられたゴミを取りに歩いていっていると、私の目の前でそのゴミを拾ってくれる人がいた。
あ、この手。
視線を上げると、晴くんが立っていた。
「……晴くん……」
一瞬どうしよう、と思ってしまう。胸がぎゅっと痛くなって、さっき見た光景がフラッシュバックする。
でも晴くんは普段と変わらない様子で私に微笑みかけた。
「四時になったから、そろそろ終わったかなと思って店に行ってみたら、もう片付けも済んで誰もおらんからびっくりした。誰もおらんけど、彩はまだこの辺の店をうろうろして見とるんかなと思って探してみたら、やっぱりおったな」
そして晴くんはゴミを持ったまま双子の方に歩いていった。
晴くんの姿に気付いたカナくんとユウくんは、まさに蛇に睨まれた蛙みたいに硬直して、顔を見合わせた後、急いで周囲のゴミを拾い集めた。
「あー! 部長、おつかれさまっす! 俺らほら、ちゃんとゴミ拾いしとりました!」
「……それ、お前らが散らかしたゴミやろ」
「えっ? そ、そうっすか!? そら気付かんかったなあ! ほら、俺ら、他人の出したゴミも自分のものみたいに拾ってまうから! キレイ清潔がモットーなんで!」
……二人とも、めちゃくちゃ言ってるなあ……
二人に、ちゃんと周囲も含めてゴミひとつないようにしとけよ、と言って、晴くんは私の方にやってきた。
「よし、そしたら行こう」
……全然、ほんの少しも不自然なところがない、いつも通りの晴くんだ。




