ふたりで話そう・2
午後になると、やっぱり少しずつお客さんは増えてきて、お店は並んで待っている人も現れだした。
こうなると焦る……
早くしなくちゃ! と思うと、かえって注文を忘れちゃったり、お会計の時に金額を間違えて伝えてしまったりする。
ああー、駄目駄目、焦るな……!
幸いお客さんはのんびりした感じの地元の人が多いので、私が間違えても怒ったりするような人はいなかった。これも注文してましたよーって声をかけてくれたり、私がお釣りの計算をしようとすると自分の携帯で計算した画面を見せてくれたりした。
ああ、なんて心優しい人たち……!
私が必死で接客をしていると、お客さんの行列の後ろに、見知った大きな人物が並ぶのが見えた。
「あ」
カナくんとユウくんだ。
そっか、午前の練習が終わったんだ。
で、食いしん坊の二人はマルシェに食べ物を物色しに来たんだな。
二人も私を見ていて、三人の視線がばっちり合う。
これは!
私は二人を手招きした。
二人は顔を見合わせて、首をかしげながら、行列を抜けて私の方に歩いてきた。
「おう、彩さん、繁盛しとるやん」
のんびりと言うユウくんに、私は真剣なまなざしを向けた。
「ちょっと二人にお願いしたいことがあるねんけど……」
「「なに?」」
二人がハモる。
「この行列がなくなるまででええから、お店のお手伝いしてくれへん? あとでなにかごちそうするから!」
私がキッチンカーの中にいる家庭科部の子の方を見ると、彼女も忙しさに目を回していたからか、ぶんぶん、と首を縦に振った。
「えー、せっかく部活休みやのに手伝い?」
「ええで! なにごちそうしてくれるん? 金額に上限ある?」
二人が口々に言うのを、とりあえず両手で制する。
「えーと、細かいことは後で! ユウくんはお客さんの注文聞いて、このメモに書いてくれる? カナくんはこの料金表見て、お会計お願い。ここに電卓あるから」
私はカナくんに電卓、ユウくんにメモ帳とペンを渡した。これで私は商品を選んで袋詰めしたりお客さんに渡すことに集中できる!
二人は顔を見合わせ、ちょっと肩をすくめた。でも諦めたのか、すぐにさっと接客に入ってくれた。助かったー!
でも、二人に助っ人をお願いしたのは、果たして良かったのかどうか……
二人ともすごく背が高いし、頭は金髪と赤髪で派手だし、かっこいいし、しかも双子! めちゃくちゃ目立つ。だから、とにかく集客力がすごかった。
そのせいで、それまでよりも行列はものすごーく長くなってしまった。
さらに、ユウくんはお客さんから注文を聞いても、勝手に追加してしまう。
「えーと、パフェとレモンソーダね。それからアイシングクッキーも!」
「え、クッキーは頼んでないですけど……」
「ええやんええやん。せっかくやねんから、買っとき! お姉さんクッキー好きそうな顔しとる! しかもこのクッキー、こんなにでかいのに一枚百円! このご時世、安いやん! きっとソーダにも合うで~」
「そうやねえ、そしたら買っちゃおうかなあ。二枚追加で!」
「ええねえ、まいど!」
ユウくんがメモに書いた注文品を準備しながら、私はこれ、いいの……? とちょっと焦っていた。無理矢理買わせてるんじゃないよね!?
カナくんはカナくんで、計算がめちゃくちゃで間違えまくっていた。
「そしたら会計ねー。えーと、これとこれと……うーん、五千円?」
「え!?」
「おかしいな、そんなにならんか……じゃあまけとこか。千円でええわ」
「ちょっとカナくん!? 変なことしないで! ちゃんと計算して!?」
私が慌ててカナくんに言うと、カナくんはめんどくさそうにお客さんに電卓を差し出して、ちょっと計算してもらってええ? とお客さんに計算をやらせようとする。
お客さんがためらいながら電卓を使って計算して、お金を受け取ってお釣りを渡す時に、カナくんは満面の笑みを振りまいた。
「ありがとな! お姉さんのおかげで俺めっちゃ助かった!」
どうやらその笑顔は他人を魅了するらしく、お客さんは頬を染めながら「全然ええよ!」と言って笑顔で去っていく。
そのうちカナくんはお客さんと握手まで始めた。
……何これ。ファンサ?
いや、これ、ほんとにいいの?
二人がお客さんと世間話をしている間、一瞬、空き時間ができた。
めちゃくちゃ忙しかったけれど、一息つける。私はふう、と深呼吸して、会場を見渡した。
……うん、こんなに長い行列ができてるの、うちの店だけだな……
カナくんとユウくん、二人のおかげというか、二人のせいというか。
その時、離れた場所に、晴くん……のような人がいるように見えた。
……あれ?
違うかな。他にもお客さんがいっぱいいるので、今私が見かけた人が晴くんだったのかはっきり分からない。
私は頭の位置を動かしながら、もっとよく見ようと目を凝らした。
……すると、やっぱり晴くんがいた。
晴くん! 晴くんも部活の後、ここの様子を見に来てくれたのかな?
そう思っていたら、晴くんが誰かと一緒にいるのに気付いた。
誰?
晴くんより背が低い……ということは、ハンド部の人じゃないってことだよね。
じっと見てみると、それはあのマナミという隣のクラスの女の子だということが分かった。
……え?
どうして?
どうして晴くんが、彼女と一緒にここに来ているの?
私がこのキッチンカーにいるって知ってるよね? それなのに……
「はい、彩さん、オーダー」
ふいに声がかけられ、ユウくんが私にメモを渡した。
私ははっとしてメモを受け取った。
「パフェ一個って言うとったけど、食える言うから二個な! ええねえ、俺やったら十個くらい余裕で食えそうやけど!」
ユウくんの言葉を聞いて、お客のおばさんが楽しそうに笑っている。
……そうだ、今仕事中だし……
私はすぐに中の家庭科部の子に注文を伝えた。
そう、あとはカナくんが会計を間違えないようにちゃんと見とかなきゃ。
ぼんやりしてる暇はない。
でも……
……晴くん、ここに来たんなら、そのうちこのお店にも来るよね? その時、あの彼女と一緒に来るのかな……
いや、あの子とはここで偶然会っただけかもしれないし。
そうだよ、その可能性が高い。
晴くんがわざわざ女の子と二人でここにやって来る、なんて不自然だもの。
うん、きっと偶然だ。
晴くんはきっとすぐにここに来てくれる。
私はそわそわしながら晴くんが来るのを待っていた。
でも晴くんはお店にやって来ることはなかった。
お店は、三時前にはすべての商品が品切れになったので終了することになった。
「はー! こんなにずーっと忙しいと思わんかった! でも大繁盛でめっちゃうれしい! 彩、ありがとねー! それからそこの二人も!」
家庭科部の子が満足そうに笑う。
「いや、ほんまにここまで忙しいとは……天気もあんまり良くないし、このマルシェのお客さんの入りを考えたら、ありえへんレベルで混んでたね」
私もぐったりしてキッチンカーの壁にもたれかかった。
つ、疲れた……!
「なんや、この程度で疲れとるんか。よっわ!」
「まあ俺らのおかげでこんなに繁盛してんから感謝してもらいたいな。客も大喜びやったやろ」
二人はケロッとしている。
いや、確かにお客さんがこんなに多かったのは二人のおかげなんだろうけど! でも限度があるでしょ……! カナくんにいたっては、戦力だったのかどうかも怪しいレベルだし。
商品はすべてなくなったので、後はレジを閉めて、キッチンカーの返却のために学校から先生が来るのを待つだけだ。
私たちはお役御免になった。
「彩、休みの日にありがとね! ほんま助かった!」
満面の笑顔で手を振る同級生に、私たちも手を振り返してキッチンカーを後にする。
「さー、そしたらなにおごってもらおっかなー。俺はパフェとかより肉がええな」
マルシェに並ぶお店をじーっと見ながらユウくんが言う。カナくんは両手を頭の後ろで組んで伸びをした。
「俺も肉かたこ焼きか……あっちの方は? 食いもん屋ちゃうんか」
カナくんが視線を移した先は、アクセサリーやインテリアのお店が集まっているところだった。
「……あ、そうや、私ちょっとアクセサリー見たいねんけど」
私が言うと、二人はあからさまにつまらなそうな顔になった。
「食えんもんに興味ない! そしたら俺らはこの辺で食いもん見とるから、彩さんはさっさとそのよう分からんやつ見てきたら?」
「そ、そう? そしたらちょっと行ってくる」
私は二人から離れて、さっき見たアクセサリーのお店の方に歩いていった。
歩きながら晴くんのことを考える。
……さっき晴くんを見たって思ったの、私の気のせいだったのかな……
だってここに来たんなら、晴くんが私のところに来ないなんてありえなくない? 晴くんは一人でふらっとこんなところに来るような人じゃないし。
……あの子。
あの子に誘われたから……?
いやいやいや、それこそあり得ない。晴くんが私が嫌だなって思うようなこと、するわけない。
だからやっぱり、晴くんとあの子を見たと思ったのは、私の気のせいなのかも。
そうだよ。
アクセサリーを見て、いいなって思うのがあったら買って、その後カナくんとユウくんにお礼に何かごちそうして、そしたら晴くんに連絡しよう。
今日はせっかくデートできる日だもん。
そのことだけ考えよう。
私が人の波をぬってアクセサリー屋さんに近付いた時に、また見覚えのある人影が見えた。
ぎくっとして立ち止まる。
やっぱり。見間違い……じゃない。
晴くんと、あの子だ。
二人はお店の前に立っていた。周りに人がいるけれど、立ち止まって向かい合っている二人は、一見カップルみたいに見えて……
彼女は晴くんを見つめて、腕につけたブレスレットを大切そうになでている。
「瀬戸くん、これ、ありがとう」
彼女がそう言っている声が、はっきり聞こえた。
「……」
驚いて何も言えず立ち尽くしている私に、彼女の方が気付いた。
彼女は私を見て、唇の端を上げて笑った。
まるでガラスの破片で心臓を一突きされたみたいな痛みが走る。
私はくるっと踵を返し、二人に背を向けて必死で食べ物屋さんが集まっているコーナーへ急いだ。
途中で自分が息をしていなかったことに気付いて、ひゅうっと大きく息を吸う。
……今の、何だろう?
私、今、何を見たんだろう?
私が必死で歩いていると、串焼き屋さんの前でメニューを見ているカナくんとユウくんの姿が見えた。
二人が私に気付いて振り返る。
私は二人の前で足を止めることができなくて、そのままドン、と二人の体にぶつかった。
「うわ、なに突進してくんねん」
「距離感分からんくなるくらい疲れとるんか?」
あきれている二人の服の裾を、私は両手でぎゅっと握りしめた。
「なんや? おーい、彩さん?」
ユウくんが私の目の前でひらひらと手を振る。
見えてるよ。
見えてる。二人の姿も、手も。晴くんも、あの子も。腕でキラキラ輝いていたブレスレットも。
見えていない方が良かった。




