ウォークラリーのため息・4
救護テントで少し休んだ後、私は先に学校に戻った方がいい、と判断されて、先生の車でみんなより一足先に学校に戻ってきた。そして保健室に行ってベッドに横になった。
追加で薬ももらって、ベッドに横になると、ようやくお腹の痛みも治まってきた。横になっているから貧血も良くなってきた気がするし。うん、ベッドって素晴らしい。
保健室のベッドでゆっくり休んだ後、私は家に帰ることにした。
さすがに今日は……晴くんを待つのはやめておこう。
今はましになったと言っても、またいつお腹が痛くなるか分からないし、晴くんに生理痛だから……とかはね……一応乙女なので……恥ずかしくて言えないし。
晴くんに先に帰るね、とメッセージを送って、ゆっくりと起き上がり保健室を出る。
う、やっぱり立ち上がると一気に血が下がっていくというか……お腹が重たくて痛い。
でもいつまでもそんなこと言っていたら、永遠に家に帰れないもんなあ……
ゆっくりと歩きながら生徒玄関へ向かっている途中、第一体育館の横の扉の前に座っている人が見えた。
あ、ユウくんだ。
ユウくんの姿を見た途端、いろんな考えが頭をぐるぐるする。
……けど、まあ。さすがにお礼は言っておかないとね……
そう思って私はよろよろとユウくんに近付いていった。
「ユウくん」
声をかけると、座って頬杖をついていたユウくんがゆっくりと私を見た。
う。
……めっちゃ機嫌悪そう……!
これは……以前カナくんと一緒に体育館を締め出されていた時以来かも。めっちゃ顔怖い! ものすごく獰猛な顔つきっていうか。めちゃくちゃ怖くてすぐに逃げ出したくなるくらい。
し、しかし、私はあの時の私とは違うのだ!
私は恐る恐るユウくんに近付いた。
「えーと……ユウくん、今日は一人で締め出されとるん?」
「はあ?」
睨むように私を見ているユウくん。うん、やっぱり怖い。
……が、恐怖を感じたせいで、余計に血が下がっていったのか、また貧血っぽくなってきた。
やばい……
さすがに殴られたりどつかれたりしないよね? と思いながら、私はよろよろとユウくんから少し離れた体育館出口の段差のところに座った。
「あ、ごめん、ちょっと貧血で。座らせてもらうね」
「……あっそ」
ユウくんは興味なさそうに、明後日の方向を向いた。
うわあ、やっぱりめちゃくちゃ機嫌悪いよね……それに一人で締め出されたって……めずらしいよね? いつもカナくんと二人で何かやらかして、二人一緒に締め出されてるのに。
うん? ていうか、これ、もしかして……
「……あの、ユウくん、もしかして締め出されてるんって私のせい?」
「……」
苛ついたようにユウくんが私を見る。うう、だからこの食いつかれそうな目が怖いんだってば。
「ほら、私、今日ユウくんに迷惑かけたから……。重たい私のこと長距離運んだせいで疲れて、イライラしてそんで部活でなんか変なことしてしもたってこと? そのせいで体育館出されたん?」
「……しょうもな。んなわけないやろ。自意識過剰なんちゃうん? 彩さん程度重いわけないやん。どんだけ俺を軟弱やと思っとんねん」
「えー……」
自意識過剰? そう……ならいいんだけど。私のせいじゃないなら……
「……それより彩さん、あんたの方が無理しすぎなんちゃうん」
ぶっきらぼうに、まるで吐き捨てるようにユウくんが言う。
「え?」
「あんたが無理して部長にええとこ見せようとして無茶ばっかりしとるから今日みたいなことになるんちゃうん」
え、いや、今日のはただ単に生理痛で……って、やっぱりそんなこと男子には言えないけど。
「無茶かなあ? そんなことないけど……」
「んなことあるやろ。そうやって無理なことばっかりしとったらいつかあんた壊れるで」
何だ何だ。ユウくん、私のことめちゃくちゃ弱いと思ってる? いや、確かに今日はしんどくて歩くのもきつかったけど……。でも普段は割と頑丈だと思うんだけどな……
「うーん、でも別に……無茶なことするんってそんなあかん?」
「はあ?」
「私は委員の仕事やけど……それって、ユウくんたちの練習と変わらんと思うねんけど」
ユウくんが訝しげに私を見る。うまく説明できるかな……
「ユウくんたちもさ、部活でできへんことをできるようになるために練習してるんやろ? 最初から全部できたりしてへんやろ? 私がやってること、それと同じやで。私あんまり器用ちゃうから、みんなができるようなことも最初はできへんねんけどさ。でもやっていくうちに、そのうちできるようになるかもって思って頑張ってるだけ。だからユウくんたちの部活と一緒やねん。全然無茶ちゃうよ。ユウくんも、こんなん無茶やわって思って練習してへんやろ?」
「……そんなん当たり前やろ。他のやつができるのに俺ができへんはずないし」
「そうそう、そんな感じ! 私もそのうちできる! って思ってる! 一緒一緒」
私がにこっと笑うと、ユウくんは、何て言うか……毒気が抜けたような、あきれたような表情になった。
「……しょうもな。あんた、無理してるんちゃうん」
「無理は……してへんよ、全然。やりたくてやってるねんし」
「あっそ」
ユウくんはため息をついて、また明後日の方向を向いた。
うーん……よく分からない……ユウくんは何が言いたかったんだろう……
あ、そうそう、私が言いたいことを言っておかないと。
「あのね、ユウくん、今日助けてくれてありがとうね」
「別に。俺は報酬のことを考えてるだけやから」
「あは、分かってるよ。でももうお団子はいらんのやろ?」
「……え」
ユウくんが驚いたように私の顔を見た。
あれ? 違ったかな。
「え、聞き間違いやった? ユウくん、もうお団子いらんって言うてへんかった? 他のもんやったらなにがええ? 今回はちょっと本格的に助けてもらったから、もうちょっとええもん考えるよ」
「……聞こえとったん」
「聞き間違いやなかったんなら……ちょっとうとうとしとったけど、聞こえたような気がしてんけど……」
しばらく私をじっと見た後、ユウくんはくっと笑い出した。
え? そんなに私、おもしろいこと言った? やっぱり聞き間違いだった?
わけが分からず私がどうしよう……と思っていると、ユウくんは笑いながら、明るい声で言った。
「はは、そうやな、そしたら俺、握り飯食いたい。味はなんでもええわ。適当に見繕って握り飯くれ」
「おにぎり? 分かった。そしたらいっぱい買っとくね」
なるほど。おにぎりなら、確かにお団子よりお腹にたまりそう。腹ペコ男子高校生のお腹も満たされるよね。
……よし、さっき保健室でもらった薬が効いてきたのか、もしくはここで少し座っていたおかげか、だいぶ調子も良くなってきたから私は帰ろう。
私はゆっくり立ちあがった。
「そしたらユウくん、なにしたかは知らんけどちゃんと反省して練習に戻るねんで?」
私が立ち去ろうとすると、ユウくんが手を伸ばして私の服の裾をつまんだ。
「わ、……なに?」
「彩さん、俺、彩さんのこと好きや」
「……え?」
突然のユウくんの言葉に私は目を見開いて立ち止まった。
好き? え? どういうこと? それは……どういう好き?
またからかって……と思いかけて、先日のことを思い出す。カナくんの告白を、私はあり得ないと思ってまったく真に受けていなかった。でも本当は、カナくんは私にちゃんと告白をしようとしていて……ということは、ユウくんのこれも? そうなの? いやいや待って、でもいきなりすぎない? どういうこと? どうして、どんな流れでそうなったの?
ユウくんは笑顔だ。この笑顔は……どういう意味?
わけが分からなさ過ぎて私が大混乱していると、ユウくんが見慣れたいたずらっ子みたいな表情でニッと笑った。
「彩さんいっつも食いもんくれるもんな。俺もう、彩さんの顔が団子に見える。彩さんイコール食いもんみたいなもんやん。好きでたまらんわ」
「なっ……」
何それ⁉ 女子高生の、乙女の顔が団子に見えるとか言う⁉ そりゃ、ちょっとほっぺたは丸いかもしれないけど……信じられない!
私が恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしていたら、更にユウくんは顔に薄笑いを浮かべた。
「ほら、頭に血上って貧血も治ったやろ。俺、やっさしー」
「ちょっとひどすぎへん⁉ もうおにぎりなんかあげへんで⁉」
「えー、それはないわ。俺はこんなに彩さんのこと助けまくってんのに」
「う……」
そ、それを言われると……確かにその通りだから何も言えないけど……
「ほら、生理痛の病人はさっさと帰った帰った」
ユウくんが手を振って私に帰れと促す。
せ、生理痛って……何で知ってるの⁉
センシティブな乙女にそんなこと言ったりする⁉
えー、もう、何もかも信じらない……!
私の情緒、ズタボロなんですけど……!
せめてもの救いは、薬のおかげで今の私は普通に歩けるくらいにはなっていることだ。すぐにこの場を立ち去れる。
くそう、ユウくんめ……
めちゃくちゃ辛い、トウガラシ入りのおにぎりとか買ってやる!
あとは異常に甘いのとか?
それくらいしか仕返しが思いつかない自分にがっかりしながら、私はふらふらと帰途についた。




