悠太の彼女・3
今日は全校あげての学校周辺の清掃の日だった。
生徒は全員ゴミ袋を持って、学校の周りをまわってゴミ拾いをする。
こういう活動は好きなので私は張り切っていた。
「よーし、ゴミ袋めっちゃいっぱいにするもんね!」
「彩、めっちゃやる気やん。私はさっさと大きめのゴミ見つけて袋いっぱいにして、後はサボりたいなあ」
茜がだるそうに言う。まあそういう考え方もアリだよね。別にどんな形でも、ゴミ袋がいっぱいになればそれだけ周辺のゴミはなくなったことになるんだから、OKOK!
晴くんは当然のごとく、生徒が拾ってきたゴミを仕分けたりまとめたりする本部の係なので、一緒に行くことはできないけど、晴くんの分も私がいっぱいゴミを拾ってくるからね! と言っておいた。
晴くんは苦笑しながら、あんまり無理すんなや、と言ってくれた。
校門を出ると、学校の周囲はすでにほかの生徒がゴミを拾いきってしまっていて何もなかった。そりゃそうだよね……。みんな近いところから拾っていくよね。
私はキョロキョロ周囲を見回してゴミを探しながら、河川敷の方に歩いていった。
空き缶とかペットボトルって、ほんとによく落ちてるよね……。ちょっと探せばすぐに自販機が見つかるから、そこのゴミ箱に捨てればいいのに、どうしてわざわざ道端に捨てるんだろう?
よく分からない古いドロドロのおもちゃなんかもゴミ袋に入れながら私は歩いていった。
河川敷は草がぼうぼうに伸びていて、ここに入っていくのもどうなんだろう、と思った。けれど、こういうところってゴミがいっぱい! やっぱり目につきにくいからみんな捨てていくんだろうなあ。よく分からないボロ布とかが落ちてる。どこかから来た流木っぽいのは……これはゴミなのかなあ?
河川敷もけっこう生徒がいて、あちらこちらでうわー! と声を上げながらゴミを拾っている姿が見える。
うんうん、みんな嫌そうにしながらもちゃんとゴミを拾ってる。いいことだ!
私が顔も軍手も体操服もドロドロにしながら河川敷を進んでいくと、どこからか声が聞こえてきた。
「あ、そこぬかるんどるから危ないで」
「えっ?」
私が声の主を探そうと振り返ったら、思い切りぬかるみに足を取られて体が前に投げ出された。
「うわあ!」
両手で体を支えたけれど、しっかりと転んでしまった。
その拍子にゴミ袋に入っているゴミも地面に投げ出される。
ああー……!
「どんくさいなあ」
笑いながらあきれたような口調で話しているのはユウくんだった。
ユウくんは、河川敷にかけられた橋の橋脚のところにもたれて座っていた。
「……ユウくん? なんでこんなとこ……休憩中?」
私はとほほ、と思いながら散らばったゴミをまたゴミ袋の中に放り込んでいった。
「まあ休憩というか。逃亡中?」
「逃亡?」
私が言うと、ユウくんは一度じっと動きを止めて周囲の様子をうかがった。そして人差し指を口に当てて、声を出さずにシーッと言った。
ユウくんに手招きをされたので、近くに行くと、ユウくんは少し私の体を引いて自分と同じように橋脚にぴたっと背中をつけさせた。
何これ? まるで隠れてるみたいな……
ユウくんがそっと私の顔に口を寄せた。
「そう、俺隠れとんねん。だから彩さんも静かにしてくれ」
……そこまで顔を近付けなくても! そんなに声を潜めなくたって、河川敷なんて、周囲の音が大きくて他の人に私たちの会話なんて聞こえないと思うんだけど!
「か、隠れてるって……誰から?」
「んー、俺を追ってくる人間?」
「追ってくるって……誰が? 友達? あ……彼女、とか?」
いや、彼女が追ってくる、っていうのも変な話か……と思ったけど、ユウくんは肩をすくめたので、そのとおりだということが分かった。
「やっぱり俺、誰かと付き合うとか向いてへんのやろなー。四六時中監視されとるみたいなんかなわんわ。もっとボケーッとさせてほしいねんけど」
「あ……えっと……そうなんや……」
ユウくんは……もしかしたら私のために、好きでもない女の子と付き合ってて……それが息苦しくなってるってこと?
いや、私のために、なんて考えちゃいけないのか……
ユウくんはユウくんの意思で女の子と付き合ってる。でもちょっと自由が欲しくなってる。……そういうことでいいんだよね?
「彩さんは部長とずーっと一緒におったら、ちょっと一人になりたいって思ったりせんの?」
「え……」
これは、ナチュラルな恋愛相談ととらえていいのかな? それとも何か……ユウくんは私に何か訴えたいのかな……
いや、私にできることなんて何もない。
いろんなこと勘繰って、想像したとしても真実は分からない。だから私は目の前のことに、今の私のまま答えるしかない。
「私は……そんなに晴くんと一緒におれるわけちゃうから……だから、ちょっとでも一緒におれる時は全力で喜んでる。めっちゃ話しかけるし、めっちゃテンション高いと思う。……もしかしてそういうん、晴くんにしたら重たいかもしれんのかな?」
橋脚にもたれているユウくんはぼんやりと空を見つめていた。
「さあ? 俺は部長ちゃうからどう思っとるんは知らんけど。でも部長はそういう彩さんがええんちゃうん? 他の男には絶対渡したくないって思っとるんちゃうん?」
「……そうかな……そうやったらええねんけど……」
「ま、俺には分からん感情やけど。俺はそんな風に誰かに思われたことないし、そういう思いを誰かに返したいと思ったこともないし。部長と彩さんみたいなんは、俺らから見たら特殊やな」
「えっと、でも、彼女おるやんね? 彼女は……ユウくんのこと、そんな風に好きなんちゃうん?」
「さあな」
ユウくんは地面の草をぶちぶちと引きちぎった。その草を投げると、さっと風に飛ばされて、草はばらばらになって飛んで行った。
「だから俺は向いてへんねん。俺からしたらそれはただ独占欲の塊にしか感じへんし。だるいしめんどくさいしさっさと解放されたいと思ってまうねんよな」
「あの……あのね、こんなん言っても鼻で笑われるかもしれんけど……それって、たぶんまだ運命の人に出会ってへんだけなんよ。心から好きな人に出会ったら、その人が自分を独占してくれようとするんはきっとうれしいって思うよ。自分もその人を独占したいって思うよ。ユウくんは、まだそういう人に出会ってへんだけなんちゃうかな」
ユウくんは隣にいる私の顔を見た。
運命の人、なんて、男の子からしたら馬鹿馬鹿しい考え方なのかもしれないけど。
「……もしその運命の人が、俺以外の人のものやったら?」
「えっ?」
「好きでたまらん人が、俺以外の人を見ていて、俺の視線に気付かんかったら? その場合はどうしたらええ?」
「え……それは……」
そういう場合のことは考えていなかった。好きな人の視線には気付くような気がするし……それが一方通行だった場合なんて……
「えーと……気付いてもらうように努力するとか……あ、でもその人が他の人と付き合ってたら、略奪はあかんし……ええと、別れるのを待つ……? それか、来世で一緒になるとか」
私が必死で考えて答えていると、ユウくんがぶほっと吹き出した。
「来世って! まじでドラマか漫画の見すぎちゃう?」
「え、そう……?」
でもそういう場合、どうしたらいいかなんて分からない。自分が好きでたまらない人が……もし晴くんが、他の人を見つめていて、他の人と付き合っていたら? 私にできることなんてあるだろうか?
ユウくんは笑いながらぐしゃっと私の頭に手を置いた。
「ま、彩さんにそんな複雑な状況なんか対応できるわけないやんな。彩さん単純やもんなー。ある意味カナと同じや」
「ええ? カナくんと私が同じ!?」
「そうそう。けっこう人の話聞かんと暴走するとことか。似とるで二人」
まさか! あんな暴走列車みたいなカナくんと同じにされるなんて……!
心外すぎるけど、そう言ったらカナくんに失礼?
私がどう否定しようか考えていると、少し先の茂みが激しくガサガサ揺れて、そこから今話題に上がっていたカナくんが現れた。
「うお! 見つけた! このサボり野郎!」
「あー、サボっとったんは俺やなくて彩さんな。俺は無理矢理付き合わされてん」
「え、なに言ってんの!?」
またこの子は!
わけ分かんないところで私に罪をなすりつけようとする……!
「アホか、お前らのカッコ見たらどっちがサボっとったかなんて一目瞭然やねん。ユウ、あきらめろ」
私たちの格好……
私は頭も顔もジャージも軍手もドロドロだ。そしてほとんどゴミで埋まったゴミ袋を手に持っている。一方のユウくんは全然汚れてない。学校からまっすぐにここに来て休んでいたのか、ジャージも軍手もきれいだ。そして脇に置かれた空っぽのゴミ袋!
あー、状況証拠……! 私の無実が証明されてる……!
ユウくんはあきらめたのか、くっと笑った。
「はは、あかんかったか」
えっ?
私とカナくんは一瞬顔を見合わせた。
……ユウくんが……こんな風に明るく、屈託なく笑うのなんて……すごく久しぶりに見た気がする。
いつも少しだるそうというか、どうでも良さそうに振る舞っているユウくんが、楽しそうに笑ってる。
何となく、そんな姿を見るだけで、こっちの心も軽くなるような気がした。
カナくんがずんずんユウくんに近付いてきて、ドカッと蹴りを入れた。
「ち、しゃーないな。おいユウ、ちょっと耳貸せ」
「ああ? なんやねんカナ。俺のジャージめっちゃきれいやったのに足形つけやがって!」
「うっせ。ええから耳貸せっちゅーねん」
カナくんがユウくんの耳を引っ張って話し始める。
でもカナくんは声が大きいので、ユウくんがうるせえ、と言ってカナくんの手を振り払ったり、さっさと聞け! とカナくんが怒りだしたり大騒ぎだった。
でも二人でぎゃあぎゃあ言い合っていると思ったら、突然二人して黙って神妙な顔でうなずきあったり、ニヤッと顔を見合わせて笑ったり。
……なるほど、さすが双子だ……! 反発しあってるように見えても息がぴったり!
二人がいろいろと言い合っているので、私は二人が何の話をしているのかさっぱり分からなかったけれど、おもしろいなあ……と思いながらその姿を眺めていた。




