ボディガード・2
足取りも軽く屋上に戻り、いびきをかいて眠っているカナくんのそばに座る。
私はうきうきした気分でプリンパンの袋を開けた。
「あ、そうや、そこのタッパーにクッキー入ってるからね」
ユウくんに声をかける。
ユウくんはタッパーを引き寄せ、ふたを開けた。
「えらい香ばしい匂いしとるクッキーやな」
「あー……えーと、チョコクッキーね! さっきカナくんも食べとったから、食べられると思うよ」
私の微妙な言葉なんてほとんど聞かずにユウくんはクッキーを口に放り込んだ。
普通に嚙もうとして噛めなかったからか、力を入れたみたいでガリッと大きな音がした。
「めっちゃ固い」
「……やっぱり? さっきカナくんも、石みたいに固いって言うとった……」
「歯欠けそうやな」
「え!? えっと、無理して食べんくてええからね? 残してもらって全然ええから!」
歯が欠けるレベルで固いって、もうそれ、クッキーじゃなくて凶器じゃない!
どうしてなんだろう……ちょっと焼きすぎたかなあ……でも焼きすぎただけでそこまで固くなるものなのかな……
「まあ嚙みごたえがあると言えなくもない。味は焦げとるから苦い……いや、香ばしいけど食えんレベルちゃうし、いけるいける」
そう言ってユウくんはガリガリとクッキーを噛み砕いている。
おそるべし食い意地……!
……うーん、お菓子作り、成功したら晴くんにもあげようって思ってたけど……これは到底無理だなあ……
もうすぐお昼休みも終わりなので、三人で屋上を後にし、校舎内の階段を下りていく。
結局ユウくんはクッキーを全部食べた! タッパーに山盛り入っていたクッキーすべて! 大丈夫なのかな……お腹壊したりしないといいんだけど。私のせいで体調崩されると怖いんだけどな……
「んー、あの量のクッキー平らげるとさすがに腹いっぱいやな」
私の後ろで階段を下りながら、ユウくんはお腹をさすっていた。
「あの、ほんまに無理せんといてね……?」
クッキーはしばらく作るのはやめておこう。
もうちょっと簡単なお菓子ってないかなあ……クッキーより簡単なお菓子なんてあるかな?
「あ、そしたら次はパウンドケーキ作ってみようかな。確か材料の分量が全部同じで簡単って前なんかで見た気がする!」
私がカナくんとユウくんを振り返ってそう言うと、膝ががくん、と折れた。
「えっ?」
自分の体が後ろを振り返った変な体勢のまま、ふにゃ、と落ちていくのを感じる。
「おい!」
ユウくんがとっさに手を伸ばして私の腕をぐいっと引き、腰を抱き寄せた。
引き寄せられた私はユウくんの体にどん、とぶつかったけれど、おかげで足を滑らせたまま階段から落ちずにすんだ。
「……え? なにこれ?」
「もうちょっとちゃんと前見ろや。そこ床やなくてまだ階段やで」
その言葉で、私は階段を下りきったと思って振り返ったのに、実はまだ足元に階段が残っていて、足が宙に浮いたみたいになってバランスを崩したんだと分かった。
「……あ、そ、そうか、ユウくんありがと……」
転びそうだったところをしっかり助けてもらってる!
これは! まさにボディガードの仕事っぽいのでは!
私はそう思っていたのに、ユウくんは突然私の体からぱっと自分の手を離した。
「え?」
ユウくんの体に支えられていたとはいえ、私は変な体勢のままだった。それなのにユウくんがいきなり手を離してしまったので、私は自分の体勢を元に戻すことができず、そのまま体をふらつかせて階段から落ちてしまった。
「わあ!」
たった一段だけど、階段から落ちた私はどすん、と尻もちをついた。
えええええ!?
いやいや、何なのこれ!
ユウくん、私を助けてくれたんじゃないの? それなのにどうしていきなり手を離すの!? 結局私、普通に階段から落ちたんですけど……!
「あれ? あー、彩さん、悪い」
ユウくんはそう言って、尻もちをついて呆然としている私の前に来て、手を差し出した。
「あの、これ、なんなんすかね……」
私は恨みがましく言いながらユウくんの手を取って、体を引き上げて立たせてもらった。
「んー、なんか気付いたら手離しとった。悪い悪い」
全然悪びれずにユウくんが言う。
そのユウくんの斜め後ろで状況を見ていたカナくんが、お腹を抱えて笑っている姿が見える。
何なの!?
一応体を確認してみたら、尻もちをついたお尻以外はどこも痛くないから……無事ではあるんだけど。
何だか私は裏切られた感でいっぱいになった。
ああもう、右のお尻が痛い……
もちろんユウくんを責めるのはお門違いって分かってますよ!? もともとは注意不足で足を踏み外した私が悪いんだから。
でも一度支えて助けてくれたのに、その手を離しちゃうとかある!?
私が体勢を整えるまでほんの数秒待っててくれたら良かったのに!
……でも過ぎたことを言っていても仕方ない。
放課後、私は先生に頼まれて、段ボールにどっさり入った白地図を運んでいた。地味に重い……
腕とか足とかは別に何ともないので、こういう仕事もできちゃうわけで……でも歩く時にお尻がじわーっと痛いかな。
私が歩いていると、突然持っていた段ボールがふわっと持ち上げられた。
ん? と思って隣を見ると、ユウくんが段ボールを持って立っていた。
ジャージ姿にバッグを肩から下げて……これから部活か。
「またなんか仕事しとる」
「……私は部活してへんし暇なので! その段ボール返してくれる!?」
あ、ちょっと言葉に棘があるな。まだお尻痛いからね……
ユウくんは苦笑して肩をすくめた。
「そんな怒んなや。サービスでこれ運んだるから」
「けっこうです!」
「はいはい、そんなツンケンしとったら眉間にしわできるで」
「う……」
思わず手で自分の眉間を押さえる。そんなとこにしわができたら嫌だもの。
私はあきらめてため息をついた。
「で、これどこに運ぶん」
「……職員室の横の物品庫」
「はいよ」
ユウくんは一応私に悪いと思っているのか、今回はお菓子をねだってこなかった。
珍しい……! ユウくんでも気を遣うことがあるのかあ。(本当に気を遣ってるかは定かじゃないけど)
「……で、彩さん、今度はパウンドケーキ作るん」
「え……」
そういえばそんな話をしてたっけ。家にある材料で作れるのであればそうしようかなあ。
「パウンドケーキという名のどんなごっつい代物ができるんか楽しみやな」
「失礼な! ちゃんとレシピ見ながら作ったら、たぶんちゃんとできる……と思う」
「へえ? そんなら今日のクッキーは? あれは作り方は調べたんか?」
「そりゃもちろん……レシピ見んと分量とか作り方なんて分からんし……」
そして、レシピ通りに作ったはずのクッキーは、なぜかガッチガチに固かった……
ああ、自分の料理の才能のなさが恨めしい。
でもでも、パウンドケーキってどうやら簡単らしいし? 今度こそはうまくいくんじゃないかなあ?
「ま、どんな毒みたいなケーキが来ても俺の鋼鉄の胃腸なら平気やからな。心配すんな!」
「いや、毒って!」
でも確かにユウくんは、あのガチガチクッキーも全部食べてたもんな……。胃腸が丈夫なのは確かみたい。
物品庫のドアを私が開け、ユウくんが中に入った。
う、中、埃っぽいな……
私も一緒に中に入って電気をつける。段ボール、どこに置いておこう、と思って、いろんなよく分からない物品がぎっしりと押し込まれている棚やテーブルを確認する。
「んーと……あの隅っこのちょっと空いてるところに置いとこうか」
私が言うと、ユウくんは首を回して、私が示した空き場所を確認してそこへ行こうとした。
その直後に、ゴン、と大きな音がした。
「いって!」
ユウくんが大きな声を上げる。
「えっ? ユウくん?」
私が驚いてユウくんを見ると、ユウくんは額を押さえてよろよろとその場にしゃがみこんだ。
よく見てみると、ユウくんが立っていた場所に、棚から金属製の棒のようなものがはみ出て置いてあって、ユウくんはその棒に頭をぶつけたようだった。
かなり……重そうで厚みのある、金属の棒。
うわあ、ユウくん、背が高いから……! きっと棒を置いた人も、人の頭がぶつかるような高さじゃないって思ったんだろうな。
「う……ちょっと待ってこれ、立ってられへん」
しゃがんでいたユウくんはその場に仰向けに寝転がって、両手で額を押さえた。
「え、え、ユウくん、大丈夫?」
「ぜんっぜん大丈夫ちゃう……今俺の脳みそぶっ壊れた……もうあかん、死ぬわ」
「な、なに言ってるの!?」
まさか。これ、冗談だよね……?
でもユウくんはぎゅっと強く目を閉じて、全身に力を入れて痛みに耐えているように見える。息も苦しそうだ。
……もしかしてこれ、本当に大ごと!?
「ちょっと待って、えーと、救急車……いや、職員室隣やし、先生呼んできた方がええ? えっと」
私がうろたえていると、ユウくんが私の腕をぎゅっと握った。
「あーもう無理。俺死ぬ。彩さん……来世では一緒になろうな……」
だんだん声に力がなくなっていくユウくんに、さっと血の気が引いていく。
「ねえ、しっかりして!? す、すぐ先生呼んで……違う、救急車、携帯で……」
私は職員室に行こうと立ち上がろうとしたけれど、ユウくんが私の腕を握ったままでいるのでそれ以上動けなかった。え! ええと、それなら電話? どこに? 学校? 職員室はすぐ隣なのに!?
私が立ち上がったりまたしゃがんだりして慌てまくっていると、不意に外から声が聞こえた。
「……なにしとんねん」
この声。
私が物品庫の入り口の方を見ると、晴くんが立っていた。
……スピーチコンテストから帰ってきたんだ!
「……晴くん……!」
「なんや? そこで寝とるでかいやつは悠太か? それとも彼方?」
引いていった血の気が、晴くんの姿を見た途端また全身をめぐっていく。
今度はユウくんの手が腕から離れたので立ち上がることができた私は、晴くんに駆け寄った。
「晴くん、どうしよう。ユウくんが死んでまう! さっきあの棒に頭ぶつけて、そんで倒れてしまって……」
晴くんは眉をひそめて、すっと物品庫に入り、ユウくんに近付き膝をついた。
ユウくんは、今は意識を失ってしまったのか、目を閉じて、手もだらんと下ろしていた。
晴くんはユウくんの顔をじっと見て、首に手を当てた。
ユウくんの全身を視線を巡らせて確認したり、手を取って状態を見ている。
そして落ち着いた声で言った。
「おい悠太、いつまでふざけとる気やねん」
「……え? 晴くん、なに言ってるん……?」
すると、突然ユウくんがパチッと大きく目を開けた。
そして勢いよく体を起こした。
「ぐわー! やっぱさすがに部長をだますんは無理や……!」
「……ユウくん!?」
私が目を見開いて呆然とユウくんを見つめると、ユウくんは私をちらっと見てから晴くんに視線を移し、嘘くさい笑顔を顔に貼り付けた。
「あ、部長おつかれさまっす! すぐ部活行くんで!」
そのままユウくんはぴょん、と跳びあがるように立ち上がって、失礼しまーす! と大きな声で言いながらそそくさと物品庫を出て行った。
私はそんなユウくんの後ろ姿を呆然と眺めていた。




