ふたりで話そう・1
私は廊下で晴くんと話していた。
「彩、今週の土曜ってなんか用事あるか?」
晴くんに問われて首をかしげる。
「土曜……?」
「ああ。その日、練習が午前だけになったから、午後良ければどっかに出かけられるかなあと思って」
「……え! ほんま!?」
やった! 普段、ずーっとずーっと忙しい晴くんと、休日の午後丸々一緒にいられるの!?
もちろん暇やで! と言おうとして、あれ? と何かが引っかかる。
……何か……何かあったような気がする。普段は私は部活をしていないので、土日なんて丸々空いているのに。
そこではっとした。
私はしゅんとして晴くんから視線をそらしてうつむいた。
「あー……今度の土曜は……家庭科部の子の手伝いでマルシェに行かなあかんのやった……」
「マルシェ?」
「そう。学校近辺の商店街の人が、公園の広場でマルシェをやるねん。そこで家庭科部が食べ物屋さんで出店することになっとって……。でも一人が感染症で出席停止になっとって、週末も来られへんから、手伝ってほしいって言われててん。それに行かんと……」
ええー、でも晴くんとお出かけしたい……!
めったにない機会なのに。
……でも、手伝うって言ってしまった手前、断るのも……
私がうわー、と頭を抱えていると、晴くんがぽんぽん、と私の頭をなでた。
「その店は? 何時まで?」
「え……一応四時までってなってる……」
「それからでも、普段に比べたら充分いっぱい時間あるし。彩はしんどくて大変かもしれんけど、その手伝いが終わった後、少しだけ一緒に過ごさへんか?」
「……それでもええ? 私、なんとか手伝い断って……」
「そんなことしたら、彩は一日中ずーっとそれを気にして過ごさなあかんくなるやろ。せっかく一緒におれるねんから、心配事なんかない状態の方がええやんか。普段は俺のせいで一緒におられへんねんから、彩に用事があるんも当たり前のことやん。彩はちゃんと任された仕事をやりきって、すっきりしてから俺に付き合ってもらいたいねん」
うわー、晴くん、出来すぎの彼氏だ……!
いや、その手伝いの先約を断ってでも晴くんと一緒にいたかったのは私なんだけど。でも絶対後々まで気になっちゃうことも分かってるからなあ……
だから今回は晴くんの言葉に甘えよう。
「うん……そしたら、土曜日、四時からデート、ってことでええ?」
「もちろん。楽しみにしとる」
「うん!」
私たちがにっこり笑い合っていると、瀬戸くん、と晴くんを呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を見ると、隣のクラスの女子生徒が立っていた。
「瀬戸くん、先生が呼んでる。こないだのスピーチコンテストの件」
「ああ、分かった」
晴くんはそう答えてから私の方を見た。
うん、分かってるよ。職員室に行くんだよね。数少ない学校でのおしゃべりの時間だったけど、これでおしまい。
私は晴くんに笑いかけた。
「そしたら私は教室に戻っとるね」
「ああ。またあとでな」
晴くんはそっと私の肩に触れてから、女子生徒の方へ歩いていった。
……晴くんて、本当にいつでも忙しいんだなあ……
晴くんを呼んだ女子は、笑顔で晴くんに話しかけている。それを見ているだけで少し心がざわっとした。
……私って嫉妬深いな!
私はぎゅっと目を閉じて首を振った。
さっさと教室に戻ろう。
放課後、教室の掃除を済ませてゴミを焼却炉に運んでいる時に、中庭でおしゃべりをしている女子生徒たちがいるのが見えた。
私が彼らのそばを通り過ぎている時に、はっきりと『瀬戸くん』という言葉が聞こえた。
私は視線を上げて彼女たちを見る。その中に、晴くんとスピーチコンテストに行っていた女子がいた。
「そうなんやー、瀬戸くんって、割とおもしろいんや?」
「そうやねん。普段あんまり話したことないから分からんかってんけど、めっちゃ知識豊富やけど偉ぶってへんし自分をおもしろく落とすこともできるし、あんなに親しみやすい人やと思ってへんかったわ」
「マナミは頭いいから、瀬戸くんと話も合うんちゃうん?」
「どうやろ。でも自分と知識レベルが同じくらいの人と話すんは、こういう言い方しても理解してもらえるかなって気を遣うんがないから楽でええよね」
「えー、実はめっちゃお似合いなんちゃうん? 瀬戸くんの方もマナミと話すんは楽しいって思ってるんかも!」
彼女たちが盛り上がっておしゃべりしている横を、私はうつむいて通り過ぎた。
そっか……あの子……マナミって言ったっけ。あの子は賢いんだ……。そりゃそうか。スピーチコンテストに出るくらいだもんね……
知識レベル……かあ……
確かに私は馬鹿だけど……どれだけ勉強しても赤点ばっかり。理解力がないんだろうなあ。記憶力もないし。晴くんが話している最中に難しい言葉を使っているのを聞いて、何だろ? って首をかしげちゃうことだってあるもんね……
そういうの、晴くんから見たら、つまんなかったのかな……
そりゃ、私と話していたって新たに勉強になるようなことなんて何もないよね。私、何も知らない、何も分かってない馬鹿だもん。
……あー、駄目だ、めっちゃマイナス思考!
私は焼却炉にたどりついて、ゴミを思いっきり投げ入れた。
別に……気にすることなんかない。晴くんは私が馬鹿なのを知っていて、それでも好きでいてくれてるんだもの。
晴くんと、あのマナミって子。あの二人にだけ分かる世界があったとしても……そんなの仕方ない。だって二人と私じゃ頭の作りが違うし……
「おい、彩さん邪魔やねんけど」
ぼんやりと焼却炉の前に突っ立っていた私に、突然背後から声がかけられた。
振り返ると両手に大きなゴミ袋を持ったカナくんが立っていた。
「あ、ごめん」
私がその場をよけると、カナくんはなぜか後ずさって距離を取った。
「カナくん?」
「ふっ……見よ、俺のこのコントロール!」
そう言ってカナくんは焼却炉に向かって大きなゴミ袋を放り投げた。
ふたつのゴミ袋は放物線を描いて、焼却炉の開かれた扉の隙間に吸い込まれていった。
ドサドサ、とゴミがぶつかる音がする。
「どや!」
両腕を組んだカナくんは、体をのけぞらせて自慢げに笑ってみせた。
……おお、なんて悩みがなさそうなんだ!
私は思わず吹き出した。
「あは、すごいねえ。ゴミ投げるんはどうかと思うけど……」
「どうせ燃やされるねんから一緒やろ! やっぱ俺のコントロール最強やな!」
カナくんはまるで周りに観衆がいて(実際には私以外は誰もいない)その歓声にこたえるように両手を上げて四方八方に振ってみせた。
あー、カナくんは自由でいいなあ……
「カナくんって、全然悩みなさそうやね?」
「なんやそれ、褒め言葉か?」
「めっちゃ褒めてる!」
「ならええ。悩んで腹が膨れるならええけど、そんなもん時間の無駄や。俺のこの素晴らしいコントロールを周囲に知らしめることより優先せなあかんことなどない!」
……なんか言ってることめちゃくちゃだけど。周囲には私しかいないけど。
でも何も考えていなさそうなカナくんが、ただ本能のまま行動している姿は、すごく力強くて何だか励まされたような気がした。
土曜日は、あいにくの曇天だった。
たまにぽつぽつと雨も降っている。そのせいかマルシェの人の入りはあまり多くはないようだった。
家庭科部のお店は十時から四時まで。借り物のキッチンカーで、焼き菓子や、プラスチックカップにブラウニーやホイップクリームやフルーツを乗せたパフェみたいなの、それにカラフルな炭酸ジュースを販売する。
私はもちろん販売スタッフだ。ジュースを作ったりパフェを作るのは……まあ、誰も不器用な私にやらせようなんて思わないよね……私もそんな荷が重い役は無理!
そんなわけで、私はやってくるお客さんに注文を聞き、商品を渡し、お会計をして……という作業を繰り返した。
お昼前のお客さんが少ない時に、マルシェを見てきていいよー、と言われたので、ぶらりと一通り広場の他のお店を見に行った。
食べ物屋さんだけじゃなくて、手作りのインテリアやアクセサリーを売っているお店もあって、眺めているのは楽しかった。みんな一生懸命個性を出して制作した作品を並べて、買ってくれる人はいるのかな、気に入ってくれる人がいたらいいなって待ち受けている。
ものづくりをできる人ってすごいなあ……と、いろんなお店を眺めながら私はひたすら感心していた。
キラキラしたガラスのアクセサリー屋さん。あれ、仕事が終わった後にまた見に行こうかな。イヤリングとかリングとか……普段つけるわけじゃなくても、見ているだけで幸せになりそうなかわいいアクセサリー、ちょっと欲しいなあ、なんて考えながら自分のお店に戻った。




