はじけるプール清掃・5
俺と彼方は洗い場で自分たちの汚れた体操服を洗っていた。
別に洗わないで家に持って帰って洗濯に出してもいいんだが、そうするとオカンがめちゃくちゃ激怒するから、ある程度の汚れを落として誠意を見せておいた方がいい、と思ったからだ。
「あーくそ、このきったないんなかなか落ちんな! さっさと練習行きたいのに!」
彼方が毒づく。
「それもええけど、カナお前、覚悟しといたほうがええんとちゃうか?」
「あ? なんやねん覚悟って」
「お前彩さんにクソ汚いヘドロ飛ばしてさらに水かけてめちゃくちゃやっとったやんか。部長に知られたら、もうお前太陽拝まれへんかもしれんで」
「なに!? いや、えーと、あれは彩さんも楽しんどった!」
「どこがやねん」
彼方から水をびっちゃびちゃにかけられて、明らかにあの人、寒そうに震えてたけど。
それで日向の方に移動している彩さんを見ると、びしょ濡れの彩さんの服が肌に貼りついてしまっていた。
あー、これは、たぶんあんまり周りに見せたら駄目なやつなんじゃないか、と思った。
そう思ったことに理由なんてない。
別に女子がどんな格好をして、それを周りがどんな目で見ていようが興味なんてないけど。でもあの彩さんの姿を見た時、この人の輪郭は他人に見られたら駄目なんじゃないか、と思った。駄目というか、俺が見られたくないと思ったというか。
まあ俺が気にしなくても、すぐに部長がやって来て彩さんの体を隠したから、俺の出番なんてなかったわけだが。別にそんなことはどうでもいい。
……それにしても、あの人の部長を見る目。あれは、あんなの、周りの男に見せてもいいのか?
彩さんの、部長を心から信頼していて、頼り切っていて、好きだという気持ちがだだ洩れの目。
部長も、彩さんのあんな表情、他の男に見られないように隠せばいいのに。
「悠太」
ぼんやり考えごとをしていたら、突然知っている声が俺を呼んでぎくっとする。
ばしゃばしゃ体操服を洗っている俺たちの隣に、部長が立っていた。
「あ、これ、もうすぐ終わるんで。すぐ練習行きます!」
いつまでも他のことをしていないで部活に戻るように言いに来たのかと思って焦る。
でも部長は一つうなずいてから、思いがけないことを言った。
「悠太、ありがとうな」
「え?」
ありがとう? 部長が俺にお礼? 何の話だ?
「彩に体操服貸してくれようとしたんやろ。俺の目の届かんところで、あいつのこと気にかけてくれてありがとう」
……彩さんから何か聞いたのか?
俺はゆっくりと体を起こして部長の顔を見た。
部長は静かな表情で俺を見ている。感情は読めない。どこか居心地の悪さを感じてそわそわする。
この人は……何を、どこまで知っている? 気付いている?
そんな疑問が浮かぶが、すぐに考えても無駄か、と思う。
結局俺はこの人には絶対にかなわないのだろう。
それなら俺は、これまで通り振る舞うだけだ。
「あー、そうなんすよ! 部長がいないところでちゃーんと周りに目を配るのはハンド部部員として当然のことっすからね!」
「あ、ユウお前なに一人でええかっこしようとしとるねん! どうせそんなん偶然やろ! お前がたまたま彩さんに体操服押し付けようとしたんを、ええ風に解釈されたからって調子に乗りよって!」
「なに言うとんねん! 俺は誠心誠意、心からやな!」
「嘘つけ!」
俺たちがつかみ合いになりそうになったところで、部長がおい、と俺たちに声をかけた。
その声の厳しさに、当然俺たちの動きはぴたり、と止まる。
「いらんことしとらんとさっさと部活に戻れ。もう時間ないで」
「「はいっ!」」
俺たちが直立不動で返事をしたのを見届けて、部長は体育館の方へ向かって歩き出した。
俺と彼方は小突きあいながら洗い終えた体操服をぎゅっと絞る。
「あーやっとハンドができる!」
彼方がそう言うのを、今までさんざん楽しんでたくせによく言う、と思いながら、でも俺も無性にハンドボールがしたくてたまらなくなっていることに気付く。
そう、早く練習をしたい。ハンドをしたい。
ハンドをしていないとすぐに腹が減るからな……
練習みたいに集中している環境がないとすぐに空腹を感じる。ぐうぐう鳴る腹を抱えて、空腹感に耐えられなくてイライラする。
そして、自然な流れとして腹が減るとどうしても食い物を探してしまう。
誰か食い物持ってるやつがその辺にいないかと。何でもいい。飴でもガムでも割れたクッキーでも。何なら溶けたチョコだってかまわないくらいだ。
そういうものをいつも持っている人を知っている。
だからつい探してしまう。
視線を巡らせて、その人の気配を探してしまう。
当然そんな簡単に見つかるわけがないって分かってるけど。
でも幸運なことに見つけられたら、その人は必ず笑顔で食い物をくれることを知っているから……
だから俺は今も探している。その人の笑顔を。




