はじけるプール清掃・1
俺と彼方はどつきあいながら学校の廊下を歩いていた。
「おい、お前のせいやからな! なんで俺まで」
「アホ言うな、もともとはお前のせいやんか! むしろお前ひとりが責任取ればええねん!」
速足になりながらスピードが緩まない程度にお互いに小突きあっていると、廊下の曲がり角で人にぶつかりかけた。
俺たちの胸の辺りでうわ、と小さな声が聞こえる。女子生徒だ。
さすがに女子生徒に思い切りぶつかったら相手を吹っ飛ばしてしまう自信がある。俺たちはぴた、と立ち止まった。
「……びっくりした!」
肩をすくめ、胸に手を当てて俺たちを見ているのは彩さんだった。
俺たちに気付いてすぐ、彩さんは目を見開いた。
そして気まずそうに唇をかむ。
……あー、これは気にしてるな。
先週のことだ。突然彩さんに惚れた、と言い出した彼方が、彩さんに告白しようとした。でも彩さんは彼方の気持ちに全然気付かず、彼方に対して優しくしていたのは、俺たちが自分と同じ落ちこぼれだと思って共感していたからだ、と言ったのだ。彼方は自分が落ちこぼれだと言われたことに激昂した。俺はその彩さんの認識がおもしろい、と思ったのだが、自分がハンド部の中で中心的存在だと自負している彼方には許せなかったんだろう。そのまま彼方と彩さんは物別れになり、今日まで顔を合わせることはなかった。
彩さんは優しい人だから、彼方の自尊心を傷つけたことをきっと気にしているのだろう。
さて、これはどうするか。
そう思った途端、彼方が彩さんに詰め寄った。
「彩さん!」
「えっ?」
彩さんがびくっと反応する。
彼方はどや顔で笑った。
「彩さん、俺、もう雑誌の取材も受けたし、新聞にも載ったし、昨日なんかテレビのインタビューも受けてんで! どや! 俺、落ちこぼれなんかとちゃうやろ! 見とけや、俺、めっちゃ有名になってデビューして、あれー、落ちこぼれなんて言うてしもて申し訳ありません~~~ってひれ伏せさせてみせっから!」
彼方が言ったことに嘘はない。俺たちは今、部活で大会の予選をガンガン勝ちまくっていたから。だから雑誌も新聞もテレビも、全部地元のだけど取材を受けたのは本当だ。
褒めてくれ、と言わんばかりに目をキラキラさせて彩さんをガン見している彼方に、彩さんは驚きながらも笑顔を見せた。
「……すごいねえ!」
彩さんのその一言で彼方はすっかり満足したようだった。
「ふっ、当たり前やろ。ナナミちゃんが目えハートにして俺に連絡してくんのも時間の問題やな!」
「ん? カナ、お前の初恋は保育園の時のミアちゃんに変わったんちゃうかったんか?」
「あー、思い出してん。ミアちゃんが教えてくれたカッチカチの泥団子、滑り台の上から落としたら割れてしもてんよなー。せやからミアちゃんはやめた。やっぱ俺の初恋は小4の時給食のプリン俺にくれたナナミちゃんや!」
目をパチパチさせながら俺たちを見ている彩さんを俺はちらっと見た。
「ま、こんな感じでカナの初恋の相手100人くらいおるんで。気にせんでええで」
彩さんは俺の言葉を聞いて、ふふっと笑った。
ようやく安心したっぽい彩さんに俺はいつも通りの要求をした。
「彩さん、俺めっちゃ腹減った」
「あ……あのね、私今日クッキー持ってるねん!」
彩さんが制服のポケットに手を突っ込む。
クッキー。
この人、あの日彼方に言ったことを覚えていたのか。それで、またお互いがこんな風に戻れるかどうかも分からない状況でも、毎日クッキーを持ち歩いていたのか?
……ほんと、優しい人は大変だ。彼方なんか気を遣うだけ無駄なのに。
「はい、どうぞ」
彩さんが俺たちにクッキーの入った小袋をそれぞれ渡す。
受け取った彼方は、すぐに袋を破って中のクッキーを取り出した。
「なんやねんこれ、割れとるやんけ」
「え」
彩さんが声を上げたが、俺はすぐに彼方の手からクッキーを奪い取って口に入れた。
「うお! 俺のクッキー! ユウなにすんねん!」
「こんなもん腹に入ったら割れてようが粉々になってようが一緒やろうが」
そう言って俺は自分が持っていたクッキーをぽい、と彼方に渡した。
まったく、食いもんもらってる立場のくせにガタガタ文句言うなよな。
「それよりここで時間つぶしすぎやぞ。はよ行かな」
「そうや! 練習時間が減る!」
俺たちはすぐにまた歩き出した。
俺は歩きながら、彩さんの方を振り返った。
「あ、彩さん、俺はとりあえずなんか口に入れられたらなんでもええから、クッキー持ち歩かんでええで。飴とかガムでもなんでもええから」
俺たちの方を見ていた彩さんは、俺の言葉を聞いて控えめに笑った。
小さな花が咲いたように見えた。




