ボディガード・3
ユウくんが走り去っていった後も、しばらく私はぽかんとしていた。
「……え……? どういうこと? ユウくんは大丈夫なん? だって……」
晴くんは腰に手を当てて苦笑した。その顔は、何も心配することはないのだと私に告げていた。
「見ての通りや。ぴんぴんしとったやろ」
「でも、あんなめっちゃ固そうな棒に頭ぶつけて……安静にしとかんくてええん?」
「彩が心配するんも分かるけど、見たところ額が赤くなってたんこぶできとったくらいやったで。男は割と子供の頃からいろんなところに頭ぶつけたりしとるから、慣れとると言えば慣れとるんやろうな」
……本当に? だってあんなに痛そうっていうか、苦しそうにしてたのに?
「ほんまに大丈夫なんやったらええけど……だって、ユウくん本人ももう死ぬとかめっちゃ言うとってんで? 脳みそ壊れたとかもう無理とか死ぬとか来世とか……」
「来世?」
「そう、来世……」
ん? 最近そんな言葉を聞いたような……
……そうだ! あのゴミ拾いの河川敷! あの時、私が来世って言葉を使ったら、ユウくん、めっちゃ笑って馬鹿にしてた! そんな言葉をあの場面で使うってことは……
考えてみれば、本当に死にそうだったら、わざわざ死ぬとか言わないよね!?
……本当に冗談だったんだ……!
「うわー、また騙された……」
私は頭を抱えた。
晴くんが慰めるように私の肩をぽんぽん、と叩いた。
私は口をとがらせて晴くんを見た。
「……晴くん、おかえりなさい。スピーチコンテストおつかれさま。ここにおるってことは……職員室に寄ってたん?」
「ああ、そうやで。ただいま」
「晴くん、私ってやっぱりアホなんかな? 騙されてばっかりや」
晴くんは私を見て優しい目で笑った。
「アホちゃうよ。ただただ優しいんや。で、悠太は……彼方もなんやろうけど、彩のその優しさが分かっとるから調子に乗ってまうんやろな。彩にしたらたまったもんちゃうやろうけど」
「……別に私、なんも優しくないもん。騙されたら腹たつし怒るし、もう! ってなるし。二人にボディガード頼むんもめんどくさいなあって思うし……」
晴くんは私を促して物品庫から廊下に移動した。そして物品庫の電気を消して、ドアを閉めた。
「分かってる。それでも彩の本質は優しいと思う。それが周りの人間にも伝わっとる。その優しさに付け込まれるんちゃうかと俺はいつも心配しとる」
「いや、全然そんな心配いらんし。晴くんがいつも私のこと見てくれてるから、私は安心してるよ」
「……そうやな、ちゃんと見とかんとな」
晴くんは優しく私の頭をなでた。
私たちは一緒に教室に向かって歩き出した。
「あーあ、それにしてもびっくりしたなあ……あんなに丈夫そうなユウくんがぶっ倒れるとか思わんやん? しかも遺言みたいに死ぬとか来世は、とか言いだすし」
晴くんは肩を揺らせて笑った。
「はは、遺言か。悠太の遺言やったら、死ぬ前に腹一杯食いたかった、とか来世は富豪になって世界中のうまいもん食いつくすとか考えとったんかな」
「そういうん、考えとったかもしれんけど……来世は……なんやっけ? 来世も会おう……? 来世も一緒に遊ぼう? なんて言うとったっけ?」
あの時、だんだん声も力がなくなっていって、言葉の最後の方はよく聞こえなかったんだけど……
来世は一緒になろう。
……うん?
気のせい?
だって、ユウくんがそんなこと言ったりする? 来世とか全然信じてなさそうなのに。
それに、そんなセリフ……まるで、この世では結ばれることがなかった悲恋の恋人同士の言葉みたい。
やっぱ気のせいか聞き間違いか……
あ、もしかしたら来世は一緒に料理修業するぞ、とかだったのかもしれない。
私の下手なクッキーが最後の食事だなんて無念すぎると思われたのかも……
……そうだ! パウンドケーキ!
料理で思い出した。
家に帰ったら作り方を調べないと!
隣を歩く晴くんを見上げる。
……本当は、上手に作ったお菓子を、一番に晴くんに食べてもらいたいのにな。
でも今のところ、食べてもらえるようなものをまったく作れていないんだけど。
よーし、家に帰ったら、めちゃくちゃ検索しまくって、何とか失敗しないで作れるようなレシピを探そう!
それで晴くんに一番上手にできた部分を食べてもらうんだ!
そんなことを考えながら、私が晴くんを見つめていると、晴くんが私の視線に気付いた。
「……どうした?」
「ううん。晴くんに喜んでもらえるようにがんばろって思っただけ!」
「……なんの話や?」
「こっちの話!」
首をかしげている晴くんに笑いかけると、晴くんもつられたように笑顔を見せてくれた。
うん。こうやって、晴くんがそばにいて、そして笑ってくれるから……
だから、お尻をぶつけたり近くで人がぶっ倒れたりしてさんざんに思えた今日も、最終的にいい日だ!
私はほんの少しだけ晴くんの腕に自分の腕をくっつけて、二人が触れ合っているぬくもりを味わっていた。




