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きみと私の放課後  作者: はる
晴太郎と彩
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勉強会

 俺と花房さんは職員室で先生にプリントを渡し、一緒に教室へ戻っていた。

 花房さんは歩くのが遅い。と言っても、花房さんに限らずたいていの女子は男に比べると歩くのが遅かった。

 それを知らずに以前は一緒に職員室に行き帰っている時に、何度も彼女を置き去りにしてしまった。

 そのことに気付いた今は、できるだけ彼女のペースに合わせて歩くようにしている。

 かなりゆっくりと歩いていると、花房さんが隣で俺の顔を見上げた。


「瀬戸くん今日は急いでへんのやね? 前一緒に職員室行った時は、瀬戸くん歩くん速すぎやから私ほとんど競歩みたいに歩いとったよ」


「そうやった? それはごめん。花房さんの歩くペースを分かってへんかったんやな」


「え、ううん、瀬戸くんはさっさと部活行きたいのに、私が歩くん遅かったら部活行くんが遅れてまうもんね。でも今日は急いでへんのやね?」


「もう今日から試験期間で部活休みやから」


「うわあー、そうやんね……試験……あー、試験かあ……」


 試験、と聞いた途端、花房さんがぎゅっと強く目を閉じて両手で顔を覆った。

 花房さんはどうやら勉強が苦手なようだった。

 試験でいつも良い点数を取ることができず、補習を受けているらしい。

 でも、普段の授業中の花房さんを見ていて、あれでなぜ成績が悪いのかよく分からなかった。

 花房さんは、いつも授業を必死に聞いているように見えたからだ。

 板書もしっかりしているし、教師の説明もできるだけメモしようといつもノートにペンを走らせている。授業の後、分からないところを教師に聞きに行く姿も何度も見ていた。

 それだけ一生懸命なのに、結果が出ないということは、もしかしたら勉強のやり方自体が間違っているのかもしれない。もしそこを修正することができれば、もう少しいい成績を残すことができるかもしれない。

 以前、勉強で分からないところがあれば協力する、と声をかけた時は拒否されてしまったけれど……

 大きなお世話であることは重々承知のうえで、俺は再び声をかけてみることにした。


「困ってるんやったらほんまに勉強手伝うけど」


「ええー!? ええー……うーん……」


 以前は即答で拒否されたけれど、今回は悩んでいる?

 ……もしかして、少しは俺に頼ってもいいと思ってくれているのだろうか。

 心境の変化があったのか、それともそれだけ切羽詰まっているのか。

 はやる気持ちを隠して、俺は更に言葉を続けた。


「少し教えて、やっぱり俺の説明やったらあかんな、と思ったらすぐ断ってくれてええし。一人で分からん問題を前にして分からんまま時間を使ってまうより、参考書代わりに試してみんか?」


「えー……それは……」


 しばらくの間うつむいて考えていた花房さんは、やがてうん、とうなずいて顔を上げた。


「えっと……そしたら……ちょこっとだけ教えてもらってもええ? あんまり瀬戸くんに迷惑かけんようにするから……」


「自分で手伝う、言うてんねんから、迷惑もなんもないよ。そしたら教室に戻ってやろう」


「うん。ありがとう」


 花房さんが笑顔になる。彼女の口元で白い歯が見え、彼女の顔全体が輝いて見えた。……ただのクラスメートの俺に、こんな笑顔を見せてくれる。こんなに親しげな表情を見せてくれる。それがうれしくて俺も笑顔を返した。すると花房さんが大きく目を見開いた。


「瀬戸くんって……意外と笑うん? あんまり表情変えへん人やと思っとったけど……話してたら、けっこう笑っとるよね?」


「花房さんがよく笑っとるから、きっとつられてるねん」


 俺が笑っている? 俺自身は他人と話している時、普通に感情を表に出しているつもりでも、いつも無表情だと言われていた。……でも、花房さんは俺の表情を読み取ってくれているのだろうか? それとも花房さんを前にすると、俺はいつになく感情をあらわにしてしまうのだろうか。

 それはあるかもしれない。彼女はいつも表情をくるくる変えて、彼女を見ていると俺も同じように感情豊かになれるような気がするから。

 こうやって、思い切って一緒に勉強しよう、と持ち掛けて、そして実際に一緒の時間を過ごすことができる。

 こんなことをしていたら、俺の気持ちは彼女に知られてしまうのではないだろうか?

 それがいいことなのか悪いことなのか俺には判断がつかなかった。

 でも俺の気持ちを知ってもらいたい、という欲求が芽生えていることに気付く。

 いつの間にかどんどん膨れ上がってしまったこの気持ちを打ち明けてしまいたい。

 以前はこんなことは考えたことがなかったのに……

 今、彼女が俺のことを好きではなくても、気持ちを知ってもらったうえで働きかけていれば……そうすれば、いつかは彼女の心を動かすことができる可能性だってあるんじゃないだろうか?





 教室に戻ると、放課後しばらく経っているにもかかわらず、まだ何人かの生徒が西日の射す教室に残っていた。

 窓際の席で、椅子とその周囲の机の上に座って話していた男子生徒が俺と花房さんの姿を見つけ話しかけてきた。


「あ、花ちゃんや。俺らこれからファミレス行って勉強しよ言うてんねんけど、花ちゃんも行かへん?」


 突然話しかけられた花房さんは驚いたようにえ? と声を上げてから、一度俺の方を見て、再び彼らに視線を戻した。


「ううん、これから瀬戸くんに勉強教えてもらうねん。自分らもどう? 一緒に教えてもらう?」


 花房さんの言葉を聞いて、花房さんと二人きりではなくなってしまうのか、と少し残念に思う。しかし今の俺の学級委員という立ち位置であれば、他のクラスメートに対しても均等に試験勉強を手伝うよう努めるのは当然のことか、と考え直し、彼らの方に顔を向けうなずいた。

 しかし彼らは俺を見て慌てたようにすぐ立ち上がった。


「いや、俺、やっぱり自分の部屋やないと勉強集中できんから、帰るわ」


「俺もさっさと帰ろっかな!」


 口々にそんなことを言いながら、彼らはすぐに教室を出て行ってしまった。

 そんな彼らを見て、花房さんが肩をすくめた。


「たぶんあの人ら、前の私と同じこと思ったんやわ。自分があほすぎるから、瀬戸くんに勉強教えてもらっても理解できんすぎてめっちゃ軽蔑されそうって思ったんちゃうかな」


「軽蔑? そんなんするわけないし。分からんから教えるねんし、それが分からんままなんは俺の教え方が悪いからであってあいつらのせいちゃう」


「あの人らは瀬戸くんがそういう考えやって知らんから。しゃあないよ」


 花房さんはそう言いながら自分の席の方へ歩いて行った。俺は少し気になったことを尋ねた。


「あいつら、花房さんのこと花ちゃんって呼んでるん?」


「え? うん。なんか知らんけどいつの間にかそんな風に呼ばれとる」


 ぐっと胸が痛んだ。

 ……いや、当たり前か。花房さんは、こんな、周りから一歩引いて見られている俺に対しても親しげに接してくれる。

 俺以上にクラスメートと仲がいいことなど簡単に想像がつくじゃないか。


「けっこう仲ええん」


 自分の声が何の感情も含んでいないように聞こえるよう、気を付けて話す。


「別に特に仲ええとは思わんけど……。あの人ら、落ちこぼれ仲間っていうか……いっつも補習で一緒になっとるから、親近感持たれてるんかも」


 彼らと花房さんは補習でいつも顔を合わせていたのか。花房さんのことをそんな風に親しげに呼ぶ人間がいたなんて。嫉妬のような感情が芽生えた自分のことを馬鹿馬鹿しく思う。

 嫉妬するなんて、自分はどういう立ち位置のつもりなんだろう。そんな資格なんてあるはずもないのに。

 俺は何も努力していない。花房さんと親しくなる努力を、今まで俺はしていたか?

 今ようやく一緒に勉強できるようになったけれど、それだけじゃないか。

 彼女と親しくなるために、彼女の好きなものを探ったり、それを話題に出して彼女を喜ばせたり、なんてこと、一度でもしたことがあるか?

 彼女を楽しませるような雑談をして、親しく名前を呼びあえるくらいに仲を深めようとしたことがあるか?

 何もしていない自分に嫉妬する資格なんてない。

 でも……今からなら、取り返せるだろうか。

 今彼女は、俺と二人で勉強してもいいと思うくらいには心を許してくれている。

 ここから頑張っていけば。

 そうやって、彼女との仲を少しでも深めていくことができれば。

 そうすれば、俺は彼女の親しい友人になることができるだろうか? それとも、もっと先の、彼女から心を傾けてもらえるような人間になれるだろうか?


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