はじけるプール清掃・4
一瞬うとうとしかけていたら、私の肩にふわっと何かが乗った。
ん? 何?
私がパチッと目を開けると、私の肩にはからりと乾いたジャージがかけられていた。
これ……
私がぱっと顔を上げると、目の前には晴くんが立っていた。
「えっ、晴くん?」
私が驚いて声を上げると、晴くんは私を見て優しい顔で笑って、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「おつかれ、彩。そのジャージ羽織っとき」
「え? ……なんで? 私濡れてしもたけど、ここは日が照ってるから寒くないし……日に当たってる方が服乾きそうやけど」
「いや、羽織ってる方がええ」
晴くんの言葉に首をかしげる。どうして?
私の体操服、びちゃびちゃに濡れちゃったけど、別に下着が透けてるわけでもないし……。こういう薄着の季節は、制服も体操服も絶対に下着が透けないように気を付けているからそれは大丈夫なはず。それに体操服を直接日に当てている方が絶対早く乾きそうなのに。どうしてジャージを着せようとするの?
私がよく分からなくて晴くんを見ていると、晴くんは気まずそうに視線を伏せた。
「……いや、その……服、めっちゃ濡れとって、彩の体に貼りついとるから」
「え」
貼りついてる? って……
え、下着が透けるとかの問題じゃなくて、体操服がびしょ濡れになったせいで、服が全身にぴったりと貼りついて、私の体のラインが全部出てるってこと!? 嘘!?
そこまでは考えていなかった。
いや、そりゃ、水着になることとか考えたら、そんなことどうってことないのかもしれないけど……でも服を着た状態で自分の体のラインが分かってしまうなんて恥ずかしすぎる。
私は小さくなって晴くんのジャージをぎゅっと引き寄せた。
「ご、ごめんね、そしたらこのジャージ……借りるね」
「うん」
えー、私、それに全然気付いてなかったの……!? 恥ずかしすぎる……!
あれ、もしかしてユウくんもそれに気付いて、自分の体操服をわざわざ脱いで、私に着てもいいよって言ってたのかな……
そんな考えがちらっと頭をかすめたけれど、うん、違うな、と確信する。だって彼らはどう考えても私で遊んでるもんね……そんなこと考えているはずがない。藻とかいろんな汚れでぐちゃぐちゃになった体操服をそんな気遣いで着ていいよとかさすがに言わないよね……
と思ったところで思い出した。
そうだ、私、めちゃくちゃ汚かったんだった……!
え、晴くんのこのジャージ、絶対すごく汚しちゃうし、きっと臭くなる。私に貸したせいで晴くんのジャージが臭くなるとか、辛すぎるんだけど……!
どうしよう、どうしよう、と考えたけれど、何も言わずにいて、後で晴くんに気付かれる方が辛い、という結論に達したので、私は思い切って晴くんに言った。
「あの……晴くん、ごめん。私、めっちゃ汚れてて……あの、きっと匂いとかも……変な匂いしてると思うねん。プールの汚れ全身についてるし……だから、晴くんのこのジャージもきっと汚してしまう。ごめんね。ちゃんとめっちゃ漂白剤につけてきれいにして返すから!」
晴くんが口をはさめないように一気にしゃべった。
ああ、嫌だなあ。晴くんが来てくれたのはすごくうれしいのに、でも私自身が晴くんに会えるような状態じゃなかったなんて……
晴くんは不思議そうに私を見て、そしてふっと表情を緩め、私の頭をなでた。
「掃除して汚れることのどこがいかんのや? ごく当然のことやろ。それだけしっかりやっとったってだけやんか」
私が晴くんを見ると、晴くんはにこっと笑ってから立ち上がった。
そしてひらりとプールの中におりて、カナくんの方に歩いていった。
「え!? 部長!? なんでここに!」
「いつまでもだらだらして部活に戻らんお前らを連れ戻しに来ただけや。それより彼方、ここの壁の汚れ落ちてへんで」
「え、そうっすか?」
「そうや。ブラシよこせ」
近くにいた生徒からブラシを受け取った晴くんは、素早く壁をブラシでこすって汚れを落とした。
……え! めっちゃきれい……!
ブラシのかけ方が明らかに他の生徒と違う。無駄のない動きでまっすぐにブラシが壁をなぞると、全然力が入ってないように見えるのに一瞬できれいな壁が現れた。
晴くんはブラシを置いてカナくんを見た。
「まず掃除のやり方があかん」
「くっ……でも部長、俺は部長みたいにはできんけど、力と勢いで乗り切るんです!」
晴くんからブラシを奪ったカナくんは、晴くんがきれいにした壁の横を無茶苦茶にごしごしこすった。
「どうっすか! 俺がやってもきれいっしょ!」
……壁は確かにきれいになっている。でもその代わり、無茶苦茶に壁をこすったカナくんの周りは飛び散った汚れだらけで……そして晴くんにまで汚れが飛んでいた。
晴くんが無言で顔についた汚れをぬぐうのを、カナくんと隣にいたユウくんが緊張した面持ちのまま、直立不動で見つめていた。
「いろいろと無駄が多い。それにここの掃除に時間かけすぎや。さっさと終わらせるからとりあえず全員プールサイドに上がれ」
晴くんの鶴の一声で、プールの中にいた男子生徒全員がプールサイドに上がる。
一緒に上がってきた晴くんのそばに私は行った。
「晴くん、あの……」
「ほら、掃除しとったら誰でも汚れる」
晴くんの体操服にも汚れがたくさん飛んでいた。でもこれ、晴くんが掃除したからじゃなくて、全部カナくんの……
晴くんは私を見て、優しい目でほほ笑んだ。
「そんな汚れて、びしょ濡れになって、彩がめっちゃ頑張っとったんやなってそれだけで分かる。なんも汚くないから気にするな」
そんな風に言ってくれて、そしてきっと私のために自分も汚れてみせた晴くんがすごくかっこよくて、私は胸がいっぱいになった。
晴くんはみんなの方を見て大きな声を出した。
「そしたらまず濡れてもええ男子はプールにおりる。左右に分かれてホースで壁面に水を端から順にかけていく。ホース持ってへんやつは、壁から床に落ちた汚れた水をブラシなんかを使って排水溝に押しやる。プールの外におる人間は、使ってへん用具を洗って片付ける。はい、みんな動いて」
晴くんが声をかけると、みんな一斉に動き出した。
え、すごい! 一瞬でわちゃわちゃした生徒たちが統制の取れた集団になった!
晴くんが私を振り返った。
「彩も片付けお願いできるか?」
「うん、もちろん。……晴くんはカナくんとユウくんを部活に連れ戻しに来たん?」
「というか、先生に頼まれてん。あの二人、勢いとみんなを引っ張ってく力はあるけど、なんせすぐ脱線してまうからな。プール清掃がめちゃくちゃになっとるから、なんとかしてくれ、言われてん」
それで部活中なのに来てくれたんだ!
そして、晴くんが指示を出したら、本当にすぐみんながまとまって動き出した。
えー、晴くんて、本当にすごすぎる。
私がうれしくなってにこにこしていると、晴くんが首をかしげた。
「どうかしたか?」
「私の彼氏ってなんて素敵なんやろうって思ってただけ! 晴くんが来てくれた途端、めちゃくちゃで疲れ果てとったこのプールの掃除がめっちゃ楽しいような気がしてきてん!」
「そう思ってくれたんやったらなによりやな」
プールは、今までのぐちゃぐちゃが何だったんだろうという勢いでどんどんきれいになっていく。
私たちは顔を見合わせて笑った。




