双子・初恋事件・1
嫌な予感がする。
めちゃくちゃ感じる。全身で感じる。俺の五感が警鐘を鳴らしている。
これは下手をしたら命にかかわる事態になる。
ゴミを捨てに焼却炉に行った時に、中庭の掃除当番の彼方が、箒を持ったままぼんやり立っている姿が見えた。
あー、こらあかんわ。
予感は確信に変わる。
掃除をすることなく突っ立っていた彼方は、同じ当番の女子から苛ついた声をかけられたりつつかれたりしていたが無視している。無視というか、あれは存在に気付いてすらいない。
つつく程度で彼方を我に返らせようなんて甘すぎる。
ゴミ捨てを終えた俺は、でかいゴミ箱を手に持ったまま彼方の背後に近付き蹴りを入れた。
割と力を入れて蹴飛ばしたので、彼方は前のめりに倒れそうになり、ギリギリのところで踏みとどまった。
「クッソ、ユウ、なんやねん!」
彼方が目をひん剥いて俺を振り返る。
「お前は掃除中に立って寝れるんか。器用やな」
「うっせ!」
唾を飛ばしながら俺に詰め寄る彼方をあきれながら見る。
こうしていると、普段と変わらないわけだが。
俺につかみかかろうとしていた彼方は、ふと俺の背後に視線を移し、かっと目を見開いた。
「あー、カナくんとユウくんや」
喧嘩が始まる直前だったはずの俺たちに、のんびりした声がかけられた。
聞き覚えのある声。
彼方がガン見している方向へ俺も視線を移すと、渡り廊下に彩さんが立っていた。
彩さんは一学年上級生だ。そして俺たちが在籍しているハンド部に、鬼よりも恐ろしいと恐れられている部長がいるのだが、その部長、瀬戸さんの彼女でもあった。
俺とカナは、まあ……いろいろあり、最近彩さんと関わることがよくあった。だいたい俺たちのやらかしたことに彩さんを巻き込んでしまい、部長にアホほど怒られる、というパターンだが。
彩さんに関わると部長に〆られる。ほぼお約束なので、彩さんにはできるだけ関わらない方がいいのかもしれない。……が、そんなめんどくさいことを考える俺たちではない。
そして彼方は更に、彩さんに対して別の感情も持っていた。
「彩さん!」
彼方が彩さんの元に駆け寄る。
彩さんはどこかに行く途中だったようで、俺たちに声をかけた後すぐに立ち去ろうとしていたが、彼方が近寄っていったので立ち止まった。
「どうしたん? またお腹空いたん?」
彩さんがニコニコしながら彼方に言う。
いつも腹が減ったアピールをしているのは、彼方よりもどちらかと言うと俺の方なのだが、彩さんにとってはどちらでもいいことなのだろう。
何せ俺たちは双子だったから。
一見、顔はそっくりに見える。だから彩さんが俺たちの会話を聞いていて、どの言葉をどっちがしゃべったのかよく分からなくなるのは仕方がないことなのだろう。そんな扱いを受けるのは俺たちも慣れっこだった。
彩さんのすぐ近くに駆け寄った彼方の後を俺もゆっくりと追う。別に彩さんに用があるわけではないのだが、これはもう習慣と言っていいだろう。
「しょうがないなあ。今日はねー、キャラメル持ってるねん」
彩さんは制服のポケットから個包装のキャラメルを二つ取り出し、俺たちにくれた。
俺たちが彩さんに会うたびにほぼ毎回食い物をねだっているので、彼女の方も心得ているのだろう。動物に餌付けをするようにいつも俺たちに小さい菓子をくれた。俺は食い物をもらえるのなら何でもいいので、彩さんを見かければフラフラと寄っていった。
「食いしん坊の二人に会った時のためにいっつもお菓子用意してるねんで!」
彩さんは自慢げに笑って、俺たちに手を振って去っていった。
彩さんの姿が見えなくなるまで彼方は視線を送っていた。
「……なあユウ」
彼方がポツリと言う。
「彩さんってなんかええよな」
うおー、来た来た来た!
災いが来た!!!!
また彼方がアホなこと言ってる!
「ええってなんやねん」
何も気付いていないふりをして尋ねる。
「あの人、めっちゃ優しない? 俺らがなにしでかしても怒らへんやん。それどころか部長にギッタギタに〆られとる俺らを助けてくれたりして」
「んー、まあそれはそうかもな」
あまり興味なさそうに俺は答える。
でも内心めちゃくちゃワクワクしていた。
これは来る。来るぞ!
彼方はどこか遠い目をしてつぶやいた。
「……俺、真実の愛に目覚めたかもしれん」
来たー!!!!!!
こいつ、言いやがった!!
「あ? なに言うとるねん。真実の愛、てなんやねん」
「俺、あの人のことめっちゃ好きかも」
ぐぼ、と吹き出しそうになるのを何とかこらえる。
「いやお前、アホ言うなや。あの人部長の彼女やないか。お前がどう思ったってどうにかなるもんちゃうやろ。部長に殺されたいんか?」
「そやけど! でもあの人、絶対俺ら……いや、俺に気あると思わん? 俺らのこと死ぬほど怒っとる部長なだめてくれるし、俺らがなに言うても笑って許してくれるし、こうやって会うたびに菓子くれるし! これはもう愛やろ!」
……正直なところ、それは彩さんの性格によるものだとしか思えなかった。あの人、誰にでも優しいっぽいからな……。俺たちに菓子をくれるのも、あれは確かに好意ではあるんだろうけど、どう見ても姉が弟に対するような感情にしか見えなかった。
まあ、はっきり言えば彩さんは美人だ。美人に優しくされて勘違いしない男なんかいない。でもあの人は、周りが見ても丸分かりなくらい部長のことが好きで、そんな彼女を見て本気で自分に惚れているなんてうぬぼれるやつはいない。
でもそんなことを言って彼方の気を削ぐのはおもしろくない。
俺は両手を組んで頭の後ろに回し、伸びをした。
「愛ねえ……でもいくら彩さんがお前にある程度の好意を持っとったとしても、部長と別れるとは思わんけどな。そもそも部長、彩さんにベタぼれやん。絶対離さんやろ」
「くっ……それやねんよな……。部長と言うラスボスがおるからな……いくら彩さんが俺のことを好きでも、部長を倒すんは並大抵のことちゃう。でも! 二人の愛があればなんとかなるんちゃうか!?」
彼方がかっと目を見開き俺を見た。
うっわー、おもしろいことになってきた!
俺は必死で笑いをこらえながら、神妙な顔をして首を振った。
「……いや、お前らの前にはいばらの道しかないで……それでもお前は突き進むと言うんか? たとえ二人の前に困難しかないとしても、それでも彩さんと手を取り合って走り抜ける、言うんか?」
「当たり前やろ! ここで真実の愛を選ばんかったら男がすたる! なにがあっても俺はあきらめん! 彩さんを幸せにするんはこの俺や!」
俺は彼方の肩を両手でがしっとつかんだ。
「……分かった。カナがそこまで言うんやったらもう俺は止めん。お前は部長と言う最大にして最強の敵を倒して彩さんを手に入れるんや。彩さんがお前の胸に飛び込んでくる姿、きっと涙なしには見られへんやろな……」
「ユウ! 分かってくれるか、俺の気持ち!」
「当たり前やろ。俺ら、生まれる前から一緒におるんやで? お前の気持ちなんか全部分かっとるで。お前は俺の兄弟言うだけやなく親友やからな!」
「ユウー!」
俺たちはしかと抱き合った。




