秋のお使い・2
私たちは商店街をずっと駅の方まで歩いて、はじっこの小さいお店に入った。
「ごめんくださーい」
私が声をかけると、店の奥からうちのお母さんよりもう少し年上くらい? の女性が出てきた。
「はいはい。先生から電話もらってますよ。支払いやろ?」
「そうです」
私はポシェットの中から、先生から預かった封筒を取り出して女性に渡した。
女性は笑顔で受け取って中を確認しながら私たちに話しかけた。
「ようやっと涼しくなったねえ。いつまで暑いんやろ思とったけど」
「ほんまですよね。秋が来てくれてほっとしました」
「あ、でも知っとる? 最近イノシシが山からこの辺まで下りてきとって、けっこうこの近くうろうろしてるねんで。ゴミとかあさっとるらしいけど」
「え……イノシシですか?」
そういえばたまにテレビの地域ニュースで、街中までイノシシが出てきてるって言ってたけど……ここにも来てるの?
「そうそう、私もねえ、先週やったかな? 店終わって帰ろうとしたら、近くの道で向こうからおっきい犬が歩いてきてね。もう薄暗いからよく見えんかってんよ。野良犬か、どっかの家の犬が逃げ出したんかしら、思って、よく見ようと近付いてみてん。そしたらね、その犬、私が近付いたら、すぐにさささーってスピード上げて横を通り過ぎて向こうに行ってしもてんけど、後で考えてみたら、犬にしてはめっちゃ体がずんぐりしとってんよ。あれ、たぶんイノシシやったんやわ」
「……え!」
女性はケロッとして話しているけど、この人、イノシシとすれ違ってたの!?
「だ、大丈夫だったんですか? 襲われたりとか……」
「ううん、ぜーんぜん。イノシシの方もこっちが怖がってへんのが分かったんかもねえ。だから近付こうとしたんに気付いて、なんやこいつって思ってすぐに逃げたんかも。でももしなんか食べ物持っとったら襲われとったかもしれんねえ」
えー! めちゃくちゃこの人のんき……! さすが関西のおばちゃんというか……
ユウくんは私の背後で、イノシシ……牡丹鍋……とつぶやいている。どこまでも食べ物……!
「えーと……無事でよかったですね……」
「ほんまやねえ。だからあんたたちも、最近は夕方暗くなるん早いから、帰る時は気を付けるんやで」
おばちゃんは、帰ろうとした私たちにこれでも食べな、と言って酢コンブをくれた。
酢コンブ……! しぶい……
お店を出たユウくんは、早速酢コンブの箱を開けて口に入れた。
「うん、ええなこれ。めっちゃ噛まなあかんから空腹が紛れる」
「そう……」
私はちょっと不安になっていた。
だって私はこれから一人で学校に戻らないといけない。商店街の中は電灯がたくさんあって明るいけど、その先は学校まで、あまり電灯がない薄暗い道が続く。月の明かりのない夜なんて、足元がよく見えなくて躓いちゃうくらい通りは薄暗くなる。
そして今の時間はもう下校する生徒はほとんどいない。
そんな場所を歩いていくのか……
いやいや、そんなこと言っても今は暗くなったばっかりだし、時間も遅くない。まだイノシシなんて出ないよね?
あまり遅くならないうちにさっさと学校に戻ろう。
「それじゃ、ユウくんは帰るんやんね? 私は学校に戻るから。バイバイ」
ちょっと焦りながらそう言って私は元来た道を戻り始めた。
……すると、なぜかユウくんも私の後ろをついてきた。
私はユウくんを振り返って首をかしげた。
「どうしたん? 帰るんちゃうの?」
「帰りたいんはやまやまやねんけど、学校に忘れもんした」
「え、忘れ物?」
「そう。部室に携帯忘れた。携帯あらへんかったらゲームできへん。取りに戻らんとしゃーない」
「えー、なにやってんの……」
……と言いつつ、この体の大きいユウくんが一緒ならちょっと心強い。もしイノシシが現れても、ユウくんが助けてくれそうかって言うと……あんまり助けてはくれなさそうだけど……
そう、それに、二人でおしゃべりしながら歩いている方が、物音に気付いてイノシシも近付いてこないかもしれないしね?
商店街を抜け、学校まで続く薄暗い道を歩いていく。隣には公園があって、その植え込みが続いているので、明るい時は雰囲気がいいんだけど、今みたいに暗いと怖さが倍増する。
夜なんかはね……今までイノシシとか動物関係は考えたことなかったけど、変質者がいたらどうしよう? と考えたことはある。
焦って早く学校に戻ろうとしている私とは裏腹に、ユウくんは酢コンブを食べながらのんびり歩いていた。
「ねえユウくん、もっと急ごうよ。もうかなり暗いよ? 真っ暗になっちゃう」
「いや、俺がとろい彩さんの歩調に合わせてやっとるんやん。別に彩さんは好きに急いでええよ。どんなスピードでも俺には違いが分からん程度に遅いから」
失礼だな……! いや、いつも通りと言えばそうなんだけど。
私はため息をついて、さっきより急ぎ足になった。
すると突然、隣の植え込みからガサッと音がした。
「えっ」
驚いて私は立ち止まった。
今の音……何?
え? 風で揺れた、とかじゃないよね。そんな音じゃない。
隣の植え込みの中に何かいる?
……まさか本当にイノシシ!?
え、どうしよう。もしイノシシだったら……ものすごい勢いで突進してこられたら逃げられる? いや、イノシシって決まったわけじゃない。もしかしたら野良犬かも。駄目だ、野良犬だって怖い。咬まれるかもしれないし。違う、動物じゃないかも? 駄目だって! 人だったら、それはそれでめちゃくちゃ怖い!
立ち止まった私のすぐ後ろにユウくんがやってきた。
「彩さん? なにしとん」
「え、……聞こえんかった? 今、この植え込みから音が……」
更に植え込みがガサガサと揺れた。
私が息を飲むと、ユウくんが普段ののんびりした雰囲気からは考えられないくらい素早く私の体を引き寄せ、自分の背後……植え込みの反対側に移動させた。
ユウくんの背中に隠されて、私は何も見えなくなってしまった。
「え……えっと、ユウくん? ほんまにイノシシ……?」
「ちょっと黙って」
見えないけど、ユウくんはおそらく植え込みをじっと見て様子をうかがっている。
……というか、ユウくん、ちゃんとかばってくれるんだ……!
意外というか、見直したというか。ちゃんと危ない時は弱い者を助けてくれようとするんだなあ。
植え込みがさらにガサガサ音を立て、その音はやがて横移動して遠くなっていった。
「うん、ありゃ猫やな。猫が追いかけっこしとった」
ユウくんが音が移動していった方を見て、普段と変わらない口調で言った。
「……猫? ほんま?」
「猫とネズミかもしれんけど。とにかくそんなでかい動物ちゃうかった」
「……そっかあ、良かった……」
ユウくんは自分の背中に隠れている私のことを、首を回して見て笑った。
「彩さんビビりすぎ。どう考えてもそんなでかい動物おる感じちゃうかったで」
「えー……そう? だってさっき、イノシシの話聞いたばっかりやったし……」
私は口を尖らせた。そりゃあんな話の直後に、見えない場所に何かいるってなったら身構えるって!
「それにしてもユウくん、ちゃんと危ない時は自分が先頭に立ってくれるんやね? なんか男の子! って感じで感心したやん」
「えー?」
ユウくんはまた酢コンブを口に入れてもぐもぐ嚙んだ。
「そら彩さんがイノシシに襲われて死んだら俺に菓子くれる人おらんくなるやん。それは困るからな」
「なにそれ? 私のためって言うよりお菓子のため……?」
「あーいやいや! もちろん彩さんのために決まってるやん! 俺やで? ラブとピースにあふれた俺が、目の前で危機に陥っとる人助けんわけないやん! そらもう、彩さんの危機やー! って思ってはりきってんて!」
な、なんて嘘くさいセリフ……
きっとこれ、ユウくんにしたら大して深く考えることなく、何となく体が動いたとかその程度なんだろうな……。それを私が大げさに褒めたから、これはチャンスとばかりに最初から私を助けるために動いたんだ! ってことにしてるんだ。それでまた私にお礼のお菓子をねだる気なんだ……! 読めた、ユウくんの考えが読めた!
「ま、でも結局危機でもなんでもなかったってことやんね。あー良かった」
私はできるだけ何てことないように答えた。
ユウくんは酢コンブを噛むのに集中しているのか、それ以上突っ込んでくることはなかったのでほっとした。




