一瞬の光・3
私が一人で花火を見つめながら感慨にふけっていると、風向きが変わって花火の煙が屋上の方に流れてきた。
煙たくてこほん、と咳込む。
「めっちゃ煙たいやんけ」
カナくんが顔の前で手を振って煙をよけようとする。
「うーん、腹減って来たなー。今から祭り行ってももうなんも食いもん残ってへんやんなー」
ユウくんがフェンスに手をかけて体を近付けたり離したりしている。
「あ、私キュウリなら持ってるけど」
「は? キュウリ!?」
「うん、ナイトウォーク参加者に配る冷やしキュウリ、余ったやつもらってん。それ食べる?」
「食う食う! 俺、前世は河童やったんかって勢いでキュウリ好きやから! 食う!」
ユウくんの言葉に笑いながら、足元に置いたバッグからビニール袋を取り出した。
「えっとねー、二本あるから……半分に割ったらみんなで食べられる!」
最初はこの二本をそのまま二人にあげちゃおうかな、と思ったけれど、こういうの、みんなで分けて一緒に食べるのもいいかな、と思ってそう言った。
私はビニール袋越しにキュウリをポキッと割り、みんなに差し出した。
晴くんはいらないって言うかな……と一瞬思ったけど、晴くんも含めみんな素直に手を出してキュウリを受け取った。
四人で煙に包まれながら、キュウリをポリポリかじる。
花火のドーン、という低い音と、私たちがキュウリをかじる高い音が混じり合って何ともシュールだ。
「あは、花火見ながらキュウリかじるなんておかしいね!」
「あー、ええな。やっぱ花火にはキュウリやな! この塩気がたまらんなー」
カナくんとユウくんはすごい勢いでキュウリをガシガシかじってあっという間に食べ終わった。
晴くんと私も笑いながらキュウリをかじった。
全然情緒も何もないけど、楽しい。何これ、すごく楽しい。みんなで花火を見ながらキュウリを食べるのって意外といいものなのかも?
花火が終わり、屋上から人がいなくなったのを確認して、晴くんは屋上の扉の鍵を閉めた。
「ずいぶん遅くなったな。彩、すまん。こんなに帰るん遅くなって大丈夫か?」
「うん、平気。親には今日は遅くなるって事前に伝えてるし。それにほんまにちゃんとイベントのお手伝いで遅くなってんから大丈夫やで」
それに今日はこんな遅い時間まで晴くんと一緒にいられるなんて……もうこれはご褒美でしょ!
私がニコニコしていると、晴くんもつられたのか笑顔になった。
もう生徒玄関の明かりも消えて真っ暗だ。
その暗さに少し怖くてどきどきしてしまうけど、晴くんがいるから全然平気だった。
四人で……というか、私とカナくんユウくんで騒ぎながら外履きに履き替えて、校門へ向かう。
歩きながら、今日一日が終わっちゃったんだなあ、と思う。
すごく変な感じ。普通に学校があって、ナイトウォークのイベントの手伝いをして、学校の屋上で四人で花火を見て……これがたった一日の出来事だなんて。
屋上で花火を見た特別感と、四人でキュウリをかじった楽しさの余韻が残っていて、何となくふわふわした気分だった。
校門を出て、くるっと校舎の方を振り返る。
もう屋上の明かりも消してあるので真っ暗だ。職員室にだけ明かりがついている。それもすぐに消えてしまうんだろうなあ。
「彩、どうかしたか?」
校舎を見て今日一日のことを思い出していた私に晴くんが声をかける。
私は幸せな気持ちで晴くんを振り返った。
「夜の学校ってちょっと怖いやんね。でも晴くんがいたから平気やったなって思っててん。そんで、これから歩いていく夜の街もなんとなく怖いけど、やっぱり晴くんがいるから全然平気やなって思ってた。むしろちょっと特別感があって楽しいなって」
晴くんは私とつないでいた手に力をこめ、きゅっと握りなおした。
その確かなぬくもりが、今この場所に二人でいることを実感させてくれる。ああ、今日も私はこうして晴くんと一緒に過ごすことができたんだ。
「彩が安心してくれとるんなら良かった。でも俺は早く彩を家に送り届けなあかんと焦っとるけどな」
「晴くんは焦ってるかもしれんけど……でも私、ちょっとゆっくり歩きたいな。めっちゃ今楽しいから。終わってしまうんが少しでも遅いといいなって思って」
私がそう言うと、晴くんは何も言わずにほんの少し歩くスピードを緩めた。晴くんのその行動に、私の胸はうれしさと切なさでいっぱいになった。
「そうそう! その楽しい気分、俺らも一役買ってるっしょ?」
カナくんが突然私たちの会話に割って入ってきて自信満々に主張する。
私はあは、と笑った。確かにね。カナくんとユウくんの二人がいると、一気ににぎやかになってイベント感が増してくる。
うん。今日は……この四人でおしゃべりしながら、ゆっくり夜の街を歩きたい。
別に特別なことなんて何も話さなくていい。いつも通りのくだらない話で、笑ったりツッコんだりしながら、今日は楽しい一日だったなあ、って思い出を心に刻みたい。
私たちは時折盛り上がりすぎて、晴くんに声が大きい、とたしなめられながら、ゆっくりと駅までの道のりを歩いていった。
私の中ではずっと、キラキラした花火の光が咲いては消え、キュウリのパキッとした食感が頭の奥に残っていた。
花火の合間にこっそり見た三人の横顔。何かに目を奪われ無心になっている彼らは、普段より少し幼く見えて……私はすごく特別な瞬間を見てしまったのだと思った。
私、今日のこと、きっと忘れない。
花火もキュウリも三人の横顔も。そして一緒に笑って歩いた帰り道も。
いつもと同じだったはずの今日が、キラキラ輝く特別な一日に姿を変えて、私の心を照らしていた。
その後も私は、その思い出を心の中の宝箱から取り出して何度も繰り返し眺めた。
あれは紛れもなく、色あせることのない私たちの青春のひと時だった。




