はじけるプール清掃・3
プールの清掃は、字面で書くと単純だ。
プールの壁面の汚れを落として、次に底面の汚れを落として、水で流しておしまい。
うん、それだけ、なんだけどね……
私たちは全員ずらっと一列に並んで、ひたすらプールの壁面の汚れをごしごしこすり落としていた。
プールの水を抜く前にたぶん薬剤か何かを流して、汚れを落ちやすくしているんだろうけど……それでもひたすら広い面積の汚れをごしごしこすっていくのはしんどい!
これ、明日は腕が筋肉痛になりそう……とヘロヘロになりながら私が壁をこすっていると、背後で威勢のいい声が聞こえてくる。
はいはい、振り返らなくても分かるよ、カナくんだよね。
「おりゃー! こんなもん俺にかかれば一瞬でピッカピカじゃ!」
大騒ぎしながらブラシでガシガシ壁面を磨いている。勢いが良すぎて汚れが周りに飛び散りまくって、近くにいる生徒が悲鳴を上げている。
なんて元気なんだ。
でもあんな風に、プール清掃すらテンション高く楽しめるってすごいなあ。もうあれは才能だよね。
私が感心していると、まだプールの床面の掃除の段階じゃないのに、床をブラシでガーッとこすりながら走り回っているカナくんが私のところまでやってきた。
「彩さん、まだそんだけしかやってへんの? おっそ!」
「いやー、カナくんみたいに早くは……誰もできへんやん」
「は! そうやろ! 俺がお手本見せたる!」
そう言ってカナくんは私の目の前の壁にバン! とブラシを叩きつけ、ものすごい勢いでごしごしこすりだした。
あっという間に壁の汚れは取れていくけど、その分落ちた汚れが全部周りに飛び散る! もちろん私にも!
「ちょ、カナくん!」
私は手を顔の前にかざして汚れをよけようとしたけれど全然間に合わなくて、私の全身はカナくんが飛ばした壁の藻やらヘドロやら? 何だか分からない汚れまみれになった。
ひえー!
「ま、待って待ってカナくん、めっちゃ飛んでる! なんか汚いんめっちゃ飛んでるってば!」
カナくん自身も飛び散った汚れまみれだ。
「うおー、めっちゃきたねー!」
そう言ったカナくんはおもむろに上に着ていた体操服を脱いだ。
私はぎょっとした。
え、こんなところでいきなり脱ぐ!?
体操服を脱いだカナくんは、汚れていない内側が外に来るように服をひっくり返し、きれいなところで顔をごしごし拭いた。
ええー……
「どうせ後で全部水で流すねんからなんでもええやろ!」
私はびっくりしていて呆然としていたんだけど……それにしてもカナくん、めちゃくちゃいい体!
高校生とは思えないくらい筋肉質だ。ボディビルダーみたい? 服を着ていても、確かにすごく体が大きいから、そりゃ筋肉もすごいんだろうけど……いきなり男の子の上半身裸が目の前に出現して、私は目を白黒させた。
すると、カナくんが背後からごつん、と殴られた。
「アホカナ。なにこんなとこでストリップしとるねん」
ユウくんがあきれたようにカナくんを見て仁王立ちしていた。
「なーにがストリップや! ここはプールやぞ! 脱いでなにが悪い!」
カナくんの言葉に、それは確かにそうか……とある意味納得する。確かに。ここ、プールの中だもんね……普通に考えたら、服を着ている方がおかしいと言えなくもない……
「女子の前でいきなり脱ぎだすんはただのセクハラやんけ」
「けっ! そんなん言うてお前、俺の肉体美に自分が情けなくなったんやろ!」
「なんでやねん。俺の方が筋トレ得意やし!」
「ほー? じゃあ勝負するか?」
こ、これは……二人して脱ぎだす!? さすがにそれは!
私がこの後の展開に恐れをなして固まっていると、ユウくんがそんな私をちらっと見た。
ユウくんは鼻で笑ってカナくんと私に背中を向けた。
「アホくさ。勝負する暇あったらさっさとこの掃除終わらせな、いつまでたっても部活に戻れへんで」
「ユウ、逃げんのか! ……と言いたいところやけど、確かに部活……!」
カナくんは歯を食いしばって悔しがった後に、どうやったんだか器用に頭に体操服を巻いて、またうおおお、と叫びながら壁面掃除に戻った。
ただカナくんに泥だらけにされただけの私は、ひどい姿のままほっとしていた。
何とかプール内のこびりついた汚れを落とし、水で流す段階になった。
やれやれ、と大部分の生徒はプールサイドに上がり、何人かの生徒がプールの中に残ってホースの水を壁面にバシャバシャかけている。
う、めちゃくちゃ疲れた……腕がだるい! そして私、汚すぎる……
周りの生徒もみんな汚れているけど、私は全身にカナくんが飛び散らかした汚れがかかっているので、たぶんみんなより汚れている度合いがひどい。
とほほ……やっぱり今日は、晴くんを待たないで、この掃除が終わったらさっさと帰ろう……さすがに今日の私は汚すぎる。いくら顔や腕を洗って汚れを落としたとしても、髪にも汚れはついているだろうし、なんかもう全身汚くて臭い感じがする。こんな姿で晴くんの前に出られないよ。
私が手洗い場で腕についた汚れを落としていると、彩さん! と私を呼ぶカナくんの声が聞こえた。
今度は何だろう? と思って振り返ると、勢いよく私の全身にびしゃっと水がかけられた。
……ええええええええええ!?
私が呆然としていると、プールの中でホースを持ったカナくんが、きらめく笑顔で私を見ていた。
「ほら、これでシャワー浴びたみたいにきれいになったやろ? すっきりしたやろ!」
いや、え、何これ!?
男子生徒のノリ、すごすぎなんですけど!? これ、普通なの!?
もう何て返したらいいのか分からずに突っ立っている私への興味はすでになくなったのか、カナくんは更に他の子にも水をかけて遊んでいる。
よく見るとプールの中にいる男子生徒はほとんど上半身裸だった。
あー、まあ……これだけびちゃびちゃだったら、体操服なんて着てる意味ないよね……
でもさすがに私は体操服を脱ぐわけにもいかないので、とほほ、と思いながら日向に移動した。さすがに全身びしょ濡れで日陰にいると寒いんでね……
ああ、濡れた体操服が体に貼りついて気持ち悪い感触。私は体操服をつまんでできるだけ風を体操服と体の中に通して乾かそうとした。
早くこの掃除、終わってくれないかなあ……と思って日向で座ってみたけれど、あのー、カナくんたち……男子……もう掃除とかどうでも良くなってるよね? プールの中でみんなで水をかけあって、明らかに遊んでるよね?
これ、いつ終わるんだろう……
疲労感もあってちょっとぼんやりしていると、ずんずん私の方に近付いてくる人がいるのに気付いた。
あ、ユウくん。
ユウくんもですか……今度は私、何されるんすかね……
そう思っていたら、ユウくんは私の数m手前でおもむろに体操服を脱いだ。
え、ユウくんもストリップ!?
私が驚いて目を見開くと、ユウくんは体操服を私の方に投げてきた。
ふわっと私の方に投げられた体操服を、手を伸ばして慌てて受け取る。
「彩さん、それちょっと持っといて」
あ、今度は私は荷物持ちですか?
私はもうあきらめモードだったので、肩をすくめて受け取った体操服をそのまま手元に置いた。
ユウくんは自分の体操服を指さした。
「それ、寒かったら別に着ててもええで」
「ええ?」
私の答えなんか一切聞く気がなさそうなユウくんは、それだけ言ってひらりとプールの中におりて、カナくんたちの水遊びに混ざりだした。
いやー、さすがにですね……少し前までびしょ濡れでちょっと寒かったけど、いくら何でもさっきまで男子が着てた体操服を私が着るわけないでしょ?
それにこの体操服もめちゃくちゃ汚れてるし! こんなの着ていいとか言う? どう考えても嫌がらせ……いや、からかってるのか……
何ていうか……カナくんもユウくんも、打ち解けてくれるのはうれしいんだけど、結構私のことおもちゃにしてない? それか下僕?
あんなに二人とも金と赤の派手派手な頭して、体も大きくて一見怖そうなのに、中身は本当に小さい子供みたいだなあ。
ため息をついて、私は伸びをした。
うん……でも、良かった。またあの二人が思いっきりはしゃいでいる姿を見られるようになって。彼らが私の手からお菓子を受け取ってくれて。カナくんに、ちゃんとカナくんはすごいんだねって……言えて良かった。




