虹の帰り道・1
私は普段、いつも図書室で晴くんの部活が終わるのを待っている。
待っている間、課題をやったりぼんやりしたり、特に退屈することなく過ごしている。
晴くんが部活を終える時間はけっこう遅い。うちのハンド部は強いので、かなり遅くまでがっつり練習をしているみたいだし、部長の晴くんは部活が終わった後部室の鍵を職員室に戻したり、いろんな雑務もしないといけないし。
でも一つ一つの仕事を責任を持ってきっちりこなしている晴くんはすごくかっこいいなあ、と思う。
帰る時間が遅くなったって全然平気。晴くんと一緒に過ごせる時間があるのなら、どれだけ遅くなったってかまわない。
今日も図書室で、分かんないなあ……と思いながら何とか課題をこなし、後は窓の外をぼんやり眺めていたらすぐに晴くんの部活が終わる時間になった。
そろそろ晴くんが来るかな、と思っていたら、私の携帯が鳴った。
晴くんからメッセージが入っている。
どうやら部活の後、職員室で先生と少し用事があるらしい。もう図書室も閉まる時間なので、生徒玄関で待っていてほしい、ということだった。
なるほどー。部活が終わった後まで用事があるとは……ほんと、晴くんは忙しくて大変だなあ……
私は生徒玄関に移動するために席を立った。
生徒玄関で外履きに履き替えて、出口脇の壁にもたれかかる。
時間は遅いのに、まだ空はほんのり明るい。もうすぐ夏だなあ。
今朝まで雨が降っていたので、空気がむしっとしている。あー、これから梅雨に入って、髪の毛がもわもわしちゃう季節だなあ。
でも、雨か……
雨上がりは、うまくいけば虹が見える。虹は好きだな。見たらラッキーって思うし。
私は携帯を取り出した。
晴くんとのメッセージのやり取りを見返す。
晴くんは、私に部活関係の連絡をくれる時はなぜか丁寧語になる。
さっきも、
『今部活終わりました』
『職員室で先生と話があるので少し遅くなります。図書室も閉まると思うので、先に生徒玄関に行っておいてください』
こんな風に、業務連絡っぽい感じ? 丁寧語になるのがおかしくて、ふふ、と笑ってしまう。
それから……
少し前の日付。
そこには、晴くんが送ってくれた虹の写真があった。
以前、私が教室から見える虹を、すごい! って喜んでいたのを覚えていてくれたみたいで、遠征先で見た大きな虹を写真に撮って送ってくれたのだ。
遠征中なんてきっと忙しかったはずなのに、そんな時でも私のことを思い出して虹の写真を撮ってくれたんだ、と思うと、すごくうれしい。
遠い場所にいる時も私のことを考えてくれていたんだなあ。
私が虹の写真を見て物思いにふけっていると、突然背後から声が聞こえた。
「なににやついてんの?」
ものすごくびっくりして、うわ、と肩をすくめる。
驚いて振り返ると、そこにはユウくんが立っていた。
ユウくん……というか、ハンド部の人たち。
あ、そっか。部活は終わったんだもんね。みんなが帰るために生徒玄関に来るのは当然か。
「あ、えーと、部活終わってんね。おつかれさまやね」
「なにそれ。虹?」
「え……うん、まあ……」
どうしようかなと思ったけれど、すごくきれいな写真だし、見せてもいいかなあ。
私は携帯の画面をユウくんに見せた。
「きれいやろ? 大きい虹がくっきり見えてるねん」
「ふーん」
尋ねてきた割には全然興味なさそうな反応!
「あれ? つーかこの場所、前遠征行ったところちゃうん」
ユウくんの背後から覗いてきた男子が声をあげる。
「ほんまや! そういえばあん時虹出とったっけ?」
「つーことはそれ、撮ったん部長?」
「へー! あの人が虹なんか写真撮るんや! 意外とロマンチストなんか?」
「ぶ、部長がロマンチスト……! なんか恐ろしいことを知ってしまったような……!」
口々に男子が話しているのを聞いて、一気に後悔する。
違うの、これは私が虹がきれいだなって言ったのを覚えていた晴くんが、私のために送ってくれただけで……別に晴くんがどうこうってわけじゃない。
でも盛り上がっている男子の会話に私が口を挟めるような状況じゃなかった。
どうしよう、晴くんのこと……変な風に思われたりしない? もしそんなことになったら……
私が携帯をぎゅっと握りしめていると、突然ユウくんが大きな声を上げた。
「俺、原宿行ってみたい!」
その突然の言葉に、男子たちが会話をやめ、ユウくんを訝しげに見る。
「原宿? いきなりなに言いだしとんねん」
「虹で思い出した。確か原宿には虹色の食いもんがようさんあるんやろ? それ食ってみたい」
「虹色の食いもん? なんやねんそれ」
すぐに男子の一人が携帯で検索して、画面をみんなに見せる。
「これか! なんか異様にでかいレインボーな綿あめ!」
「謎のレインボーなトーストやらチーズドッグもあるで! 色きっしょ!」
「あーそれそれ」
ユウくんが携帯画面をのぞき込む。
「原宿行ったらそれ食えるんやろ? 味は知らんけど食ってみたい」
「わざわざそんなんで東京行くんか?」
「東京と言えば日本選手権やろ!」
大きな声で今度はカナくんが割り込む。
「は、俺がおったら東京なんかいっくらでも行けるで! 全部の試合で勝ちあがって、日本選手権で東京行って、原宿でレインボー食おうぜ!」
「それ半年も先やんけ」
「つーか今年の会場、東京やったっけ? ちゃうかったらどうにもならんやんけ!」
ぎゃはは、と笑いながら男子たちが連れ立って帰っていく。
ユウくんも一緒に歩いていこうとするのを、私はあまり大きくない声で呼び止めた。
「あ、あの、ユウくん」
「あー?」
めんどくさそうにユウくんが振り返る。
「えっと……ありがとう」
話題をそらしてくれて。晴くんがみんなに変な風に思われないように、まったく違う話題で塗り替えてくれて。
「なにがありがとうなん? なんか礼言われるようなことしたっけ」
「え……」
「ま、なんでもええわ。礼言われるよりレインボー食わしてくれた方がええな。じゃあそれ頼むわ」
それはさすがに無理……!
私が目を見開いて、何て言おう、と焦っていると、ユウくんは肩をすくめてニヤッと笑った。
「冗談やって」
そのままユウくんは私に背を向け、他の男子たちのところに歩いていった。




