ウォークラリーのため息・2
彩さんをおぶって歩いていた。
あー、何でこんなことになってんだ。
チェックポイントでうずくまっている彩さんを救護テントに連れていくよう頼まれ、動かない彩さんを無理矢理背中に乗せ歩き出そうとした俺に、係の女子が耳打ちした。
「言っとくけど、彼女生理痛やの! 一応薬は飲んどるけど、めっちゃ辛いねんから、絶対乱暴にしたらあかんからね! ものすごい丁寧に、やさしーく扱うねんで!」
生理痛……
男には絶対理解できないやつか……。月に一度、女子が異常に情緒不安定になったり攻撃的になったり、はたまた寝込んだりするやつ。
何で俺がそんなのの面倒を見なきゃならないんだ。わけ分からん。
ひとまずさっさと彩さんを救護テントに連れて行ってしまいたかったが、これ、走ったら駄目なやつなんだろうな……
めちゃくちゃ面倒くさかったけれど、仕方ないのでできるだけ背中の彩さんに振動を与えないように気を付けて歩く。
それにしても彩さん、ずいぶん軽くないか? 女子はこんなもんか? それに恐ろしく冷たい。生きてないんじゃないかと心配になるくらいだけど、かろうじて弱々しく俺の肩をつかむ手の感触と、辛そうに浅く呼吸しているのを感じて、あ、生きてる、と分かった。
「うう……ユウくん、ごめんね……私重いでしょ……」
基準が分からないから重いも何もないんだけど。
「少なくともカナよりは軽いから安心してええで」
「はは……なにそれ……」
弱々しく笑ってみせる姿がかわいそうになってくる。
「あんましゃべらん方がええんちゃうん」
「うーん……でも、しゃべってる方がしんどいんの気が紛れるから……」
そんなもんなのか? しんどいのならおとなしく寝るか何かしている方が良さそうだけど。でも女子のことなんて分からないので、そういうものかと思うしかなかった。
「あーあ、今日こそはちゃんと仕事できると思ったのになあ……なんでこううまくいかんのやろ……」
「体調悪いんなんかどうしようもないやん。俺らやってインフルとかなったらさすがに試合出られへんし。そういう日もあるやろ」
「うん……でも、晴くんはちゃんと体調管理もして……忙しいのに、部活も委員の仕事もちゃんとやってるのになあ……私は委員の仕事だけやのに、全然うまくいかへんねんよね……」
彩さんのその言葉を聞いて、なぜかイラッとした。
なぜだ? こんなことは、彼女はいつも言ってることじゃないか。
ちゃんとやりたいのにうまくいかない。これは自分の仕事だから。だから人に頼らずに自分の力でやらなくては。
彼女はいつもそんな風に言っている。
すごくむかむかする。なぜ彩さんがそこまで思わなければいけないのか。何が彼女にそう思わせているのか。
それを考えるとめちゃくちゃ腹が立ってくる。
「それは彩さんが無理しとるからなんちゃうん」
「……うん?」
「自分ができる以上のことを無理してやろうとしとるからそうなるんちゃうん、言うとるねん」
「んー……そうかな……? 私もできると思うねんけどなあ……」
「でも実際はできてへんのやろ。掲示板にプリント一枚貼るんも俺にやらせとったやん」
彩さんはその時のことを思い出したのか、少しの間黙った。
少しきつい言い方になっただろうか、と一瞬後悔しかけるが、知るか、とそれを打ち消すような攻撃的な気持ちになる。
彩さんは浅い息をしながら、ゆっくりとしゃべった。
「そうやねえ、また今も……ユウくんに助けてもらっとるねえ……。ごめんね、またお団子たくさんあげるから……」
俺の背中にいる頼りないほど小さな存在が、心からの気遣いでその言葉を発しているのが分かる。
「……はは」
乾いた笑いが出る。
そうだよな。この人にとって俺はそういう存在だ。俺が見返りなくこの人に何かをするなんて思っていない。俺がただ純粋な善意で、純粋な好意でこの人に親切にするとは思っていない。
でもこの人に、自分にそう思わせるようにしてきたのは、ほかならぬ俺自身だ。
……それならいい。この人がそれを望んでいるのなら、俺はその通りに演じ切るだけだ。
「そうやな……こんだけのことしとったら、ただの団子じゃ足りへんなあ。それこそ団子全体が金箔に覆われとるくらいの豪華なやつやないとな。もしくは団子爆弾みたいにでっかいやつか。そんだけのことしとるもんな、俺」
「……ん……」
手ごたえのない反応に、背後の彩さんを振り返ると、彼女はうとうとしてきているようだった。
さっき飲んだという薬が効いてきたのか? それとも辛さのあまり意識が朦朧としてきたのか。
どちらにせよ、俺の言葉は聞こえていないようだった。
ひとつ息を吐き、ぐっと手を握りしめる。
……聞こえていないのであれば。誰も聞いていないのであれば。それなら本当のことを言ってもいいのかもしれない。嘘やごまかしで塗り固めた言葉ではなく、俺がずっと言いたかった、心からの声。それを口にしてもいいのかもしれない。
俺の背中にいる、こんなにもそばにいるこの人が聞いていないのなら。
「……いらんわ、団子なんか」
小さな声でつぶやいたその言葉は、そばを通り過ぎる生ぬるい風が吹き消していった。
そして誰も聞くことはなかった。




